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ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-10-18 月夜の出来事 その2
2003-10-17 月夜の出来事 その3
2003-10-16 夜明け評論家
2003-04-08 猫の星の歴史教科書第15回「危険なクリスマス」その1
2003-04-07 猫の星の歴史教科書第15回「危険なクリスマス」その2
2003-04-06 猫の星の歴史教科書第15回「危険なクリスマス」その3
2003-04-05 猫の星の歴史教科書第14回「軌道上のクリスマス」その1
2003-04-04 猫の星の歴史教科書第14回「軌道上のクリスマス」その2
2003-04-03 猫の星の歴史教科書第14回「軌道上のクリスマス」その3
2003-04-02 猫の星の歴史教科書第14回「軌道上のクリスマス」その4


2003-10-18 月夜の出来事 その2

 満月の晩にポロがお散歩していると、どこからかピアノの音が聴こえてきました。
〜おや、どこから聴こえてくるのだろう〜
 それは、すぐ近くの家の一階の窓からでした。ポロが立ち止まって目を閉じて聴き入っていると、ついついいつものクセでピアノに合わせて鼻歌が出てしまったのでした。
「どなたですか?」
 窓が開いて、声をかけたのは盲目の少女でした。ポロは、とっさにネコであることを隠すために、口からでまかせを言いました。
「え、えっと、グールドといいます。グレン・グールド」
「まあ、知っています!」
「ひゃっ! えっと、そうじゃなくてグレン・グールドのファンのとむりんと言います」
「まあ、変わったお名前ね。ピアノを弾かれるのですか」
「ええ、ちょっとだけ」
「まあ、お入りになってピアノを聴かせてくださいな」
 〜やば。ポロ、バイエルしか弾けないもんな。それもへたっぴにしか〜
「さあ、どうぞお入りになって」
 ポロは、なりゆきでピアノの前に招き入れられてしまいました。でも、そのとき思いだしました。ポロだって4次元ポケットを持っているのです。確か、それを飲むと少しの間ピアノが弾けるようになる「ヒケール」というカプセルがあったはず。ヒケールは猫の星の「ドーラ・メディコ」という会社の製品で、マエストロタイプ、ビギナータイプ、個人用、団体用、湿布式、ちょっと大きめとかいろいろと作られていて、ポロもどれか持っているはずでした。がさごそがさごそ。あ、あったあった。えっと、販促キャンペーン用って書いてあります。あ、これ、猫の星中央駅のコンコース歩いてたときキャンペーンやってるお姉さんからもらったやつだ。
 ま、これで、とりあえずピアノが弾けるはず。ポロはせんせいの「月の滴」が弾きたかったので、カプセルに「月の滴」って書いてごくりと飲み込んでピアノに向かいました。
「とむりんさん、何を弾いてくださるの」
「私の作曲した月の滴という曲です。では、お聴きください」
 ポロは鍵盤に指を置いてから、カッコつけて心の中で5つ数えました。1、2、3、4,5・・・ドかちゃかドかちゃかドかちゃかドかちゃか、ちゃーんちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃんちゃん、ちゃーんちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃんちゃん・・・・
 わ、なんだ、この曲は! あ、ヒケールのキャンペーンソングだ! 販促用ってこういうことだったのか。
 ドかちゃかドかちゃかドかちゃかドかちゃか、ちゃーんちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃんちゃん、ちゃーんちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃんちゃん・・・・
「あ、あの、とむりんさん、おじょうずなんですけど、こんなに大きな音で弾かれては近所から苦情が来てしまいます」
 ドかちゃかドかちゃかドかちゃかドかちゃか、ちゃーんちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃんちゃん、ちゃーんちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃんちゃん・・・・
 「と、とまらないよ〜!」
 ドかちゃかドかちゃかドかちゃかドかちゃか、ちゃーんちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃんちゃん、ちゃーんちゃ、ちゃちゃちゃ、ちゃんちゃん・・・・
 それから何分かたって、やっとヒケールの効果が切れました。
「ふー、やっと止まった」
「とっても賑やかな曲を作曲なさるんですね」
「あ、いえ、それほどでも・・」(なに言ってんだ、ポロ)
「また、遊びに来てくださいね」(帰るとも言ってないのに。はっきり言ってお世辞)
「では、先を急ぎますので」


