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ポロのお話の部屋

作曲家とむりんせんせいの助手で、猫の星のポロが繰り広げるファンタジーワールドです。
ぜひ、感想をお願いしますね。

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2006-07-15 ポロの絵日記 2006年7月15日 土ようび
2006-07-14 ポロの絵日記 2006年7月14日 きんようび
2006-05-14 ポロの日記 2006年5月14日(風曜日)とむりん少年の熱い日々 その1
2006-05-14 ポロの日記 2006年5月14日(風曜日)とむりん少年の熱い日々 その2
2006-05-14 ポロの日記 2006年5月14日(風曜日)とむりん少年の熱い日々 その3
2006-05-14 ポロの日記 2006年5月14日(風曜日)とむりん少年の熱い日々 その4
2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その1
2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その2
2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その3
2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その4


2006-07-15 ポロの絵日記 2006年7月15日 土ようび






たろちゃんに弟子入りして自信をつけたポロは、さっそく裏神田しびれ大学の路地裏でシティ・アートに挑戦してみた。絵はうまく描けたけど、名前のPとB、LとRをまちがえた。絵だけを勉強してもダメだとわかった。おなかもへった。芸術とはおなかが減るものだ。





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2006-07-14 ポロの絵日記 2006年7月14日 きんようび





ポロは、たろちゃんに弟子いりして絵をはじめた。目標はシティ・アーティスト。裏神田のキース・へリングと呼ばれるまでがんばる覚悟なので、みんな期待するように。




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2006-05-14 ポロの日記 2006年5月14日(風曜日)とむりん少年の熱い日々 その1

とむりん少年の熱い日々 その1

 その日もいつものように、とむりん少年は目を覚ましました。
 ふとんの中でまぶたを開くと、すぐにピアノのことを思い出しました。そうです。いま目覚めたのもピアノを弾くためです。いま息をしているのもピアノを弾くためです。これからパジャマを脱いで着替えるのも、朝ご飯を食べるのも、すべてピアノを弾くためでした。
 とむりん少年は中学生になったばかりでした。学校に行く前にピアノを弾きます。その日はモーツァルトでした。時間ぎりぎりに家をとびだして走って学校へ行きました。1時間目が始まりました。何の授業なのかはどうでもいいことでした。とむりん少年は、机に向かって。膝ピアノでモーツァルトのソナタをさらい始めました。ゆっくりと主題を弾いていろいろなことを吟味します。途中に現れるトリルは高い音から始めたほうがよいのか、それともトリルの書かれた音符の高さから始めればよいのか慎重に考えました。分からなくなったら心の耳全開で聞き込みました。ひとつひとつ、全ての音の大きさ、長さ、音色が決められていき、2時間目には第1楽章の通し練習をしました。とむりん少年の頭の中では美しいモーツァルトが鳴り響いていました。3時間目には優雅な第2楽章にとりかかりました。なんと美しい曲でしょう。この美しさがどこからくるのか解明しなければなりません。全身全霊を傾けて音楽に集中します。数学の先生がとむりん少年の異変に気づいて具合でもわるいのかと心配し、保健室に行くようにいいました。とむりん少年は言われるままに保健室に行き、ベッドでモーツァルトの続きに没頭しました。
 学校が終わると、とむりん少年は走って家に帰りました。いまならアイディアにあふれたモーツァルトが現実の音になるだろうという確信がありました。

「ただいま〜!」

 とむりん少年は制服の上着を脱ぎ捨てると、そのままピアノに向かいました。一刻も早くピアノを弾かなければなりません。なにしろ、息を吸ったり吐いたりするのだってピアノをひくためなのですから。その日、とむりん少年の指先が奏でたのは美しいモーツァルトではありましたが、実際の音を聞くと想像不足であったところが次々とわかってきました。想像力だけでは足りないこともあるのでした。なんとかしようと何度も弾き方を変えて試してみましたが、どうしても納得できる音楽にはなりませんでした。まだまだアイディアがたらないのです。こういう時はじたばたしても始まりません。音楽のディティールは明日の授業中に深く掘り下げることにしました。
 その日の晩、テレビではオーケストラがブラームスの交響曲を演奏していました。とむりん少年は1音だって聞き逃すまいと、真剣にテレビにかじりついていました。日本中の人が、聞こうと思えば誰もが公平にこの演奏を聞けるのです。だから人より優れるためには、誰よりも多くを聞き取らなければなりません。録音機を持っていなかったとむりん少年は、若き日のバッハやベートーヴェンと同じように、全身を耳にして音楽を受け止めました。

