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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

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2001-07-11 第七十七夜。 「鳥」
2001-07-05 第七十六夜。 「カッパドキア」
2001-06-27 第七十五夜。 「虫めずり その三」
2001-01-22 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) 最終回
2001-01-15 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その八
2001-01-12 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その七
2001-01-11 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その六
2001-01-09 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その五
2000-12-28 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その四
2000-12-27 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その三


2001-07-11 第七十七夜。 「鳥」

 
 家を建てるのに、二階の子供部屋の壁紙はナスカの地上絵の柄にしてみたいと・・・悪いアイデアではないと思ったんです。でも、壁紙の素材にはなくて。アークヒルズのショウルームとか、女房と探して。ほかのところも。
 道路側の壁にそれを書こうと言ったのは? 僕のほうです。最初は冗談みたいなものだったんですよ。でも、家のデザインが。建蔽率っていうんですか。道幅と、庭も少しは欲しくて。その都合で、思っていたより四角い、箱のような形になって。少しは遊び心もいいんじゃないかと。子供にも。女房も賛成してくれて。いや、どうしてもとか、そんなつもりはなかったんです。こんな。
 ええ、家を頼んだ工務店で、そういう仕事もできると。金利が。少しばかりの余裕はあったので。さあ。材質は。不動産屋や工務店との細かい打ち合わせは女房に任せていたので。子供もつかまり立ちできるようになったので。ええそう、壁の材質をうまく組み合わせてくれて。ナスカの地上絵は、持っていた写真集から。ペイントではないと思います。つかまり立ちできるように。
 いつごろ・・・? あの音のことですか。さあ。家が建ったのは三月ですが。それから一か月か二か月したころからかな。わかりません。ゴロゴロいうような。近所に工場でもあるのかと思っていたら。わかりません。音がするのは、夜です。深夜。昼間は家にいないので。女房でないと。いや、家の中ではなくて、上空というか。雷の音ではないと思うんですが。もっとゆっくりした。
 わかりません。あの日ですか。あの日は、帰ったのは終電で・・・家についたのは深夜の一時くらいです。何が? 何が起こったって。わかりませんよ刑事さん、それはこちらが聞きたいくらいだ。何が起こったんですか。あんな。家ごとむしられたみたいな。二階が。女房と子供はどこに行ってしまったんです。まるで、あんな。どうして。何が。
 

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2001-07-05 第七十六夜。 「カッパドキア」

 
 なんとか逃れて飛び込んだ薬局のカウンターで珈琲を注文する。レジを叩くのは「本当に目の見えない人などいなくて、見えないような気がするだけなのだ」などと抹香臭い説教を繰り返す親爺なのだが、友人はこの店の常連であることがなぜか自慢らしく、カウンターの隅に無造作に積んだ古い漫画本を手にして「県内にこれ1冊しかない貴重本だけれど君に貸してやろう」とそれをぱらぱらとめくって見せる。赤ん坊が大仏をコントロールして暴れる奇妙な漫画を読んでいると、何か黄色い薬を練りながら親爺が「それはあれだ」といかにも意味ありげに首を振る。薬局を出て火事で店舗を閉めてしまった書店の前を歩いていると、白っぽい私服を着た電車の中で見かけた覚えのある女子学生たち三人が立ち止まって話をしている。食事をどこでとろうかとかそのような相談らしく、あらゆることに黙っていられないたちの友人は彼女たちに「美味しくて安い薬屋がある」と声をかけ、強引にその一人の手を引いて歩き出す。三人の女子学生をカウンターの奥に押し込めると友人はいわくありげに親爺に目くばせし、なにかたくらんでいる様子だが親爺がそれに合意したかどうかはわからない。僕の隣に座っているのは三人の中でも一番地味で顔かたちも好みではない女なのだが、隣に座った以上なんとかしなくてはという意識だけが強くなり、自分が懸命に何かを説いていることはわかるのだが、赤ん坊や大仏がくるりくるりと笑うばかりでもちろん口説き文句になっているわけでもなく、友人や親爺の下卑た笑い声と女のおびえたような上目遣いが気に障って気に障って、気がついたときは指が痛いほど、目の前が赤く、誰の赤ん坊。
 

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2001-06-27 第七十五夜。 「虫めずり その三」

