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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2000-12-15 緋色のパピルス その七
2000-12-14 緋色のパピルス その六
2000-12-12 緋色のパピルス その五
2000-12-07 緋色のパピルス その四
2000-12-06 緋色のパピルス その三
2000-12-05 緋色のパピルス そのニ
2000-12-04 緋色のパピルス その一
2000-12-01 青い羚羊(カモシカ) 最終回
2000-12-01 青い羚羊(カモシカ) その七
2000-11-30 青い羚羊(カモシカ) その六


2000-12-15 緋色のパピルス その七

 
 夜。
 細い声を発して女が顔を避けるのを、男の唇は執拗に追った。男の左手は女の背中を越えて、女の左胸をもてあそんでいる。柔らかな円錐を裾野から強くもみしだくかと思えば、二本の指でその先端をついばむようにこすり上げる。男の右手は、その間もずっと女の最も敏感なところをゆっくりとかき分けている。
 もっとそっと。
 もっとゆっくり。
 もっと上。もっと下。
 もっと速く。
 そんな切れぎれの女の願いに、じらすように男の指は同じリズムでゆきつ戻りつする。脚を閉じようとしても、男の足が巧みにからまって、身をよじるほどに無防備な姿態をさらしてしまう。やがて女は、罠にかかった獣のように背をそらせ、それから最後の言葉を悲鳴のように繰り返し口走った。

(つづく)

 

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2000-12-14 緋色のパピルス その六

 
 昼。
 祐介が宛名違いのメールをどうするか結論を出せないまま、給湯室でマグカップを手にぼんやり立ちすくんでいたところに、パソコン販売支援一課の五十嵐裕美が現れた。祐介の所属する四課が同じパソコンの販売促進でも個人ユーザー向け店頭売りを主にしているのに対し、一課は企業、役所など、大口システム営業をサポートするのが最たる業務となっている。
「四課も相変わらず忙しそうねぇ」
「まあ、ね。うちはほら、上が鬼で、その隣りが鬼で、ご近所がまたほら鬼だから」
「うちもおんなじ。それも普段は無口なくせに、時々理由もなくキレるからもうっ、大変。でも、たまには息抜きしなくちゃ老けちゃうわよお、彼女と海外旅行とか、ね」
「カノジョ。ほう。それって、どこの自動販売機で売ってるの」
「もう、情けない。近頃は女の子のほうから誘わないとママのお膝元から離れられない男の子が多いんだから」
「ふうん。僕のパソコンがネットワークリンクから外れているのかなあ、若い女性からのそういうお誘いも、とんと来ない」
「あら、聞いた話だけど、最近じゃ、メールの宛先を間違ったふりして強引にきっかけを作っちゃう子もいるって話よ。適当に自分がめげちゃった話とか書いて、女友達に出すのをうっかり間違えたふりして」
「え」
「ほら、メールの宛名って結構似たのが多くて、紛らわしいじゃない。社内メールをそんな遊びに使うのも危なっかしくて、無茶といえば無茶なんだけど、ちょっと声かけたい人にわざと間違えて出す手って確かにあるのよね」
「ふうん、そう。そうか」
「どうしたの、ぼんやりして。もしかして、真田さんとこにも、そういうお誘いメールが届いたの」
「いや、そういうわけじゃないけど」
 そうだ、そもそも肝心の「mseyama」をまだ調べていない。「mseyama」の本名は。いや、そもそも、これは誰なのか。

(つづく)

 

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2000-12-12 緋色のパピルス その五

 
 夜。
 いつ下着を取られたのかはもう分からない。片方の脚を高く掲げられて、女は悲鳴を上げた。両手のひらで顔を被う。男の愛撫は一層大胆で荒々しいものになる。ざらつく舌が膝の裏からふくらはぎに向けて素早く舐め上げ、かかとを軽く噛む。異様な感触に思わず脚をばたつかせ横に伏した女のうなじに添えられた男の手が開いたまま背中をゆっくりと下ると、女の体が一瞬こわばり、それから体の向きを変えて広げた両手が男の頭を強く引き寄せる。深く、激しい、キス。

(つづく)

 