つづく

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2006-05-14 ポロの日記 2006年5月14日(風曜日)とむりん少年の熱い日々 その2

とむりん少年の熱い日々 その2

 次の日、学校に向かう途中、売り物にする花を育てている近所の温室をとおりかかると、作業をしているおばあさんが、ラジオでブラームスの交響曲第1番を聞いていました。とむりん少年は焦りまくりました。こんなところにもライバルがいたと思ったのです。もっともっと真剣に音楽に取り組まないと人よりも秀でることは難しいと思いました。
 1時間目の授業が始まると、とむりん少年はモーツァルトの世界に深く深く入り込んでいきました。モーツァルトが気づいていたことには全部気づかなくてはならないと思い込んでいたとむりん少年は、曲を、考えられるすべての要素に分解して再び組み上げる作業を繰り返しました。レッスン日が迫っています。どこまで完成度を高めることができるでしょうか。

 いよいよレッスン日。とむりん少年は深呼吸をすると、意を決して鍵盤に指を置きました。ほとんど、想像していたとおりのモーツァルトが指先から流れ出ました。

ぽろろろろ〜ん♪

・・・いいぞいいぞ、この調子だ。

 とむりん少年は夢中で弾き終えました。
 しばらく黙っていた先生が言いました。

「よく弾いてきたね。それに、実によく考え抜かれていた。でも、何かが足りない」

 そう言って、先生が同じモーツァルトを弾きはじめました。そこには、とむりん少年が想像していたのとは違うモーツァルトがありました。

「君は2小節くらいにまで曲を分解して弾いている。だがメロディーは、それ自体の持つ長さがある」

 とむりん少年は、このとき自分自身がフレーズに対するセンスをじゅうぶん持っていなかったことに気づいたのでした。

 家に帰ると、とむりん少年はバイエルを持ち出して、最初から順番にフレーズを聞き分ける練習を始めました。バイエルはスラーを使ってフレーズの長さまで指示していたのです。

「うっひょ〜! バイエルって人は、なんて親切なんだ」

 とむりん少年は、バイエルをフレーズごとにまとまりを作って弾いていきました。3日後、106番までを弾き終わりました。そして、いよいよモーツァルトに再挑戦です。

 今度はスイスイ分かりました。モーツァルトのフレーズも、実際は揺るぎない確固たるものだったのです。それが見えなかっただけでした。

 学校の定期テストが近づいていました。でも、とむりん少年にはそんなことは関係ありませんでした。
 定期テストの朝、とむりん少年の同級生たちがテストに答えるために朝食をたべているころ、とむりん少年はピアノを弾くために朝食の席についていました。なにしろテストが終わればいつもよりも早くピアノの前に帰れるからです。

つづく

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2006-05-14 ポロの日記 2006年5月14日(風曜日)とむりん少年の熱い日々 その3

とむりん少年の熱い日々 その3

 1時間目 数学

 次の計算をせよ。

 問題1の解答(たくさん)
 問題2の解答(いっぱい)
 問題3の解答(ものすごく大きな数)
 問題4の・・・

 以下似たりよったりの解答

 とむりん少年は、なかなかよい答えだと思いました。テストを5分で終わらせると、すぐにモーツァルトのソナタにとりかかりました。ついに第3楽章の分析と解釈に進んだのです。