 
 穏やかな午後、西のほうの畑でぱらぱらと手漕ぎ銃を撃つ音がする。アカアゼマタギを狩っているのだ。
 アカアゼマタギはこのあたりから南の丘陵地帯でよく見られるかなり大型の食肉虫で、ミツユビモウセンが前肢を広げたほどの平べったい甲羅を裏返すと蜘蛛のような足がわしわしと皺寄っている。普段は赤土の斜面にはいつくばって小さな虫や獣の穴を掘っている穏やかな虫なのだが、冬が近づくとときどき平地に降りてきて悪さをするので日の長い内に撃ち殺しておくに限るのだ。
 一度、そのたくさんの足で両手両足を広げられた村女がアカアゼマタギの腹管からもぞもぞと子虫を産みつけられ、目から黄色い涙を流しながら吼えるような声をあげるのを見たことがある。薄緑の親指くらいの子虫は腹の膜を喰い破りながら逃げるので、一度産みつけられると祈祷師が女の腹を割いてもまず取り除くことはできない。
 ぱらぱらという銃の音に混じって、悲鳴と歓声が聞こえてくる。焦げたような匂いにひかれたテッペンボウが降り始めたのか、西の空が暗くなった。
 

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ありがとうございます。ときどき水が満ちたら新しいものを静かにゆるゆるとアップしていくつもりです。今後もどうぞよろしく・・・・・。 / 泉木 ( 2001-06-28 21:04 )
つっこみははじめまして。ずっとお休みだったので、どうしたのかな〜?と思ってました。前も楽しく読ませてもらってましたので、今回また新たに始まって嬉しく思います。宜しくお願いします。 / マッキ〜 ( 2001-06-27 22:24 )

2001-01-22 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) 最終回

 
 それは、突然の結婚式案内状だった。祐介のみならず、叔母にも意外だったらしい。
 好天に恵まれた秋のその日、新婦控え室に立ち入ると、ささやかな披露宴のせいか、鏡の前にはあるとが一人、静かに座っていた。叔母はホールで知人との挨拶に忙しい模様だ。
「新郎、さっき拝見してきたよ。なかなか美丈夫じゃないか。ガタイもあるし」
「ラグビーやってたって」
「なるほど、そんな感じだった」
「でも、祐兄と似てるでしょ。顔とか、雰囲気とか」
「そうかな。そんなには似てないと思うけど」
「ううん、祐兄と似てるのよ、すごく」
「・・・」
「それとね。あの人、試合で事故って、男性としては、駄目なの」
「・・・・・」
「あたし達、三人で暮らすの。これは、三人の結婚式なの」
「よく、分からない」
「うん。わかんないよね。・・・あたしね、もう、祐兄を待てない。待っても待っても、きっと祐兄はこっちには来ない」
「・・・あるとが、嫌いなわけじゃない。これでもそれなりに屈折してるんだ」
「ん。分かってる、つもり。でも、もう、好きとか、嫌い、とかの問題じゃないの。そろそろ、新しい箱を開けないと、あたし、ミュージシャンとして駄目になる。だけじゃなくて、人間としても駄目になる」
「だからと言って・・・」
「うん、ベストかどうかは分からない。でも、あの人は優しいし、あたしのこと大切にしてくれる。あたしの指がキーボードの上を動くのを見てるだけで、息が詰まりそうになるんだって。あたしがステージの上でくるりと振り向くだけで、わけもなく、頭の中が揺れて、死にそうになってしまうんだって」
「そんなタイプには見えなかったけどね」
「でも、そんな人なの。そうして、あたしと、彼女と、全部、大切にしてあげると言ってくれるの」
「よくは分からないけど、そういう人生があるのなら、そう言うものなんだろう」
「・・・やっぱり、引き止めないのね」
「子供のした決断じゃない、だろ」
「あたしは子供。いつまでも、祐兄の隣りで寝ていた子供」
「・・・・・・」
「でも、それも今日限り。あたし、箱を開けて、バカになるの」
「・・・うん」
「祐兄。一度だけ、キスして」
「ああ」
 祐介は、白いレースをそっとまくり上げ、小さな赤い唇に軽く唇を重ねた。
「花嫁が泣くんじゃない」
「そうね。・・・じゃ、そろそろ一発、花しょって、バカやってくっか」
 そう言って、銀色の花嫁は立ち上がり、それから文字通りのヴァージンロードにつっと立ち向かった。

(「銀の小夜鳴鳥」終)

 

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me2 / C ( 2001-05-29 06:28 )
濃密な腐乱の始まる季節です。そろそろ復活されてはいかがでしょう。 / 一読者 ( 2001-03-23 23:18 )

