アメリカ国籍を持つ、S。韓国をオリジンに持つ彼は「あのアメリカ人たちは」というフレーズを時々つかう。使うたびに、君もアメリカ人じゃないか、と突っ込むけれども、彼には、「典型的なアメリカ人」像があるんだろうか。肌の色、言語のアクセント、考え方、宗教まで。アメリカ国籍を持ってまで、自分はアメリカ人という事実をいつまでも客観視している。「アメリカ人」という記号は、国籍では語りきれないかのように。
アメリカ国籍を持たない、E。彼は6歳のときにアメリカに移り住み、今国籍取得を申請中。「自分は、中国出身だよ」と彼はずっという。私が間違って「君はアメリカ人だから・・・」というたびに繰り返し訂正する。「でも、もう2,3年もしたらアメリカ人になるよ」そうしたら、私が「君はアメリカ人だから」と言ったら、素直に受け入れるようになるのだろうか。彼にとって、国籍取得こそが国に受け入れられ、その国の住民として生きる一歩なのだ。
アメリカ国籍を持つ、WAPSのC。彼は誰もが思い描くような「アメリカ家庭」に生まれた。アメリカにおいて、表立ってどのような力をも行使できる層だ。「アメリカ嫌いなんだよね」と時々言う。「どこかに移住したいわ」が口癖。アクセントが黒人のそれを時々まねている。アメリカという国を嫌うことで、WAPSという逃れられないアイデンティティから逃れようとしている。「アメリカ人」という単語が、彼にとっては自分を指しているようで重いのだろう。
アメリカ国籍を持たない、B。ヒスパニック系の彼は堂々と自分を「アメリカ人」という。「アメリカ人というアイデンティティは自分がそれを受け入れるかどうかだけの簡単なものなんだよ」
そんな人々が寄り集まってアメリカに住んでいる。ひとりの「ガイジン」として、アイデンティティのパターンをカテゴライズしようと思えばできるんだろうけど、それだけでは語れない「アメリカ人」が多すぎる。「アメリカ人」というアイデンティティは、限りなくその人個人の精神に依拠する。 |