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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2005-07-27 第八十七夜。 「聞き耳頭巾」 その一
2005-04-26 第八十六夜。 「死出虫」
2004-10-26 第八十五夜。 「靴」
2003-11-17 第八十四夜。 「好きにして」
2003-11-16 第八十三夜。 「虫めずり その四」
2002-11-17 第八十二夜。 「グレープフルーツ」
2001-09-20 第八十一夜。 「坂 道」
2001-09-03 第八十夜。 「出 棺」
2001-08-31 第七十九夜。 「交 換」
2001-08-30 第七十八夜。 「深 爪」


2005-07-27 第八十七夜。 「聞き耳頭巾」 その一

 
 
 ───むかし、むかし、
 
 
 
 吉次は木を切って暮らしていた。
 
 まっすぐな木を選んでは斧で打ち倒し、枝を払っては谷に押し落とす。
 川はしぶいて流れ、里に流れ着いた丸太は集められ筏に組まれ、さらに大きな川を下ってやがては城の柱に削られる。
 吉次も、樵仲間の誰一人、城の築かれる丘さえ見た者はいない。それほどに山の奥の奥の、そのまた奥にあった話。
 
 

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2005-04-26 第八十六夜。 「死出虫」

 
 なぶられて、男たちは落ーちーたー。こわごわ露台(テラス)より身を乗り出せば、はるか崖下はぬかるむ黄土色の泥土(うひじ)で、あるものは膝を抱え丸まったような、あるものは無駄のあがきに手足をばたつかせたような、男たちの落ちたかたちのままのぬっぷりした穴がいくつもーいくつーも並んでいる。ぺっちゃり、べちゃりと音立てて男たちを迎える泥土のすぐ下は実のところ黒くて硬い岩盤で、昨夕の早い頃の穴からは、はや男たちをついばみすする夏の蒼い虫供が淡く濃く這い出ては光る。
 

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2004-10-26 第八十五夜。 「靴」

 
 白く乾いた夜半、もう終電はない。
 そのままバンパーの少し汚れた営業用のセダンで帰ってしまうことも考えたが、体が泥のように重く、会社左奥の駐車スペースに車を納め、自分はタクシーで帰ることにする。
 大通りに出てすぐに拾えたタクシーのシートはひいやりと冷たく、黄色いタクシーは一度車体を沈めて走り出し、それから国道を大きく右に曲がる。その先の私鉄駅のわきを抜け、陸橋をくぐり、あとはまっすぐ北に上るのだろう。左に曲がるカーブの先、工事現場のように明々と路面が照らされ何か作業が行われている。
「こりゃあ轢き逃げだな」
 交差点を前にスピードを落としながら運転手がつぶやいた。見れば車線を塞いで車をさえぎるのはガス水道の工事ではなく警察の車輌で、照らされた地べたには紺の作業服を着た数人が這いつくばるように何かを探している。
「ここはスピードが出るわりに、見通しが悪いから。あっちで飲んだ酔っ払いが道を渡ろうとして危ないんだ」
 答える言葉もなくただうなずいていると、顔をしかめたに違いない、運転手は独り言のようにくぐもった声を上げた。
「靴が片方落ちてる」
 どこに、どんな靴、と目で追うが、見つからず、信号機が青に変わってタクシーは静かに走り出してしまう。滑らかに都心を抜け、橋を渡り、その先の先の交差点を左に曲がってしばらく走った深い灰色のマンションの奥で金を払い、胸までの高さのささやかな門扉の前に立つ。
 そこには、男物の、黒い革靴が落ちていた。

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2003-11-17 第八十四夜。 「好きにして」

 
 紫の下着の裾から長い脚の間を垣間見せ、ねぇあなたの好きにしていいのよ、どんなことをしてもいいの、とベッドの上で女は唇を舐めあげた。少年は黙って塩の壺を取り上げ、女の頭上に振りかざした。

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2003-11-16 第八十三夜。 「虫めずり その四」