2001-01-15 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その八

 
 さらさらと音を立てて、右手首と右足首にネックレスが巻き付けられた。
「やあよ。これ、高かったのに」
「だから、切っちゃ駄目よ」
「ん、あー、無理」
「きれい。あると」
「ね、外して。切れちゃう」
「我慢するの」
「ん、ん。もう、我慢できない。おかしくなっちゃう。やだ」
「駄目」
「ねえ、ねえ。あなたのも、ちょうだい」
「・・・」
「あ。あ」
「同じように、して」
「こう? あ、ん」
「・・・あると、ここも可愛がってあげるね」
「うあ、そこは」
 思いがけない窪みに舌が差し入れられ、思わず身体が震え、身体が大きく反った。ぱらぱらと白い真珠が部屋に舞うのが、スローモーションのように目に映った。

(つづく)

 

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2001-01-12 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その七

 
 今でも、細かいやり取りはともかく、あの、時間の止まったような、体育館の地下の用具室、天窓から差し込むほこりっぽい光、マットやバレーボールのゴム臭い匂いは忘れられない。その隅で重なってうごめく白い太股。それが、自分が入学以来あこがれてきた一年先輩の女性と、クラスの、よりによって隣りの席の女子のあらわな姿だと知った驚き。十年の間に、記憶は行きつ戻りつして、その少女から相談を受けて帰り道を供にする内に自分が彼女と付き合っていると噂されたこと、なぜか話がこじれて、最後には小さなナイフを自分に向けた先輩、血走った目にかかる、その乱れた黒髪。
 当時の、自分を持て余した高校生達のみっともなくも切実なドラマに比べれば、今のあると達の姿は、ただ大人としての選択肢の一つにしか見えない。
「そうねえ、あたしは身長もこの通り高いし、女子校の頃から、ラブレターやプレゼントたくさんもらって、なんとなくそういうのが自然になっただけで、本当のところは分からない。祐兄、試してみる? あたし、ほんとのこと言うとまだヴァージンだよ」
「じゃあ、いつか高く売る時のために、箱の中にしまっとくんだね」
「祐兄なら安くしておくから、欲しくなった時はいつでも言って。あ、このナッツの和え物、美味しい。お代わりもらおうかな」
「太って、ヘソ出せなくなるぞ」
「・・・嫌いだ。祐兄」

(つづく)

 

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2001-01-11 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その六

 
「仕事はうまく行ってるのか」
「う〜ん、ふつー、かな。最初のバージョンはあんまり売れなかったみたいだけど。シーケンサーの世界って、やっぱりマックが強いし」
「『P...』とか『V...』、『L...』とか、老舗ソフトが多いからな」
「そう。ウィンドウズではまだまだこれからって感じ。『S...』なんかは結構売れてるし、カラオケデータなんか作るプロの間では『R...』がよく使われたりとか。あと、最近だと『C...』も伸びてるかな。なかなかうちの入る隙間はないわねぇ。でも、会社がこれからのぶん、あたしみたいな客寄せパンダでも、結構相談とかしてもらえるし。開発の人達と、ケンカもするけど、その分、いいソフトになると、いいかな。やだ、まじめな会話ぁ」
「たまにまじめに話しても、バチは当たらないだろう。彼女と、ええと、付き合いはうまくいってるのか」
「そうね。それも、ふつー、かな。お互いのマンション、行ったり来たり。なにげに聞いちゃうけど、祐兄って、モーホー?」
「いや。そのケはない。どうして」
「なんか、あの時、バレてもあんまり驚いた顔しなかったし、なんかあるのかな、って」
「あるとは、相手の彼女ほど、真正じゃないだろう」
「シンセイ。あ、真正ね。どうだろ。分かんないや。どうして?」
「さあ。なんとなく、緊迫感がないからかなあ。大昔、知ってる子が、女の子しか好きになれないと言って、相談受けたことがある」
「ふうん」
 それは、実のところ、当時の祐介にとって相談を受けた、などという簡単な話ではなかった。

(つづく)

 

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2001-01-09 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その五

