先日、ハーレムのど真ん中にあるアフリカ料理屋さんに行った。アフリカからの移民がコックさんで、お客さんも、みんなアフリカ人なので、みんなフランス語をしゃべる。鶏肉を丸ごと煮込んだスープがでてきた(足つき!)。魚の丸焼き野菜あえもでてきた。何しろアフリカ料理なのだから味も見た目も野性的だけどそれがまた良い。ついでに、食べ方は全て手づかみ。野性的。レストランで手で食べた経験というのは覚えているだけでも初めてだ。
魚の背骨をびびーっと手で引っ張る。んで、パンをスープの中にジャバジャバ入れる。それを手ですくって食べる。とってもラクなのだ。私は食事のマナーが良いほうではないので、時々箸から芋を落とすし、ナイフを皿の上に落としてカシャーンとか静かなレストランの中で響かせてしまう。だから、何の気遣いもいらないこの食べ方は緊張しなくてラクだった。
いや、ていうか、なんでこの国にはナイフとフォークとスプーンというカトラリーがそろっているんだ?と家に帰って台所にあるスプーンナイフ置きをじっとみつめてしまった。楽なほうでいいじゃないか、手で食べたっていいじゃん、手で・・・、と疑問をぶつぶつ言っていたら(怪しいって!)、スプーンに私ののめーっと広がった顔が反射された。
いや、まて、カトラリーなしでは「野蛮」なのではないか?スプーンから見えるだらしない顔をじーっと見て気付いてしまった。そうだ、この社会では「野蛮」なんだ。野蛮だ!・・・と、多分、アフリカ人を植民地の奴隷に仕立ててしまったヨーロッパ人は思ったのだろう。自分達はカトラリーがある、それだけで自分達のほうが優位、イコール相手を野蛮と決め付けてしまうこの傲慢っぷり。
何故ラクな手づかみを放って、ナイフとフォークに行き着いたんだろうか。スープが熱いから。なんか格好悪いから。手づかみだと手から細菌が直接入って汚いから。・・・。確かに手に細菌とかついてたらなにかにあたってしまって寝込むかもしれない。しかもその料理をシェアしてたとしたら・・・。おおおおおお。集団感染だ。
所でそのアフリカ料理につれてってくれた彼はこう教えてくれた。「アフリカはコミュニティを何より大切にするんだ。料理も皆でつくって、みんなで床にすわって食べて、同じ部屋で寝る。コミュニティなんだよ、分かるかい、コミュニティなんだ」ああ、多分、細菌とかに感染しても、コミュニティが一体感を持っていれば、多分誰かが必ず看病してくれるだろうし、誰が細菌持ち込んだとかそんな話にはならないんだ。アフリカの運命共同体、コミュニティ。ナイフやフォークを発明する必要がなかったんだ、個人を最重要視する欧米と違って。
そんな感じでカトラリーがより優位で、手づかみは野蛮なんて欧米人が決め付けた構造だけれども、それでもレストランで相手が最初に手を洗ったか確認する私は多分構造の中の一人であることに代わりはないんだろうと思う。 |