 2時間目 国語

 ・・・・このときの主人公の気持ちを45字以上50字以内で答えなさい。

 解答「あいうえおかきくけこさしすせそたちつてとなにぬねのはひふへほまみむめもやゆよらりるれろわをん」

 <文字数はバッチリだな>
 とむりん少年は、この答えも気に入りました。

 3時間目 社会

 問題 次の地図記号について答えなさい。

 だんだん大きく
 だんだん小さく
 とくに強いアクセント
 スタッカート

 <な〜んだ、簡単じゃないか>
 とむりん少年は社会のテストもサクサクとかたづけると、残った時間をモーツァルトのために費やしました。

つづく

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2006-05-14 ポロの日記 2006年5月14日(風曜日)とむりん少年の熱い日々 その4

とむりん少年の熱い日々 その4

 ホームルームを終えて帰ろうとすると、担任の先生から呼ばれました。とむりん少年が職員室に行くと、担任の先生が数学のテストの解答用紙を見せて言いました。

「とむりん。この答えはなんだ」
「ぼくは精いっぱい答えました」
「ふざけているのか、それとも本当に何も分かっていないのか、どちらかだ」
「たぶん、何も分かっていません、今のところ」
「ピアノもいいが、勉強も忘れちゃいかん」
「ということはピアノは中途半端にしなさいということですね」
「そういうわけではない」
「そうですか! 先生ありがとう! 全力でピアノに向かいます! じゃあ、さようなら!」
「おい、こら、待て」

 とむりん少年が走って家に帰ると、ピアノがあるじの帰りを今か今かと待っていました。

 とむりん少年がピアノの鍵盤フタを開けると、ピアノはウォーミング・アップが済んでいることを見せようと、最低音から最高音まで一気にグリッサンドして見せました。

 ぽろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろろ〜〜〜〜〜〜ん!

「調子よさそうじゃないか!」
「ぽろん!」

 ピアノが答えました。とむりん少年の熱意に、とうとうピアノに魂が宿ったのでした。

「いっくぞ!」

 ぽろろん、ぽろぽろろ〜ん♪

 指先から流れ出てきたのは最高のモーツァルトでした。

 次のレッスンでとむりん少年は、ついに思っていたとおりのモーツァルトを弾くことができました。

「うん、よく弾いてきた。モーツァルトはもう君とともにあるといってよいだろう」
「先生、ありがとうございます」
「いよいよ次はベートーヴェンだ」

 とむりん少年は家に帰ると、先生が指示されたソナタの譜読みを始めました。そこにはさらに高い山がそびえていました。

「大変だ! これじゃ眠る時間もなくなっちゃうぞ」

 ぽろろっろっろっろ! ぽろろっろっろ!

 とむりん少年のピアノが笑いました。

「こいつ〜、笑い事じゃないだろう」

 ぽろっろっろっろ、ぽろろんろん・・・!

「あははははは、あははははは!」

 ピアノがいつまでも楽しそうに笑いつづけるので、とむりん少年も何だか可笑しくなって思わず笑いはじめてしまったのでした。

おしまい



「このお話は、もちろん全部ホントだけど、劇的にするためにポロが脚色したところもあるので割り引いて読んでください」って書こうと思ったら、すっかり逆だっていうことに気づきました。たぶん実際はポロの想像なんか追いつかないほどものすごいことが起こっていたに違いありません。ポロの想像が及ばないところはみなさんの想像力で補って読んでください。でも、もしかしたら皆さんの想像力でも追いつかないくらいのことが起こっていたかも知れません。

ポロ

 ここは「野村茎一作曲工房HP」に付属する「ポロのお話の部屋」です。HPへは、こちらからどうぞ。

野村茎一作曲工房

ポロの掲示板はここ。
ポロの道場

先頭 表紙

わ、わ、mokoさん。もとネタをバラしちゃだめだよ。こ、これはポロのオリジナルだからね。ホントだよ。 / ポロ ( 2006-05-17 22:58 )
小学校の頃、モーツァルトの伝記を読んだことがあるのですが、やはり似たようなエピソードが書いてあったような気がします。 / moko ( 2006-05-17 05:46 )

2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その1

ポロの名人伝 その1

 ドーラの都に住むポロという猫が天下第一のピアノ名人になろうと志を立てた。己の師と頼むべき人物を物色するに、当今ピアノにおいては名手とむりんに及ぶ者があろうとは思われぬ。バイエル全曲を暗譜で弾いて、しかも1度もミスタッチしないという。ポロは、はるばるとむりんをたずねてその門に入った。