 
「か〜んぱい!」
「酒なんか飲んでいいのか?」
「平気平気。今日の分のステージは終わったし、機材は明日も使うから、スタッフが盗られない程度に片づけてくれてるはずだし」
「気楽な稼業だね」
「これでも、祐兄には感謝してんだよ。結構あたし向きの就職先、紹介してくれたし、親には黙っててくれてるし」
「何を」
「あは、五目オコゲ食べながら気取ってもしょうがないじゃない、あたしがあっちの方にしか興味ないこと」
「別にわざわざ喋るほどのこともない。まして、叔母さんにそんなこと告げ口するなんて、反応を想像するだけで気が重い」
「もう、クールねえ。止めるとか、注意するとか、女を相手にしてるより俺の女になれ! とか、言うことは色々あるでしょに」
「誰の女に、だって?」
「祐兄」
「俺は、ワガママ女は、嫌いだ」
「あらあ、嫌がるイタイケな乙女を、無理矢理食事に誘ったのはだあれ」

(つづく)

 

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2000-12-28 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その四

 
 夏場はハードウェア、ソフトウェアの新製品も多くなく、一般にパーソナルコンピュータ関係のフェアはそう活発ではない。しかし、今回は、対象をホビー系にしぼり、近隣の遊園地のプールのイベントとタイアップしたこともあってか、各ソフトハウスのブースにも若者を中心にまずまず人が集まっている様子だ。このフェアを主催したNF電産のパソコン販売支援部に所属する真田祐介は、多少ほっとした心持ちで会場を横切った。
 ちょうど中央の特設ステージのアンノウン社の三度目の実演が終わり、高島あるとが舞台裏の扉から現れたところだった。祐介の姿を認めて、あるとの顔が輝く。彼女は祐介の遠縁にあたるのだが、実家が近く、かつては兄妹のように育ったのだ。
「お疲れさまでした」
「祐兄ってば、何しゃっちょこばってんの。何度も同じベッドに寝た仲なのに」
「こら。俺は今日は仕事で来てるんだ。人が聞いたら誤解するようなことを大声で言うんじゃない。ガキの頃の話じゃないか」
「うふふ〜、仕事でないならいいのね。誤解を誤解じゃなくしてもいいのよ、今晩あたり」
「それが元アイドルの台詞かね」
「アイドルじゃなくて、ポリシー持ったロックバンドのつもりだったんだけどなー。それに、今はしがない中小企業の平社員。んでね、労働者はおなかがすいた。中華がいいな、中華が」
「誰がメシ代払うんだ」
「あらあ、可愛いハトコに食事もおごらないなんて、ゴウマンよ。思い上がり、中華思想よ。そんなじゃ、もう、えっちさせてあげないから」
「だから、そう言う根も葉もないことを大声で言うな」
「言うな、なんて、ご主人様みたい。そういうシュミもあったのぉ」
「分かった。ともかく、メシに連れてってやるから、黙れ」
「う〜ん、後ろめたいところのある人って、やっぱり優しくって、好き」
「・・・・・・」

(つづく)

 

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2000-12-27 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その三

 
 パーソナルコンピュータで音楽データを作り、演奏をするには、一般に、「MIDI(ミディ)」と呼ばれる規格に基づく機材が用いられる。
 このMIDIとは、特定のハード、ソフトを示すものでなく、コンピュータや電子楽器同士を接続し、操作するための接続規格で、ローランド、ヤマハをはじめとする日本の楽器メーカーが一九八二年頃に提唱し、今や世界的な標準規格となったものである。コンピュータを使ってシンセサイザーなどの電子楽器を演奏させる、と言った折りにはまずこの規格に基づいた機器が使われていると考えてよい。
 実際に接続される楽器(MIDI楽器、MIDI音源と呼ばれる)は、単なる四角い箱のような機械の場合もあれば、オルガンのような鍵盤楽器、あるいはギターやサックスの形をしたものもある。
 コンピュータの側でそれらを制御し、演奏させるソフトが「シーケンサー」と呼ばれるもの。初心者向きに画面上の五線譜に音符を置いていくタイプのものから、MIDI楽器の鍵盤を押した演奏データそのものを逐次取り込んでいき、複雑な曲をこしらえていくものなどがある。
 今、ステージ上で高島あるとが実演しているのが、後者のタイプのシーケンサーソフトの新製品である。まず、MIDI鍵盤楽器で、ドラム、ベースといったリズムパートを打ち込む。これらは繰り返しが多いので、何種類かパターンを作ったら、ソフト上で調整、コピーし、並べ換える。続いて、その上に、ギターパートやボーカルパートの演奏データを重ねて演奏し、置いていくと、見る間にリグレッツの代表ヒット曲の一つ、「キャットウォーク」ができ上がっていき、観客の間から、ほうっというため息がもれる。

(つづく)

 

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