次の日は、もう2小節を覚えました。
夜更けの森にチェロが響きます。
「ぎーぎろりん、ぎーぎろりん、ぎぎぎろり、ぎぎぎろり」
いつまでたってもひどい音でしたが、ジョーンズは全然気になりませんでした。それどころか、ますます夢中でした。ジョーンズは知りませんでしたが、少し離れたところで、一匹のタヌキもチェロの音にじっと聴き入っていました。
ある雨の日。とむりんは畑仕事ができないので家で過ごしていると、ジョーンズは朝からずっと居眠りをしていました。全く役に立たない猫だなあと思いました。
一週間もたったころ、ジョーンズは一曲全部を弾けるようになっていました。いつしか満月になり、真夜中には天高く昇ってジョーンズを照らしました。
「ぎーぎろん、ぎーぎろん、ぎぎぎろり、ぎぎぎろり、ぎーたらり」
練習を始めて、ふと気がつくと、月明かりの中にタヌキの姿が見えました。反対側にはキツネも、その並びにはイタチもいました。ジョーンズがびっくりしていると、けものたちは演奏をせがんでいるように見えました。ジョーンズは、再び練習 を始めました。
「ぎーぎろん、ぎーぎろん、ぎぎぎろり、ぎぎぎろり、ぎーたらり」
誰かが聴いていてくれるというのは張り合いがあるものだと思いました。ジョーンズは、今までで一番よい演奏ができたと、ちょっと誇らしげでした。
次の晩には野うさぎもオオカミも、大きな熊までやってきました。
「森のはずれ野外ホール」のステージにジョーンズが現れると、けものたちも鳥たちもみな、ジョーンズのほうを向いて耳を傾けるのでした。
とむりんが演奏するよりも何倍もテンポの遅い「きつね」という曲の演奏が始まりました。それがジョーンズには精いっぱいでした。それは悲しい悲しい音楽になりました。
「ぎーぎらぎらぎらぎらり」
きつねの母親は、急に去年亡くした子を思いだしてすすり泣きました。しかし、聴いているうちに、だんだん悲しみが癒されていきました。
ジョーンズは何も知りませんでしたが、きつねの母親が癒されていくにつれて、 ジョーンズの心が悲しみでいっぱいになりました。気持ちが高ぶって、演奏はますます冴えわたりました。すると、オオカミが感極まって遠吠えをしました。普通だったら、オオカミの遠吠えを聞いたら多くのけもの達は逃げ出します。しかし、その遠吠えがあまりに透明だったので、誰もがジョーンズの音楽の一部のような気がしました。
次の晩は森中のけものや鳥たちが集まったかのようでした。たくさんの動物たちの輪の中心でジョーンズは演奏を始めました。動物たちの心のざわめきがジョーンズに届きます。とむりんのメロディーは、喜びや悲しみなどの気持ちを呼び起こし、動物たちの心を揺り動かすのでした。
「ぎーぎゃろ、ぎーぎゃろ」
その音を聴いているうちに、動物たちは心がどんどん澄んできて、悲しみや憤りなどの気持ちが消えてきていることに気づきました。子を失ったきつねの母親も、悲しみよりも、たとえ短い間であっても、子ギツネと過ごせた事が大切であったように思えてきました。 |