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2000-12-07 緋色のパピルス その四

 
 祐介に届いた電子メールは、おそらくそうして誤って届けられたものに違いない。真田という姓は決して多い方ではないが、彼の勤めるのは、支局、工場を合わせると数万の社員を擁する大企業だ。yで始まる真田姓の者が他にいても不思議はない。否、そういう者がいたからこそ、祐介の社内メールのIDは、そもそも「ysanada」ではなく、「yusanada」となっていたはずなのだ。
 祐介はさっそく、社内データベースにアクセスし、そこに掲示されている社員名簿をあたってみる。それはすぐ見つかった。営業部に真田芳夫という名がある。しかし・・・。
 この、電子メールについては、どう対処すればよいのか。内容が極めて個人的で、なおかつあからさまにしてよい性格のものでないのは明らかである。さりとて、見なかったふりも難しい。いずれ、送り主の女性と、本来メールを受け取るはずだった人物の間で話がかみ合わなくなり、その時に祐介の名が浮上することも十分考えられる。電子メールの機能として、送り主の手元には送ったメールの記録が残っているはずであり、それを再表示すれば、自分が「誰宛てに間違って」メールを送ったのかはすぐ明らかになるのだ。

(つづく)

 

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2000-12-06 緋色のパピルス その三

 
「私です。何度も内線をかけるわけにはいきませんから、メールをお送りすることにします。なぜ、ご連絡いただけないのでしょう。奥様との話し合いに時間がかかるという言葉に待ちくたびれて、今はあなたの誠意が、信じられない。そんな自分がとても嫌で嫌でなりませんが、暗い気持ちがふくらむことを今の私は抑えることができません・・・」
 どうやら、誰かが誰かに宛てた、極めてプライベートなメールが、うっかり祐介のメールボックスに届いてしまったらしい。
 インターネットや社内LANなどでは、アルファベットと数字だけでは覚えにくいということから、本名やニックネームを用いたIDが利用されることが多い。ただし、同姓・同名の者も少なくないため、慣例的に当人の名前をローマ字で、それも姓名のうち、名の一文字目と姓を足して、だいたいアルファベット八文字程度におさまるようにしている企業も少なくない。鈴木和夫なら「ksuzuki」や「suzukik」といった具合である。もちろん、インターネットなど、広大なネットワークでは、アルファベット数文字ではとても個人を特定できないため、その後ろに企業名や契約プロバイダ名を付け、例えば「ksuzuki@nf_densan.co.jp」などとするのが普通だ(これで、jp、つまり日本のnf_densanという会社(カンパニー)のksuzuki、といった意味になる)。
 ところで、もし同じ社内にもう一人kで名の始まる鈴木ナニガシ、例えば鈴木恵子がいたらどうするか。この場合は、「kasuzuki」と「kesuzuki」に分けるなりするが、紛らわしいことに変わりはない。また、ソフトウェアの都合でIDにはあまり長い文字列が使えないことが多く、その点でも識別しづらいことが少なくない。

(つづく)

 

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初めて突っ込みさせて頂きます。私の学校のアドレスはアルファベットと数字です。まぁ、学生の数が数だけに名前と言うわけには。。でも、数字が1つ違っただけで、違う人にメールが行ってしまう点ではローマ字と同じですね。 / マキコ ( 2000-12-06 14:56 )

2000-12-05 緋色のパピルス そのニ

 
 朝。
 都心のビルの窓から、スクランブル交差点を埋めて流れるビジネスマン、ビジネスウーマンの群れが見下ろされる。快晴の空の下、白いワイシャツ、ブラウスの群れが眩しいほどだ。
 何とはない日課。真田祐介はブラインドを降ろして窓を離れ、自分のデスクの上のパソコンに電源を入れ、いつものようにまず電子メールのアイコンをクリックする。
 パスワードを入力してソフトウェアを立ち上げると、祐介宛てに社内メールが数通届いている。一通は一昨日メールで問い合わせた販促グッズの経費についての経理からの回答であり、一通は社内の禁煙と喫煙場所についての何度目かの注意とお達し、そして最後の一通、「mseyama」という人物からのメールをクリックしてその内容を流し読んで祐介は、思わず左手のコーヒーの紙コップを落としかけた。

(つづく)

 