 
 夏の終わりからの閻魔蟋蟀の異常発生が報じられた。映像によるとそれは床やソファの裏がこげ茶色に染まり、歩くとぶちぶちと音を立てざるを得ないほどのもので、なぜこのように大量に発生したのか、原因は不明だった。
 秋が深まってからも蟋蟀が減ずる気配はなく、太った老人が五人と二人の痩せた子供がこれで死んだ。

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2002-11-17 第八十二夜。 「グレープフルーツ」

 
 近くまで寄って見上げると、それはいずれも髪の毛を縒り合わせて吊り下げた女の首だった。
 パキパキと靴の下で鳴るのはどうやら切り落とされた指らしい。ここにはどうやら不要になったものが放置されているように見えた。

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2001-09-20 第八十一夜。 「坂 道」

 
 カリカリと若い女が降りてきた。
 枯れ葉色のスーツ、背中に子供をおぶっている。
 女の子だろうか、首に回した白い腕と、腰の左右に揺れる太りじしの足首、小さな赤い靴が見える。
 近づいて気がつくと、女は左手の携帯電話を耳にあて、右手はショルダーバッグに置いている。
 正視してよいものではなさそうだ。振り向いてもいけない。
 足音が消えて街灯が急に暗くなった。坂を上って右に曲がれば確か。
 しがみつく両手に力を入れる。僕を背負った女が重そうに息をもらす。
 

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2001-09-03 第八十夜。 「出 棺」

 
 たいした話じゃない。つまり、こういうことだ。死というのは、心臓が停止し、脳が働かなくなることだと言われている。境目はよくわからんがね。だが、部品としての神経は、どの時点で信号を伝えなくなるのだろう。たとえばまぶたを開けば、目には光が入るはずだ。ピントの調整こそできまいが。
 ちょっとしたいたずらだよ。悪意はなかったさ。

 妻が、ゴキブリが大嫌いで、キッチンでパニック起こしてフライパンの油を撒き散らし、火傷どころか、危うく火事を引き起こしそうになったことは君も覚えているよな。ゴキブリが這ったというだけで、ミラノ製のテーブルを捨てたこともあったんだぜ。だからね、試してみたんだ。実験だよ。まぶたをこじ開け、目の前に遠く、近く、見せつけてから、口の中の綿をとって。どうせ半日もしないうちに、燃やしてしまうのだし。

 最後の別れを告げようと小窓を覗き込んで、老婆は野太い悲鳴を上げ、ぺったりと座り込んだ。菊に埋もれた女の表情はひきつったものに変わり、両目は大きく見開かれ、白く乾いた唇の端からはぴくぴくと茶色い虫の後肢。
 

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2001-08-31 第七十九夜。 「交 換」

 
 赤ン坊をあやしながら、ふとその頭をつかんで時計と反対回りにひねってみると、カラゴロと音を立てて回る。あるところまでくると、へっと口が開いて、目が白目になる。ちょっと戻すか首に押し付けるようにするとまた黒目に戻る。どうやらそのあたりが接点のようだ。面白がって何度も回したり戻したりしていたら、そのうち口と耳からふぁっと白い煙を吐いて元に戻らなくなってしまった。切れてしまったようだ。
 

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2001-08-30 第七十八夜。 「深 爪」

 
 ぐったりしたれい子を椅子に座らせ、下着ごとストッキングを引きおろして、ぼくはいつものように彼女の足の爪を切る。パチン、パチン。1ミリメートルだけ、いつもより深く爪を切る。後ろ手にがちゃりと手錠をかけ、椅子から動けないようにしばりつけて、明日も1ミリメートル、その次の日もまた1ミリメートル。痛いと泣こうが、やめてとわめこうが、ぼくは毎朝君の足の爪を切ることにしよう。パチン、パチン。そうして計算の上では2年もすれば、この足がなくなる。ぼくを置いて、こっそりあの男の駅に行こうとしたいけないれい子の足。パチン、パチン、ブチン。
 

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足の次に手、とするか、それとも足と手は同時進行にするのか。意表をついて足の次に胸とか耳とか。悩ましいところです。 / 泉木 ( 2001-08-30 14:52 )
怖いよ〜。すると4年以内には全身が…、怖いよ〜。 / タズラ@ご無沙汰しております ( 2001-08-30 09:45 )

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