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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2000-12-22 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その一
2000-12-19 緋色のパピルス 最終回
2000-12-18 緋色のパピルス その八
2000-12-15 緋色のパピルス その七
2000-12-14 緋色のパピルス その六
2000-12-12 緋色のパピルス その五
2000-12-07 緋色のパピルス その四
2000-12-06 緋色のパピルス その三
2000-12-05 緋色のパピルス そのニ
2000-12-04 緋色のパピルス その一


2000-12-22 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その一

 
「・・・あ、ん」
「ね」
「まだ、する、のぉ? もう、眠い」
「駄目。寝させない」
「うふ」
「あるとの、ここ、柔らかい」
「さっきので、喉、渇いた」
「ビール・・・もう、冷たくないけど」
「口移しに、ちょうだい」
「うん」
「・・・映画とかで見るほど、美味しいものじゃないね」
「ひどい」
「ごめん」
「謝っても、駄目。いじめる」
「明日、仕事早いのに」
「寝させてあげない」
「あ」
「ここも」
「う、ん」

(つづく)

 

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2000-12-19 緋色のパピルス 最終回

 
 また、夜。
 五十嵐裕美の開いた体の上に重い夢のようにのしかかっていた男の影が、しぼむように自分の上から離れていく。それでもしばらくは脚を閉じようという気になれなかった。見たいなら見ればいい。ここでこうしてベッドの上で息を切らしているのはあたしの抜け殻。ゲームは好みの男を誘って一緒にドアを開けるところで本当は終わっている。
 濁った虹色に渦巻くようだった空間が徐々にあるべき様に納まっていき、鼓動のたびに全身を熱く震わせたしびれに似た感覚はゆっくりと心地よいくすぐったさに置き換わり、やがてはそれも静かに引いていく。裕美は、眠気に似たけだるさに浸った。男の手が馴れ馴れしく自分の肩に回されていることさえ、今はもううるさく感じられる。適度な見栄えと、まずまずの女あしらい。満足がなかったと言えば嘘になる。しかし、この男と同じ夜を過ごすことはもう二度とないだろう。
 電子メールの送り間違えをきっかけにするなどという遊びがそうそう巧く続くとは思えない。また、明日から、何か違うゲームを見つけなければ。裕美の中で、数日前給湯室で話し込んだ真田祐介の人のよさそうな顔がちらりと浮かび、それはすぐに消えていく。好ましく思わないでもない。でも、あのタイプって、なんだかどちらかがすぐに本気になってしまいそうで、それがなんだかひどく鬱陶しい。
 ベッドの右手、タバコの臭いがしみついたような男の部屋の厚手のカーテンの向こう、雨が走り始めた。

(「緋色のパピルス」終)

 

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2000-12-18 緋色のパピルス その八

 
 夕。
 かつて自分が所属し、見知った顔の多い総務部だけに「mseyama」、瀬山美智子の姿はすぐに見分けがついた。小太りだが、愛くるしい目鼻立ちで、喋りながらやや長めの髪を右手で巻き上げるのが癖らしい。お先に、という声。祐介は、準備してきた所用をさり気なく片づけ、それから鷹揚に美智子の後をつける。エレベーターは退社する社員で混み合っており、美智子が祐介に気がついている様子はない。どこまで追うか、という心積もりはなかった。祐介にすればとりあえず顔の確認だけできればという思いである。本社ビルからすぐ左の地下鉄の駅に向かう人群れの中、小柄な瀬山美智子は妙に背中に思いを込めた気配で祐介の数メートル前を歩いていく。
 不意に、その歩みが止まった。
「真田さん」
 祐介は天を仰いだ。自分が後をつけてきたことが見破られたのだろうか。しかし、そうでないことはすぐに分かった。美智子に声をかけられ、曖昧な表情を浮かべて何か応えている男。祐介より五,六歳年上だろうか。おそらくそれが「mseyama」のメールの本当の宛先、真田芳夫に違いない。祐介は、できる限り無造作に二人のすぐ傍を通り過ぎた。美智子が男を責め、彼が何か言いわけを重ねようとしていること、それだけが気配として知れた。
 あのメールの内容は、本物だったのだ。「mseyama」こと瀬山美智子は、単に電子メールの宛名を書き間違えただけだったのだ。美智子は、メールの返事を寄越さない芳夫をなじるだろう。そして、明日か、明後日か、自分が別の「sanada」という社員にメールを送ってしまったことに気がつくだろう。それはそれでもう仕方ない。
 だが。それなら、電子メールの宛名をわざと間違えて、という話は、噂にせよ、一体どこから出てくるのか。少なくとも瀬山美智子でない。すると、祐介にその話を持ち出した、あのショートカットの・・・。