先頭 表紙

吸い込まれそうなお月さまと空…。すてき…。 / 甘夏 ( 2003-10-17 20:47 )

2003-10-17 月夜の出来事 その3

「というわけでね、せんせいのファンを一人減らしちゃったの。ごめんね、ごめんね」
「どうせ夢じゃないか」
「ぎくっ!」
「なんだ、その擬態語は」
「じつはね、じつはね。この夢もドーラ・メディコ製のマサユメ・カプセル飲んだから見た夢なの。これからホントのことになるの。もう確率100パーセント」
「なんだ、そりゃ」
「ポ、ポロ、ピアノの練習してこよっと」


おしまい


先頭 表紙

うちの息子(3歳)にもこんなふうに見えているのかなと思うと、むやみに「いたずらするな!」と叱れなくなります…反省。常に目線を変えて、美しいものを見つけられるようになりたいです。 / あっこ ( 2003-11-04 04:58 )
甘夏さん、おいでくださってアリガトございます。ここにもときどき遊びにきてください。せんせいはガラスが趣味なので、ポロも師匠のえいきょうを受けまくっています。 / ポロ ( 2003-10-17 23:02 )
おもしろいアングルだね〜。ビー玉コロコロ楽しいね。ポロちゃんからはこんな風に見えてるんだね…。 / 甘夏 ( 2003-10-17 21:00 )

2003-10-16 夜明け評論家

せんせいは、自称「夜明け評論家」です。
夕日評論家っていう人はいますけど、夜明け評論家は少ないと思います。でも、彗星捜索なんてしてる人は、夕焼けよりも朝焼けのほうが親しみがあるかも知れません。せんせいも、そのなれの果てかも。
ポロは朝寝坊なので、夜明けとは縁がありません。みなさんはいかがですか?


先頭 表紙

2003-04-08 猫の星の歴史教科書第15回「危険なクリスマス」その1

ポロでーす! クリスマスシリーズの最後のお話は、未来のお話です。盛明おじいちゃんも、せんせいもご先祖さまになってしまっています。ずっと未来になってもクリスマスがあるので、ポロは安心しました。では、どうぞー!



危険なクリスマス 

 手錠をかけられた赤服の男は神妙な様子で受付前を通り過ぎていきました。
 「この手の入管法違反は今年5人目だ」
そんな声が受け付けカウンターの奥から聞こえてきました。

 JR東日本では、踏切一時停止をうながす新しい標識の設置を急いでいました。角の丸い逆三角形のその標識には、大きく開いて差し出された手のひらとトナカイとそりが描かれていました。
 しかし、その晩も東北地方の標識のある踏切には、めちゃめちゃに壊れたそりと脱線した夜行貨物列車の傍らに、しょんぼりとたたずむサンタクロース姿の男がいました。

 昨年からの突然のサンタクロース姿の男たちの大量出現と、ひんぱんに起こる彼らとのトラブルに世界は戸惑っていました。おまけに、航空法や入国管理法、家屋への不法侵入など、さまざまな法律に違反して逮捕されたその男たちはひたすら黙秘を続け、誰もが取り調べにも自供にも応じないのでした。そんなサンタ関連の報道が増えるに連れて、人々のサンタクロースに対するイメージはファンタジーから不気味なものに変わっていったのでした。

 風太はその晩、眠らずにベッドの中で待っていました。ススムじいちゃんから聞いたサンタクロースは不気味でも怖くもなかったからです。連日のニュースがどうしても信じられません。
 -じいちゃんの話が本当なら、今夜こそ、ぼくのところにも本物のサンタがやってくるだろう。北側の窓のロックは配電盤のスイッチで元から切ってあるし、ぬかり はないはずだ。
 風太が眠さのあまりウトウトしはじめた頃、枕元に立つ影がありました。
 「おじさん、サンタだろ?」
 「ふ・う・たくん・じゃ・な?」
 様子が変でした。サンタクロースは、それだけ言うとその場に倒れ込んでしまいました。

 風太の両親がファーストエイドキットでサンタクロースの両脚の出血を止め、ネット端末から遠隔医療システムで指示を仰いで血圧の安定剤を処方してもらいました。
 ママ「あなた、おとうさまの言ってらした事って本当だったのね」
 パパ「ああ、オヤジは変人だったからなあ。みんなからあまり信用されてなかったし」
 まもなく、サンタクロースが意識をとりもどしました。
 サンタ「おお、おお!」
 そう言うとサンタクロースは涙でなにも言えなくなってしまいました。