 とむりんは新入りの門人に、まず瞬き(まばたき)せざることを学べと命じた。一瞬たりとも楽譜から目を離さぬためである。ポロは家に帰り、さっそくまぶたに小さなつっかい棒を作ってはめた。1ヶ月後、つっかい棒をとるとまぶたが閉じた。再びつっかい棒をして瞬きせずに暮らした。1年後、つっかい棒をとってもまぶたは閉じなかった。しめたと思ったのもつかの間、しばらくすると瞬きが始まった。2年の後、ようやくつっかい棒を取り去っても絶えてまばたくことがなくなった。ポロのまぶたはその役割を忘れ果て、もはや、鋭利な錐(きり)の先を以て突かれても瞬きせぬまでになっていた。夜、熟睡している時でもポロの目はクワッと見開かれたままである。ついに、目のまつ毛とまつ毛の間に小さな一匹のクモが巣をかけるに及んで、ポロはようやく自信を得て、師のとむりんにこれを告げた。
 それを聞いてとむりんが言う。瞬かざるのみでは未だレッスンするには足りぬ。次には聴くことを学べ。聴くことに熟して弱音を聴くこと強音のごとく、微音を聴くこと轟音のごとくなったならば来(きた)って我に告げるがよいと。

 ポロは再び家に戻り、わずかにひびの入った甕(かめ)からしたたり落ちる水音に耳を傾けて終日過ごすことにした。はじめ、それはもちろん一滴の水滴のしたたる音にすぎない。2、3日たっても依然として水滴である。ところが十日あまり過ぎると、気のせいかしたたり落ちる水量が多くなったように思われる。三月目のおわりには、明らかに閉めわすれた水道の蛇口から流れ出る水音のように聴こえてきた。しかし、ひびは広がっておらず、水のしたたりは以前と同じであった。窓の外の風物は次第に移り変わる。煕々(きき)として照っていた春の陽は何時(いつ)か烈(はげ)しい夏の光に変わり、住んだ秋空を高く雁が渡っていったかと思うと、早や、寒々とした灰色の空から霙(みぞれ)が落ちかかる。ポロは根気よく甕からしたたり落ちる水滴の音を聴き続けた。その水も何百回となく注ぎ足されていくうちに、早くも三年の月日が流れた。ある日、ふと気づくと部屋の中にナイアガラの滝が流れているような轟音が満ちていた。しめた、とポロは膝を打ち、表へ出る。ポロは我が耳を疑った。道行く人々の心臓の音は漁船のエンジンのようであった。空を行く雲が風を切る音は、まるでジャンボジェットのようであった。月が地球をめぐる音までが地下鉄の走行音のようにはっきりと聴こえてきた。

続く

先頭 表紙

2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その2

ポロの名人伝 その2

 ポロは早速、師の許(もと)に赴(おもむ)いてこれを報ずる。とむりんは高蹈(こうとう)して胸を打ち、初めて「出かしたぞ」と褒めた。そうして直ちにピアノ演奏術の奥義秘伝をあますところなくポロに授けはじめた。
 目と耳の基礎訓練に五年もかけた甲斐があってポロの腕前の上達は驚くほど速い。
 奥義伝授が始まってから十日の後、試みにショパンエチュード全曲を連続演奏してみると、ミスタッチがないのはもとより、その速度は誰の耳にもとまらないほどであった。
 ひと月の後、百冊の楽譜を以て初見演奏を試みたところ、一冊を弾き終わると同時に、間、髪(かん、はつ)を入れずに二冊目を弾き始め、それを弾き終えると同時に三冊目を弾き始めるために、絶えて隙間のできることがない。ついには譜面台に百冊の楽譜が重なって、ポロの目に届くほどの厚さとなった。傍(かたわ)らで聴いていたとむりんも思わず「善し!」と言った。