(つづく)

 

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2000-12-15 緋色のパピルス その七

 
 夜。
 細い声を発して女が顔を避けるのを、男の唇は執拗に追った。男の左手は女の背中を越えて、女の左胸をもてあそんでいる。柔らかな円錐を裾野から強くもみしだくかと思えば、二本の指でその先端をついばむようにこすり上げる。男の右手は、その間もずっと女の最も敏感なところをゆっくりとかき分けている。
 もっとそっと。
 もっとゆっくり。
 もっと上。もっと下。
 もっと速く。
 そんな切れぎれの女の願いに、じらすように男の指は同じリズムでゆきつ戻りつする。脚を閉じようとしても、男の足が巧みにからまって、身をよじるほどに無防備な姿態をさらしてしまう。やがて女は、罠にかかった獣のように背をそらせ、それから最後の言葉を悲鳴のように繰り返し口走った。

(つづく)

 

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2000-12-14 緋色のパピルス その六

 
 昼。
 祐介が宛名違いのメールをどうするか結論を出せないまま、給湯室でマグカップを手にぼんやり立ちすくんでいたところに、パソコン販売支援一課の五十嵐裕美が現れた。祐介の所属する四課が同じパソコンの販売促進でも個人ユーザー向け店頭売りを主にしているのに対し、一課は企業、役所など、大口システム営業をサポートするのが最たる業務となっている。
「四課も相変わらず忙しそうねぇ」
「まあ、ね。うちはほら、上が鬼で、その隣りが鬼で、ご近所がまたほら鬼だから」
「うちもおんなじ。それも普段は無口なくせに、時々理由もなくキレるからもうっ、大変。でも、たまには息抜きしなくちゃ老けちゃうわよお、彼女と海外旅行とか、ね」
「カノジョ。ほう。それって、どこの自動販売機で売ってるの」
「もう、情けない。近頃は女の子のほうから誘わないとママのお膝元から離れられない男の子が多いんだから」
「ふうん。僕のパソコンがネットワークリンクから外れているのかなあ、若い女性からのそういうお誘いも、とんと来ない」
「あら、聞いた話だけど、最近じゃ、メールの宛先を間違ったふりして強引にきっかけを作っちゃう子もいるって話よ。適当に自分がめげちゃった話とか書いて、女友達に出すのをうっかり間違えたふりして」
「え」
「ほら、メールの宛名って結構似たのが多くて、紛らわしいじゃない。社内メールをそんな遊びに使うのも危なっかしくて、無茶といえば無茶なんだけど、ちょっと声かけたい人にわざと間違えて出す手って確かにあるのよね」
「ふうん、そう。そうか」
「どうしたの、ぼんやりして。もしかして、真田さんとこにも、そういうお誘いメールが届いたの」
「いや、そういうわけじゃないけど」
 そうだ、そもそも肝心の「mseyama」をまだ調べていない。「mseyama」の本名は。いや、そもそも、これは誰なのか。

(つづく)

 

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2000-12-12 緋色のパピルス その五

 
 夜。
 いつ下着を取られたのかはもう分からない。片方の脚を高く掲げられて、女は悲鳴を上げた。両手のひらで顔を被う。男の愛撫は一層大胆で荒々しいものになる。ざらつく舌が膝の裏からふくらはぎに向けて素早く舐め上げ、かかとを軽く噛む。異様な感触に思わず脚をばたつかせ横に伏した女のうなじに添えられた男の手が開いたまま背中をゆっくりと下ると、女の体が一瞬こわばり、それから体の向きを変えて広げた両手が男の頭を強く引き寄せる。深く、激しい、キス。

(つづく)

 

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2000-12-07 緋色のパピルス その四

 
 祐介に届いた電子メールは、おそらくそうして誤って届けられたものに違いない。真田という姓は決して多い方ではないが、彼の勤めるのは、支局、工場を合わせると数万の社員を擁する大企業だ。yで始まる真田姓の者が他にいても不思議はない。否、そういう者がいたからこそ、祐介の社内メールのIDは、そもそも「ysanada」ではなく、「yusanada」となっていたはずなのだ。
 祐介はさっそく、社内データベースにアクセスし、そこに掲示されている社員名簿をあたってみる。それはすぐ見つかった。営業部に真田芳夫という名がある。しかし・・・。
 この、電子メールについては、どう対処すればよいのか。内容が極めて個人的で、なおかつあからさまにしてよい性格のものでないのは明らかである。さりとて、見なかったふりも難しい。いずれ、送り主の女性と、本来メールを受け取るはずだった人物の間で話がかみ合わなくなり、その時に祐介の名が浮上することも十分考えられる。電子メールの機能として、送り主の手元には送ったメールの記録が残っているはずであり、それを再表示すれば、自分が「誰宛てに間違って」メールを送ったのかはすぐ明らかになるのだ。