その2へつづく

先頭 表紙

2003-04-07 猫の星の歴史教科書第15回「危険なクリスマス」その2

 パパ 「いいんです、いいんです。ゆっくりお休みください。警察に引き渡したりしませんから」
 それからサンタは眠り続け、翌日の昼過ぎに目を覚ましたようでした。3人そろって昼の食事を持って行くと、サンタは平静を取り戻していました。
 サンタ「なんとお礼申しあげればよいか分かりません。しかし、ひどいことになった。危なく命を落とすところじゃった」
 パパ「さきほど、風太からかなり詳しい話を聞きました。風太はススムという、まあ、私の亡くなった父なんですが、そのススムからいろいろな話を聞かされていまして、ススムは祖母のミオリから、そのミオリという祖母は、さらに父親のとむりんから、とむりんは、その父親の盛明という人から話を聞いていたようです」
 サンタ「そのとおりじゃ、そのとおりじゃ。盛明じいさんか。もういつのことになるのじゃろう。あれは氷川神社の森じゃった。ワシが不時着しとったら重力変換器の修理を手伝ってくれてのう。それはそれは好青年じゃった」
 サンタクロースは、昔を懐かしむような表情で言いました。
 パパ「ところで、今年のサンタクロースの大発生はどういうわけですか」
 サンタ「長い話じゃから、なるべく簡単に言おう。ワシは地球のサンタじゃ。地球オリジナルというわけじゃな。しかし、実は宇宙にもサンタはたくさんおった。彼らは集まって銀河系サンタ連盟を組織して、サンタの便宜を図っておった。それで、銀河系サンタ連盟から誘われたワシも、連盟に加わったというわけじゃ。これが失敗じゃった。ここまではよいかの」
風太 「はい、それからどうなったんですか」
 サンタ「そのうち、現場の事情も分からぬ馬鹿な評議員がサンタの見聞を広めようと、配置替えを提案した。どでかい人事異動じゃ。決まり切った風景に飽きの来ていた連中が、ここぞとばかりに賛成してな、ワシも地球担当をはずされてしもうた。おまけに地球の人口は、ひとつの惑星としては桁はずれに多いときておる。地球に慣れておらんサンタが、突然、大量に異郷の地に割り当てられて赴任したんじゃ。いくら汎用カムフラージュ訓練を受けていても、地球には通用せん。地球には地球のやりかたがあるのじゃ。ワシがいくら主張しても奴ら全然とりあわんかった。言語トレーニングさえ受けていない連中だから警察でも黙秘と勘違いしておるようじゃ。黙秘ではない、地球語を知らんのじゃ」
 風太 「へえ、サンタクロースにも転勤があるのか」
 風太が感心したように言いました。
 ママ 「なんだか信じられないわ」
 サンタ「ワシも未だに信じられん。本部へは彼らから救難信号が雨あられと届いての。ワシが救助隊の指揮を任されたのじゃ」
 風太 「やっぱり、地球のことは地球のサンタさんじゃなくちゃね」
 サンタ「そのとおり。しかし、救助母船が地球降下軌道に入ろうとしたとき、衝突小天体を破壊するスペースガードシステムに捕捉されたのじゃ。今までそんなものにつかまったことはなかった。ワシらのステルス技術は高いのじゃ。おそらく配船担当者が地球の2世紀くらい昔のデータでステルス未対策母船を用意しまったのじゃろうな。もっと科学技術レベルの低いところを担当しておったサンタを乗せる船じゃった。ミサイル攻撃を受けた母船からベイルアウト、つまり緊急脱出して難をのがれたというわけじゃ。しかし、脱出に使ったワシのそりが、またガードシステムの対空攻撃を受けたのじゃ。それで、こんな怪我を負ってしもうた」

