ジョーンズの飼い主とむりんは売れない作曲家でした。もともと食べていけない、とむりんでしたが、とうとう本当にどうにもならなくなって過疎の山里に引っ越したのでした。
若いころから、とむりんは畑仕事をしたかったので、何でも自分でしなければならない山里の暮らしも苦にならないようでした。
晴れの日は畑で土を耕すとむりんも、雨が降ると部屋で調子のはずれたピアノに向かうのでした。街で暮らしていたころ、とむりんの作った曲をちゃんと聴いたことのなかったジョーンズでしたが、退屈な雨の日に聴くと心に染みました。
ある晩のことでした。とむりんが眠りにつくと、ジョーンズは以前から気になっていたピアノの上にある小さなおもちゃのチェロをさわってみました。見よう見まねで弦に弓を当てると「ぎーぎろん」と大きな音がでました。ジョーンズは、もっと弾いてみたくなり、チェロを持って外へ出ました。
上弦の月が沈んだ後、夜更けの森のはずれの丘の上で、今度は思いきり音を出してみました。
「ぎーぎろん、ぎーぎろん」
それは、間違いなくジョーンズが自分で出した音でした。
とむりんが聴いたら顔をしかめるだろうほど濁っていましたが、ジョーンズには天国から響いてくるような素晴らしい音色でした。
ジョーンズは、うれしくてうれしくて、ただでたらめに音を出し続けました。 「ぎーぎろん、ぎーぎろん、ぎーぎろん」
やがて夜も更け、東の空が白んできました。ジョーンズはチェロをピアノの上に戻すと、遅い眠りにつきました。
夜になって、畑から戻ったとむりんは夕ごはんやお風呂を終えると、ひとしきりピアノに向かいます。ジョーンズは、今まで以上に一生懸命に聴きました。これを覚えて、でたらめではないメロディーを弾くのです。
とむりんが眠ると、チェロを持って森のはずれに向かいます。今日覚えたメロディーの練習です。でも、どうしても最初の2小節しか思い出せませんでした。
「ぎーぎろりん、ぎーぎろりん」
ジョーンズは、覚えたての2小節をくり返し弾きました。夜明けまで、ずっとくり返し弾きました。
「ぎーぎろりん、ぎーぎろりん」
なんて素敵なのでしょう。身体が喜びに満たされてくるのが分かります。とむりんが貧しくとも音楽家を続けている理由が分かった気がしました。ジョーンズは気がつきませんでしたが、すぐそばの木の枝で一匹のヤマネが、チェロの音(ね)に耳を傾けていました。 |