「今日はうちにきてくれない?」
雨の渋谷、夜半でもせいぜい薄暗い。
「仕事があるんだ」
「ユカの家に行くと、疲れて明日の仕事に支障がでるから・・・」
ユカは傘を忘れた。よわよわしいビニール傘を持っているユウジに腕をよせられる。
「ほら寄って」
こんな小さなビニ傘では到底ユカの右半分の腕とバックを濡れさせないようにできない。
「ねえ」
「どこいくの」
「スタバ」
「やっぱりうちにきてほしい」
「ムリだよ」
「お茶飲んで帰ろう」
ユウジはマンゴーフラペチーノをトールで頼む。ユカはスターバックスラテを豆乳で頼む。途中ATMでお金をおろしてきたユウジがサイフからお札を出す。ユカは何も言わない。
「そんなふくれっつらにならないで」
「その顔は可愛くないよ」
ユカは黙ってラテを吸っている。イスにバックを半分投げるようにしておく。
「ユカ」
「このイス濡れてるからこっちに置きなよ」
「バックだって結局濡れてるんだから、同じことだよ」
「ねえ」
「行けないんだって」
「分かってね」
イスに座って、ユウジはユカを見る。ユカは黙ってユウジの手からマンゴーフラペチーノを取る。一口吸って返す。
「そっちに行く気は無いからね」
「わかった」
「わかったってば」
「もう来る気が無いのは分かったからこっちもフテくされて気を引くのはやめる事にした」
「今からは建設的な会話をする」
ユウジは笑った。お互いの飲み物を交換して飲む。「建設的な」仕事の話をする。
「仕事が思うとおりにいかない」
「なんで?」
「さあ」
「効率的に仕事をしないからだよ」
「いつもユウジは仕事が遅い」
「そうだね」
「なんでだろう」
「そんなモチベーションないならやめたら」
ユカは窓の外を見た。雨足が強くなっている。向かいに座っているユウジの表情を読み取ることができない。
「やりたいことをしていない気がする」
「自分でそうさせているんじゃないの」
「そうかもね」
席から離れるとき、ユカはユウジのせなかを見る。彼は何も言わずに二つの空のプラスチックカップを手にとり、そして所定の場でそれらを丁寧に捨てる。残った氷とプラスチックを分別していた。「せつない」ユカは思った。
「ねえ」
「渋谷駅まで送って」
ユカはまたこの小さなビニール傘に収まって、ユウジの腕につかまる。
「俺はさ」
「職人になりたいのかもね」
「ふうん」
「細かいことを、こつこつ作り上げてくの」
「合ってそうでさ」
駅までの地下通路まで来る。階段を数段下りて、ユカは地上で立ち止まっているユウジを見上げる。
「分かったよ」
「改札まで送るよ」
ユウジの腕につかまるために、ユカは手を伸ばす。雨の日の通路は、ホームレスがむらがっている。
「俺がホームレスにならざるをえなくなったら」
「潔く死んじゃおう」
ユカはユウジの目を見た。
「わたしがいても?」
「ユカが助けてくれなかったらだよ」
「俺は、いつもユカが助けてくれると思ってる」
「でも、それがかなわなかったら、生きなくてもいいんだよ」
「心残りもないしね」
二人は腕を組みながら階段を降りる。空気が生臭い。
「唯一の心残りがあるとすれば」
「ユカともっと一緒に生きられないということかな」
改札に着いた。二人はわかれる。ユカはホームに出る。人だかりの中で胸が締め付けられる。
帰ったら、ユウジに電話して謝ろうと思った。 |