その3へつづく

先頭 表紙

2003-04-06 猫の星の歴史教科書第15回「危険なクリスマス」その3

 パパ 「それはひどい」
 サンタ「地表にたどり着けなかった仲間もいるはずじゃ。これはスペースガードシステムのせいでも仲間のせいでもない。人事担当者の責任じゃ。帰ったらただではおかん!」
 パパ 「救援船はいつ来るのですか?」
 サンタ「今日は世界時で何日の何時かな?」
 パパ 「12月25日の昼過ぎだから、世界時だと午前5時前です」
 サンタ「うん、そうか。脱出時に救援船の手配をしたから、まもなく地球-月ラグランジュポイント1に行かねばならん。救援船は世界時午前6時に来るのじゃ。今ならぎりぎり間に合うじゃろう。本当にお世話になり申した。あのようなところにワシは戻りたくはないが、どうしても戻ってサンタの組織を解体せねばならん。人は、すぐに組織を作りたがるが、どうじゃ。地球の歴史でもうまくいった組織はあるかの? 動物たちは組織などに頼らなくとも継続可能な世界を維持してきたはずじゃ。わしらも学ばねばならん。時代は常に良いほうへ進むとは限らんのだが、そうしなければならん」
 そういうとサンタクロースはふらふらしながらも立ち上がりました。

 サンタのそりはパパがガレージに押し込んでおきました。一部被弾して壊れていましたが、外殻だけのダメージで、内部は無事に見えました。
 「なあに、火星まで行くのはきついが、地球の周回軌道なら大丈夫じゃ。あんたたちのおかげで怪我の手当も万全じゃ。そうそう。貰いもので申し訳ないが、お礼にこれを受け取ってくだされ。ワシには価値が分からん古いものじゃ」
 サンタクロースは錆びた小さなコインをひとつ風太に手渡した。
 反重力エンジンに火が入ると、サンタクロースは深々と頭を下げてからそりを浮かせました。間もなく、ステルスモードに移行するとそりはふわっと消えるように姿を消しました。
 風太 「ススムじいちゃんから聞いたときよりも新型になっているね」
 ママ 「あたし、まだ信じられないわ」
 パパ 「まったくだ」
 風太とパパは、サンタからもらったコインを「コイン名鑑」で検索しました。まもなく見つかったそのコインのデータには次のように記されていました。

 -開元通宝。西暦723年に遣唐使が唐から持ち帰った銅貨。これを元にわが国最古の貨幣のひとつである和銅開珎が鋳造されたとされる。

 「ねえ、パパ」
 「なんだ?」
 「これって、ひょっとしてお宝?」
 「どうだかな、いや、わが家ではすごいお宝だ」
 「そうだよね、そうだよね、とっても昔のお金だもんね」

 よく晴れてまだ午後早い時刻であるにもかかわらず、すでに夕方のような気配の中を、風太と父親は母親のメモを持って、そんな話をしながら夕食の買い物のために歩き始めたのでした。