 最早(もはや)、師から学び取るべき何ものもなくなったポロは、ある日、ふとよからぬ考えを起こした。
 ポロがその時つくづく考えるには、今やピアノを以て己(おのれ)に敵すべき者は、師のとむりんをおいてほかにない。天下第一のピアノの名人となるためには、どうあってもとむりんを除かねばならぬと。秘かにその機会を窺っているうちに、一日たまたま郊野(こうや)において、向こうからただ一人歩み来るとむりんに出会った。
 咄嗟(とっさ)に意を決したポロが前もってシュレーディンガー商会で入手しておいた指向性超音波銃で師とむりんの耳を狙い撃ちすれば、気配に気づいたとむりんはくるりと前転して鼓膜を破らんとする超音波をかわし、すばやく傍らに落ちていたドングリで耳栓をすると反撃に転じた。たちまちポロは超音波銃をとりあげられ、逆に狙いを定められた。ついに非望の遂げられないことを悟ったポロの心に、成功したならば決して生じなかったに違いない道義的慚愧(ざんき)の念が、この時忽焉(こつえん)として湧起こった。とむりんの方では、また危機を脱し得た安堵と己が技量についての満足とが敵に対する憎しみをすっかり忘れさせた。
 とむりんは、この危険な弟子に向かって言った。最早、伝うべきことは悉(ことごと)く伝えた。爾(なんじ)がもしこれ以上この道の蘊奥(うんおう)を極めたいと望むならば、ゆいて西の方(かた)、大行(たいこう)の儉(けん)に攀(よ)じ、皇山(こうざん)の頂を極めよ。そこにはドイ老師という古今を壙(むな)しゅうする斯道(しどう)の大家がおられるはず。老師の技に比べれば、我らの“奏”のごときはほとんど児戯(じぎ)に類する。爾の師と頼むべきは、今はドイ老師のほかはあるまいと。

続く

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2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その3

ポロの名人伝 その3

 ポロはすぐに西に向かって旅立つ。その猫の前に出ては我々の技のごとき児戯に等しいと言った師の言葉がポロの自尊心にこたえた。もしそれが本当だとすれば、天下第一を目指すポロの望みも、まだまだ程遠いわけである。己が業(わざ)が児戯に類するかどうか、とにもかくにも早くその人に会って腕を比べたいとあせりつつ、ポロはひたすら道を急ぐ。肉球を破り、脛(はぎ)を傷つけ、危巌(きがん)を攀(よ)じ、桟道(さんどう)を渡って、一月の後にポロは漸(ようや)く目指す皇山の頂に建つ小さな庵(いおり)にたどりついた。
 気負い立つポロを迎えたのは、羊のような柔和な目をした、しかし、ひどくよぼよぼの爺さんである。年齢は百歳をも超えていよう。
 相手に聞こえなければ困ると思い、ポロは大声で慌ただしく来意を告げた。己が技の程を聴いて貰いたい旨を述べると、焦りたったポロは相手の返事を待たずに部屋にあった古いピアノに向かって超絶技巧でなければ弾けぬゴドフスキの練習曲を弾きはじめた。しかしその調律は、最早ピアノとは言えぬほどに大きく狂い、いたるところ弦が切れたままになっていた。
 そのようなピアノから流れ出た音楽はまったく体(てい)を為(な)していなかったが、ポロがこの難曲をどのような高度な技術で弾いたのかは誰の耳にも明らかだった。
 一通りできるようじゃな。と老人が言う。だが、それは所詮“奏之奏”(そうのそう)というもの好漢(こうかん)未(いま)だ“不奏の奏”を知らぬと見える。
 ムッとしたポロなど眼中にないかのように老隠者はボロボロのピアノの前に座ると目を閉じた。すると、弾いてもいないピアノから得も言われぬ美しい音楽が部屋に満ちた。ポロはどこかで聴いたことのある曲だと思ったが、どうしても思い出せなかった。

「どうじゃ、今一度このピアノを弾いて聴かせてはくれぬか」

 ポロはピアノの前に座ったものの、どうしたらよいかわからなかった。
 すると、ドイ老師はどこからか大きなまさかりを持ち出してピアノをこなごなに砕いてしまった。

「何をなさるのですか、気をお確かに」
「おぬしが来たから、これはこの冬の薪じゃ。修業途中の者には、ここの冬は厳しすぎる」
「しかし、ピアノはどうなさいます?」
「おぬしに弾けぬピアノなど用はないだろう」