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2000-12-04 緋色のパピルス その一

 
 夜。
 男の腕の中で、女はしなだれるように肩の力を抜いた。
「お願い、あの人のこと、忘れさせて」
 男の左手は女のショートカットのうなじに添えられ、右手は女の背を伝い、裾をたくし上げる。白ワインの酔いにやや汗ばんだ背の肌は男の指の一本一本にしっとりした弾力で応え、男から後戻りする意識を消し去っていく。
(知り合うきっかけこそ妙ないきさつだったが、最初に相談を持ち掛けてきたのはこの女の方だ)
(幸福になれるあてなどまるでない不倫に行き詰まって、息抜きを欲しがったのはこの女の方だ)
(こんな遅い時間に男の部屋に上がり込み、酒に酔って誘ったのは、結局のところこの女の方だ)
 背中から脇の下をくぐり、前に回った男の手は、果実の皮をむしるようにベージュのブラジャーを押し上げ、女の左胸を揉み上げる。そのまま押し倒すようにベッドに倒れ込むと、豊かな胸は揺れながらも張りのある円錐形を保ち、女が思わず悲鳴を上げるほど男は指に力を入れる。
「いや。灯かり、消して」
 男は応えず、無造作に女の腰に手を伸ばしてベルトのバックルを外し、めくれたスカートをストッキングごと引き降ろした。

(つづく)

 

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2000-12-01 青い羚羊(カモシカ) 最終回

 
 ・・・ピーガガという、耳慣れたモデムの音に祐介は目を覚ました。カーテン越しの早朝の白い光の中で、いつかこの部屋からいなくなってしまう千夏が、一糸まとわぬあでやかな姿でパソコンラックに向かい、どこか彼の手の届かない遠方の情報の間を自在に行き来する姿が見えた。左手を頬にあて、マウスに右手を添え、伸びやかな脚を組んだその姿は、野性の獣のようにとても精悍で、ひどく美しかった。

(今夜も、明日の夜も彼女と会って、そうして、それから・・・)

 だが、祐介には、それが虚しい試みだということがわかっていた。おそらくこの部屋で彼女と暮らし、そして諦めてここを去った見知らぬ男同様、いかに祐介が千夏の白い背中を追いかけようと、いかに追い、声を限りに叫ぼうと、彼女のカモシカのような歩みにいずれ男達は振り落とされ、取り残されるのに決まっているのだ。

(「青い羚羊」 終)

 

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2000-12-01 青い羚羊(カモシカ) その七

 
「いや。シャワーを浴びてないから」
 ベッドの中で、わき腹から腰をたどった祐介の舌が彼女の内奥をかきわけようとしたとき、千夏は身をよじってそれを避けた。
「平気だよ」
「いや。私の問題よ」
 そう言うと、千夏はするりとベッドから下り、彼の足元に回る。彼のものが唐突に温かなものに含まれた。少しざらつく舌が柔らかい部分に円を描き、その下に添えられた細い指が踊るように上下する。
「シャワーを浴びてないよ」
「平気・・・。私の問題だから」
 上目遣いでそう応えると、彼女は一層熱心に舌を使う。「手慣れた」という言葉が一瞬祐介の脳裏をよぎったが、その場でその言葉をそれ以上追うのは潔くはなかったし、まして彼はそれ以上考えごとのできる状態にはなかった。
「まるで犯されているみたいだ」
「そうかな。じゃ、ちゃんと犯してあげる・・・」
 千夏はベッドに這い上がると足元から祐介の体をまたぎ、彼の首筋、肩、胸と順に唇を這わせ、それから手を添えて彼のものを自らに導いた。舌とは違う温かさ、柔らかさが彼を包む。
「ん」
 目を閉じた千夏が眉間にしわを寄せるような表情をすると、彼のものが根元から先にかけて搾られるように圧迫されるのが感じられた。
「う、ん。とても気持ちがいい」
 眉間にしわを寄せたまま、千夏の唇に笑みが浮かぶのが見える。
「もういい? 私も楽しんでいい?」
 祐介は答えず、両手を千夏の白い腰に添え、それから激しく腰を突き上げるようにした。千夏の口から高く細い声が漏れ、祐介の目の前で豊かな円を描く白い胸が揺れ、それはさらに激しさを増した。

(つづく)

 

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2000-11-30 青い羚羊(カモシカ) その六

 
「僕も自分勝手。たとえば・・・」

 長く激しいキスの後、目を祐介の胸のあたりに下ろした千夏は、それから両手でトンと彼の肩を突き、軽く一歩後ろに下がると、灯かりを消そうともせずサマーセーターとその下のTシャツを一気に脱ぎ捨てた。スレンダー、と思われたのは彼女の面長な顔の印象のせいで、現れた白い裸身は思いのほか起伏に富んでいる。
「ふうん」
 スラックスまで無造作に脱ぎ捨てようとする千夏の体を祐介は両肩を持ち上げるようにしてもう一度抱き寄せた。
「何?」
「いや、綺麗な体だな、って」
 千夏はくすくす笑い、手を後ろに組み、背伸びして祐介の頬に唇を寄せた。
「ありがと」

(つづく)

 

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