おしまい

 これは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。

野村茎一作曲工房

先頭 表紙

2003-04-05 猫の星の歴史教科書第14回「軌道上のクリスマス」その1

ポロでーす! 今日は少し未来のお話です。ポロが乗って帰る予定のオリンピア67号も登場します。では、お楽しみください。



軌道上のクリスマス

 オレンジ色のユニフォームを着ているのは電力・電装要員、グレーは原子力要員、白は医療スタッフ、グリーンは検査、赤は化学燃料、ブルーは整備のエンジニアたちでした。巨大な深宇宙探査船「リンダラハ」が直接着陸していられるのも、火星の小さな重力のおかげでした。まもなく地球に接近するハレー彗星からの知的電波をとらえたという報告は世界中を駆けめぐり、ちょうどカイパーベルトへの探査を控えた「リンダラハ」がハレー彗星を調査することになりました。そのため、出発日時が数日早まって徹夜の準備作業が行なわれているところでした。
 その巨大な乾ドックの隅にススムたちが操るサンドスウィーパ(自走式砂かき機)のプラットフォームがありました。ススムたちも宇宙船技術者達と同じ入り口を使っていましたが、彼らはススム達を空気のように無視しました。ススムは気にもとませんでしたが、相棒のレビーは「けっ、あいつらオレ達を馬鹿にしてやがるんだ」と、ひとり毒づいていました。
 レビー「ススム、今日は4号機だ。カードを入れろ」
 ススムは黙ってスウィーパの4号機に乗り込むとIDカードをコントロールパネルに差し込みました。コイルが発熱してジェネレータに火が入るとスウィーパは目覚め、騒音と振動を伴って巨大なパワーコンデンサがいきり立ちます。ススムは、この瞬間が好きでした。相棒のレビーが乗り込んだのを確かめるとグリップのアクセルレバーを握りしめました。樹脂製の分厚いキャタピラが砂を噛み、スウィーパは悲鳴にも似たきしみ音を上げて簡易エアロックに向かいます。無線機がコントロール室のチーフの言葉を伝えてきました。
 チーフ「リンダラハ発進まであと6時間だ。予報によると12時間以内に砂嵐はない。発射台までの全ての砂を排除しろ。1号機から4号機まではエリアZ、5号機から8号機はエリアT、9号機から12号機まではエリアQだ、以上」
 エアロックを抜けて与圧ドームから外に出ると音の伝わりにくい静かな世界でした。重力が小さいので舞い上がった砂は、ふわふわとなかなか地上に落ちません。だからサンドスウィーパの樹脂製キャタピラも砂を巻き上げない特殊な構造をしていました。
 エリアZは、実際には使われない場所でした。しかし、報道関係者からはよく見えるので一番きれいにすることを求められました。砂かきは宇宙船の安全のために行なわれているのに何とも矛盾した話でした。ススムはスウィーパの操縦を担当し、レビーは砂かきのオペレータとして乗り組んでいました。砂かき用のプローヴを地面近くに器用に近づけると、砂はみるみる吸い込まれ、埃が出ないように水分を与えられてから区域外に飛ばされます。作業が軌道に乗るとレビーが話しかけてきました。
 レビー「ススム、どうしてこんな仕事してるんだ。おまえ、いつも少しもしゃべらないし、なんか気味悪いぞ。今日は自分のことを少しは話せよ」
 ススムは苦笑いのような笑みを浮かべるとゆっくりと口を開いた。
 ススム「ああ。子どもの頃、一緒に住んでた祖母がよくいろいろな話をしてくれたんだ。その中でお気に入りだったのが時計オオカミの話で、その時計オオカミが電気ヒツジ市宇宙空港のサンドスウィーパを動かしていたからさ。だからサンドスウィーパに乗りたかった」

先頭 表紙

2003-04-04 猫の星の歴史教科書第14回「軌道上のクリスマス」その2

 レビーは両手を少し広げて身をすくめると「まるで話にならん」というポーズをしました。実際、ススムも誰かに理解してもらおうなどと思ったことはありませんでした。祖母の話に出てくるオオカミCLOKは、人類滅亡後の太陽系に残ったアンドロイドの動物達のひとりです。次々に野生動物を絶滅させてきた人間達は、罪滅ぼしに動物のアンドロイドを作ったのでした。動物アンドロイド達は人類の僕(しもべ)として働きました。そして、人類が滅亡した後もアンドロイド達は人類がまだ生存していたときと同じように世界の機能を保とうとしていたのです。だから誰も乗客のいない宇宙船を定時に飛ばし、そのためにきちんと砂かきもしたのです。野菜工場や、人工蛋白工場では食べる人間がいなくなったにもかかわらず生産は続き、レストランでは毎日定時に料理が供され、一定時間後にはその全量が食べ残しとして処分され続けました。しかし、時と共にシステムは老朽化し綻(ほころ)びも出てきます。アンドロイド達には再生できない物や部品もあり、世界の機能は次第に低下してきたのです。祖母の物語はその時代について語っていました。時計オオカミの操(あやつ)るサンドスウィーパも、もうほとんど砂かき能力を失っており、砂を平らにならすだけで帰ってきたのでした。
 レビーがまた話しかけてきました。
 レビー「ハレー彗星の電波は通信かもしれないってニュースで言っていたな」
 ススム「ああ、あれはオリンピア67号っていう猫の宇宙船だよ」
 レビー「おまえ、自分の言ってることが分かってんのか。おまえ、絶対に変だぞ」
 祖母がよく話してくれた猫の星の話。寒い寒い氷の星からやってきた決死の宇宙船「オリンピア号」の冒険。今時、決死なんて言葉は流行(はや)りませんが、あの3匹の猫たちの活躍は本当のことのような気がしてなりませんでした。宇宙船「リンダラハ」がその星に接近するというのです。猫たちの邪魔だてをしなければよいのだがとススムは心配でした。祖母は1990年の生まれです。前回のハレー彗星であるオリンピア66号には間に合いませんでした。もし、リンダラハがサンプル採取などをしたら、67号の軌道も1号の時のように狂ってしまうかも知れません。そうなったら地球でハレーすい星の接近を楽しみにしているぴーおばあちゃんをがっかりさせてしまうどころか、猫の星では一大事です。
 レビー「くそう、寒いな。ヒーターが調子悪いぞ。修理代けちりやがって」
 ススム「外気温が下がってる。マイナス81度だ、安全規定値を下回っている。コントロールに連絡して帰投しよう」
 レビー「コントロール、こちら4号機。外気温が規定値を下回った。危険回避のため帰投します」
 管制 「4号機へ。今回は特別措置としてマイナス85度まで規定値を緩和することになった。機器類の安全耐寒温度範囲内だ。つらいとは思うが作業を続行せよ」
 レビー「ふざけるな、機械は大丈夫でも、こっちはヒーターが不調だ。殺す気か!」
 管制 「リンダラハの発進は遅らせられない」
 レビー「おれたちゃリンダラハの発進とは何の関係もないエリアZだぜ!」
しかし、通信はすでに切れ、車内はマイナス30度になっていた。
 レビー「おれはクビになってもいいから帰るぜ」
 ススムも同意し、スウィーパを格納庫へ向けました。