 老師に言われるまま、ポロは薪となる板をまとめて庵の軒下に積んだ。

 何もなくなった部屋でポロは老師と向かい合って座った。老師は目を閉じると無形のピアノに向かって演奏を始めた。たちまち庵は美しいピアノの調べで満たされた。それは今までに聴いたどのような音楽よりも美しく、しかしポロの心を締めつけ、しかし満たした。ポロはようやく先ほどの曲がなんであったのかを思い出した。バイエル17番だった。
 ポロは慄然(りつぜん)とした。今にしてはじめて芸道の深淵(しんえん)を覗き得た心地であった。

続く

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2006-05-13 Il Gatto Dello Sport提供 お話の森 第6回 ポロの名人伝 その4

ポロの名人伝 その4

 九年の間、ポロはこの名老人の許に留まった。その間、如何なる修業を積んだものやらそれは誰にも判らぬ。
 九年経って山を降りてきた時、都の人々(ねこねこ)はポロの顔つきの変わったのに驚いた。以前の負けず嫌いな精悍な面魂(つらだましい)は何処かに影をひそめ、何の表情もない、木偶(でく)のごとく愚者(ぐしゃ)のごとき容貌に変わっている。久しぶりに旧師のとむりんの許を訪ねた時、しかし、とむりんはこの顔つきを一見すると感嘆して叫んだ。これでこそ初めて天下の名人だ。我らのごとき、足下(あしもと)にもおよぶものではないと。
 ドーラの都は、天下一の名人となって戻ってきたポロを迎えて、やがて眼前に示されるに違いないその妙技への期待に湧き返った。ところがポロは一向にその要望に応えようとしない。山に入る前に所有していたエラールのフルコンも売り払ってしまったのかポロの許にはなかった。そのわけを訊ねた一人に答えてポロは言った。至為は為すなく、至言は言を去り、至奏は奏することなしと。至極物分かりのよいドーラの都人(みやこねこ)はすぐに合点した。ピアノを弾かざるピアノの名人は彼らの誇りとなった。ポロがピアノに触れなければ触れないほど、彼の無敵の評判はいよいよ喧伝(けんでん)されたのであった。

 さまざまな噂が人々の口から口へ伝わる。毎夜三更(さんこう)を過ぎる頃、ピアノなどない筈(はず)のポロの家から周囲一里に美しい音楽が流れ出る。名人の内に宿るミューズの神が主人公の眠っている間に体内を抜け出し、誰の眠りも妨げないように歌っているのだという。ポロの家の近くに住む一商人は或る夜、ポロの家の上空で雲に乗ったポロが古(いにしえ)の名人ショパンとドビュッシーの二人を相手に腕比べをしているのを確かに聴いたと言い出した。その時、三名人の放った音はそれぞれ夜空に青白い光芒を曳きつつ参宿(さんしゅく:オリオン座の三つ星)と天狼星(てんろうせい:シリウス)の間に消え去ったと。ポロの家に忍び入ろうとしたところ、塀に足を掛けた途端に一道の厳しいA音(ラ)が森閑(しんかん)とした家の中から奔(はし)り出てまともにまともに額(ひたい)を打ったので、覚えず外に顛落(てんらく)したと白状した盗賊もある。ポロの家の上空を飛ぶだけで渡り鳥どもはその鳴き声が美しくなり、賢いウグイスたちはポロの家の周囲で鳴き声修業に励んだ。

 雲と立ちこめる名声の只中に、名人ポロは次第に老いていく。既に早く“奏”を離れたポロの心は、ますます枯淡虚静(こたんきょせい)の域に入って行った。木偶の如き顔は更に表情を失い、語ることも稀となり、ついには呼吸の有無さえ疑われるに至った。
「既に、我と彼との別、是と非の分を知らぬ。眼は耳の如く、耳は鼻の如く、鼻は口の如く思われる」というのが老名人晩年の述懐であった。

続く

先頭 表紙


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