diversityとは、「多様性」というらしい(ていうか今ネット辞書で調べてしまったんだけど)。昨日かおととい、law schoolの友達と、affirmative actionについて話した。この学校は、どうなんだろう?と聞いてみたら、「いや、ここはdiversityをとても重要視する学校だからね」と答えてくれた。ああ、ちょっとは人種とかを考慮に入れてるんだな、とふと気付いた。この学校のdiversityはちょっと人の手が入っている。それほど、diversity is a valueなのだ。だってここはニューヨークなのだ。
diversity.ニューヨークを形容する言葉といったらdiversityだろうと多分ほとんどの人は思うんだろう。私もそう思う。ところでdiversityは「多様性」と直訳できない感じがする。多様性をembraceするのがdiversityという感じがするのは私だけか?それでも、ニューヨークは人種、宗教を抱え切れていない。受け入れている、という状況には到達していない印象を受ける。ただ、でもそんな多様な人種とか宗教とかはこの小さなマンハッタン島にいることを許されている。呼吸でもするように自然に多様だ。受け入れるという地点には到達してないにしろ(だってこのマンハッタンにいるアメリカ人の中で壁があるという印象があるんだから)、でも、多様性が存在することは自由だ。
昨日のTVショウで、「世界はアメリカの領土だ!」とか言ってた人がいた。(その人は自分の国を皮肉るのが大好きらしい)それを聞いたとき、笑ってしまったけれども、それでも、アメリカの中には確かに世界がある。世界が存在することが許されているのがアメリカ。マンハッタン島には世界が存在する。アメリカという国にいるということを自覚しながら、自分がアメリカ人であると自覚しながら、それでも違う世界を内に持つ人々。彼らのひとりひとりがこの小さな島で世界を形成する。ストリートという国境を形成しても。
私がいる学校は、diversityを作り上げようとしている。世界がaffirmative actionという概念がなくてもいいほどに混ざりあい、本当のdiversityを垣間見ることができる日を夢見ているのだ。diversity is a value. 世界でdiversityに一番近い街にあるこの大学で、 |