その3へつづく

先頭 表紙

2003-04-03 猫の星の歴史教科書第14回「軌道上のクリスマス」その3

 翌日、職を失ったススムは自分のコンパートメントでリンダラハとハレー彗星のニュースを検索しました。それは、すぐに見つかりました。
 「リンダラハは火星クリュセ基地から発進、ハレー彗星の一部を標本として採取し、火星に送る予定」
 大変だ、そんなことをしたらオリンピア号は使命を果たせくなるかも知れない。オリンピア号にとって質量は操縦桿のようなものなのでした。すぐにススムはインタープラネットで太陽系中にメッセージを発信しました。
 「ハレー彗星の標本採取に反対のメッセージを! 宇宙省のハレーすい星探査方針の見直しの要求を! 宇宙の自然破壊反対!」
 しかし、それはすぐに政府の規制コードに触れて削除されてしまいました。ススムは、自分の無力さをくやしく思いました。

 その晩、目を覚ますと枕元に気配を感じました。強盗か、それとも警察か。ススムは目を閉じて眠ったふりをしたまま近くに武器になりそうな物があったかどうか手でさぐりました。
 侵入者「いやいや、心配せんでいい」
 侵入者は老人のような声で言いました。目を開けるとそこには赤い服を着た老人が立っていました。
 サンタ「探すのに苦労したわい。あんたがインタープラネットでメッセージを発信したおかげじゃ」
 ススム「ぼくにどんな用だ」
 サンタ「用も何も、今日はクリスマスイヴ。そして、おまえさんはワシの恩人の子孫じゃ。だから来た」
 ススムは、ピンときました。祖母の言ったとおりのできごとが今、目の前で起こっているのでした。事情が分かると、緊張がとけてススムは穏やかに言いました。
 ススム「話は聞いています。サンタクロースさんですね。でも、ぼく、あまり欲しい物がない」
 サンタ「それじゃ、ハレー彗星の猫たちを助けに行くというのは、どうじゃ」
 ススム「えっ、どうやって?」
 サンタ「そりゃもちろん、ワシの愛機ドレッドノート号でじゃよ」

 外に出ると、路上にはメリーゴーラウンドのようなトナカイに牽かれる古ぼけた屋根なし橇(そり)がありました。
 サンタ「どうじゃ、ワシの自慢のドレッドノート号は」
 ススム「これって冗談ですか。どうやってこれで宇宙へ?」
 サンタ「まあいい、まず乗るんじゃ」
 ススムは半信半疑ながら助手席に座りました。
 サンタ「よし、ドレッディ。オリンピア67号救出作戦に向かう。我々の標的は宇宙船リンダラハじゃ」
 ドレド「指令を再確認。宇宙船リンダラハからハレー彗星を救い、後に帰投」
 サンタ「その通りじゃ」
 ドレド「指令了解。引き続いて詳細を確認。リンダラハを撃破してよいか」
 サンタ「いや、いかんいかん。どちらも無傷のまま任務を遂行せよ」
 ドレド「さらに詳細を確認。無傷とは人的損害のことか」
 サンタ「そうじゃ」
 ドレド「対コンピュータデバイスは使用してよいか」
 サンタ「そうじゃな、彼らのその後の航海に支障がない程度にな」
 ドレド「了解。与圧フィールド発生。フィールド用コイル温度上昇中。ステルスデバイス起動。ディーンドライブ起動。緯度・経度情報受動。軌道確定。リフトオフ」
 魔法のように木製の橇が音もなく宙に舞い上がりました。
 サンタ「もちろん魔法じゃよ」
 眼下には電気ヒツジ市の夜景が広がっています。上昇角度がきつくなると、夜景は背中になってしまいました。街を被う与圧ドームも航空機用ゲートを使わずにすり抜けると、行く手はきらめく星々でした。