(つづく)

 

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2000-12-06 緋色のパピルス その三

 
「私です。何度も内線をかけるわけにはいきませんから、メールをお送りすることにします。なぜ、ご連絡いただけないのでしょう。奥様との話し合いに時間がかかるという言葉に待ちくたびれて、今はあなたの誠意が、信じられない。そんな自分がとても嫌で嫌でなりませんが、暗い気持ちがふくらむことを今の私は抑えることができません・・・」
 どうやら、誰かが誰かに宛てた、極めてプライベートなメールが、うっかり祐介のメールボックスに届いてしまったらしい。
 インターネットや社内LANなどでは、アルファベットと数字だけでは覚えにくいということから、本名やニックネームを用いたIDが利用されることが多い。ただし、同姓・同名の者も少なくないため、慣例的に当人の名前をローマ字で、それも姓名のうち、名の一文字目と姓を足して、だいたいアルファベット八文字程度におさまるようにしている企業も少なくない。鈴木和夫なら「ksuzuki」や「suzukik」といった具合である。もちろん、インターネットなど、広大なネットワークでは、アルファベット数文字ではとても個人を特定できないため、その後ろに企業名や契約プロバイダ名を付け、例えば「ksuzuki@nf_densan.co.jp」などとするのが普通だ(これで、jp、つまり日本のnf_densanという会社(カンパニー)のksuzuki、といった意味になる)。
 ところで、もし同じ社内にもう一人kで名の始まる鈴木ナニガシ、例えば鈴木恵子がいたらどうするか。この場合は、「kasuzuki」と「kesuzuki」に分けるなりするが、紛らわしいことに変わりはない。また、ソフトウェアの都合でIDにはあまり長い文字列が使えないことが多く、その点でも識別しづらいことが少なくない。

(つづく)

 

先頭 表紙

初めて突っ込みさせて頂きます。私の学校のアドレスはアルファベットと数字です。まぁ、学生の数が数だけに名前と言うわけには。。でも、数字が1つ違っただけで、違う人にメールが行ってしまう点ではローマ字と同じですね。 / マキコ ( 2000-12-06 14:56 )

2000-12-05 緋色のパピルス そのニ

 
 朝。
 都心のビルの窓から、スクランブル交差点を埋めて流れるビジネスマン、ビジネスウーマンの群れが見下ろされる。快晴の空の下、白いワイシャツ、ブラウスの群れが眩しいほどだ。
 何とはない日課。真田祐介はブラインドを降ろして窓を離れ、自分のデスクの上のパソコンに電源を入れ、いつものようにまず電子メールのアイコンをクリックする。
 パスワードを入力してソフトウェアを立ち上げると、祐介宛てに社内メールが数通届いている。一通は一昨日メールで問い合わせた販促グッズの経費についての経理からの回答であり、一通は社内の禁煙と喫煙場所についての何度目かの注意とお達し、そして最後の一通、「mseyama」という人物からのメールをクリックしてその内容を流し読んで祐介は、思わず左手のコーヒーの紙コップを落としかけた。

(つづく)

 

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2000-12-04 緋色のパピルス その一

 
 夜。
 男の腕の中で、女はしなだれるように肩の力を抜いた。
「お願い、あの人のこと、忘れさせて」
 男の左手は女のショートカットのうなじに添えられ、右手は女の背を伝い、裾をたくし上げる。白ワインの酔いにやや汗ばんだ背の肌は男の指の一本一本にしっとりした弾力で応え、男から後戻りする意識を消し去っていく。
(知り合うきっかけこそ妙ないきさつだったが、最初に相談を持ち掛けてきたのはこの女の方だ)
(幸福になれるあてなどまるでない不倫に行き詰まって、息抜きを欲しがったのはこの女の方だ)
(こんな遅い時間に男の部屋に上がり込み、酒に酔って誘ったのは、結局のところこの女の方だ)
 背中から脇の下をくぐり、前に回った男の手は、果実の皮をむしるようにベージュのブラジャーを押し上げ、女の左胸を揉み上げる。そのまま押し倒すようにベッドに倒れ込むと、豊かな胸は揺れながらも張りのある円錐形を保ち、女が思わず悲鳴を上げるほど男は指に力を入れる。
「いや。灯かり、消して」
 男は応えず、無造作に女の腰に手を伸ばしてベルトのバックルを外し、めくれたスカートをストッキングごと引き降ろした。

(つづく)

 

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