その4につづく

先頭 表紙

2003-04-02 猫の星の歴史教科書第14回「軌道上のクリスマス」その4

 ススム「キャノピもないのに息ができる」
 サンタ「力場(りきば)というらしい」
 ススム「まだ実用化されていないはず」
 サンタ「だから魔法じゃよ。わしはサンタじゃ。うぉっほっほ」
 屋根なし橇は2人を乗せて火星を離れました。覆うもののない周囲は降るような星空でした。
 ドレド「リンダラハが間もなくターゲットとの接触点に到達します。その前にミッションを行なうためにはワープ8が必要です」
 サンタ「よし、ワープ8を許可。ススム、つかまっとれよ」
 猛烈な空間の揺れを感じると、急に、まわりの星の光が前方に集まり始め、それは、最後に虹のリングになりました。
 ススム「これが相対論で予言されているスターボウ(星の虹)ですね。信じられないくらいきれいだ!」
 サンタ「そうじゃそうじゃ。わしとお前さん以外、人類ではまだ誰も見た者はおらん」
 星々の光が虹の輪となって行く手に拡がり、微妙に揺れながら輝いていました。しばらくその幻想的な景色を眺めていましたが、出し抜けに星の光が元に戻り、白く尾を引くハレー彗星が現れました。
 ドレド「通常空間に再実体化完了。対コンピュータ・アタックデバイス、ファインモード。いつでも使用できます」
 サンタ「よし、リンダラハが修理可能な範囲で、やんわりとメインコンピュータをいじめてやってくれ。ハレー彗星の探査どころではない大騒ぎになるようにな」
 ドレド「了解。実行します。完了しました」
 ススム「え、もう終わったんですか?」
 サンタ「ドレッディ、もう少し近づいてくれんか」
 ドレッドノート号はリンダラハが肉眼で確認できるところまで進みました。あんなに巨大なリンダラハもハレー彗星と並ぶと胡麻つぶのようでした。
 サンタ「おうおう、リンダラハがコントロールを失っておるようじゃな。これでは、ハレーすい星への接近は無理じゃろうて」
 航法装置に狂いを生じたリンダラハは迷走しているようでした。
 ドレド「リンダラハがハレー彗星から離れます」
 サンタ「よしよし、ドレッディ、いつもながらよくやった」
 ドレド「おほめいただき、ありがとうございます。オリンピア67号のドルマーズ船長からお礼のメッセージが着信しました。よみあげますか」
 サンタ「おお、読んでくれい」
 ドレド「発信。オリンピア67号船長ゴディー・ドルマーズ。サンタ殿、またお世話になり、感謝の念に堪えません。ドレッドノート号が再実体化したとき、船内に歓声が上がったことをお伝えします。帰路の無事をお祈りいたします」
 サンタ「そうか。メリークリスマス!と返信じゃ」
 ドレド「了解」
 サンタ「これだからサンタクロースはやめられん。さあ、火星へ帰るぞ」
 ドレド「了解。帰還軌道に乗ります。帰路はワープ3。所要時間は2時間ほどです」
 ススム「オリンピア号の船長とは知りあいなんですか?」
 サンタ「ま、ちょっとな。ちょうどいい。ススム、盛明(もりあき)じいさんは知っとるか」
 ススム「いいえ」
 サンタ「おまえさんのご先祖じゃ。ワシの橇の修理を手伝ってくれたんじゃ。その息子がとむりんじいさんで、その娘がぴーばあさんじゃ」
 ススム「ぴーおばあちゃんならよく知ってます」
 サンタ「そうかそうか。よし、火星につくまでお前さんのご先祖のとっておきの話をしてあげよう」

 前方でルビー色に光る火星は、まるでトナカイの赤鼻のようでした。


おしまい


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