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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

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2000-12-01 青い羚羊(カモシカ) 最終回
2000-12-01 青い羚羊(カモシカ) その七
2000-11-30 青い羚羊(カモシカ) その六
2000-11-29 青い羚羊(カモシカ) その五
2000-11-28 青い羚羊(カモシカ) その四
2000-11-27 青い羚羊(カモシカ) その三
2000-11-24 青い羚羊(カモシカ) そのニ
2000-11-22 青い羚羊(カモシカ) その一
2000-11-07 第七十四夜。 「砂」
2000-10-18 第七十三夜。 「舌」


2000-12-01 青い羚羊(カモシカ) 最終回

 
 ・・・ピーガガという、耳慣れたモデムの音に祐介は目を覚ました。カーテン越しの早朝の白い光の中で、いつかこの部屋からいなくなってしまう千夏が、一糸まとわぬあでやかな姿でパソコンラックに向かい、どこか彼の手の届かない遠方の情報の間を自在に行き来する姿が見えた。左手を頬にあて、マウスに右手を添え、伸びやかな脚を組んだその姿は、野性の獣のようにとても精悍で、ひどく美しかった。

(今夜も、明日の夜も彼女と会って、そうして、それから・・・)

 だが、祐介には、それが虚しい試みだということがわかっていた。おそらくこの部屋で彼女と暮らし、そして諦めてここを去った見知らぬ男同様、いかに祐介が千夏の白い背中を追いかけようと、いかに追い、声を限りに叫ぼうと、彼女のカモシカのような歩みにいずれ男達は振り落とされ、取り残されるのに決まっているのだ。

(「青い羚羊」 終)

 

先頭 表紙

2000-12-01 青い羚羊(カモシカ) その七

 
「いや。シャワーを浴びてないから」
 ベッドの中で、わき腹から腰をたどった祐介の舌が彼女の内奥をかきわけようとしたとき、千夏は身をよじってそれを避けた。
「平気だよ」
「いや。私の問題よ」
 そう言うと、千夏はするりとベッドから下り、彼の足元に回る。彼のものが唐突に温かなものに含まれた。少しざらつく舌が柔らかい部分に円を描き、その下に添えられた細い指が踊るように上下する。
「シャワーを浴びてないよ」
「平気・・・。私の問題だから」
 上目遣いでそう応えると、彼女は一層熱心に舌を使う。「手慣れた」という言葉が一瞬祐介の脳裏をよぎったが、その場でその言葉をそれ以上追うのは潔くはなかったし、まして彼はそれ以上考えごとのできる状態にはなかった。
「まるで犯されているみたいだ」
「そうかな。じゃ、ちゃんと犯してあげる・・・」
 千夏はベッドに這い上がると足元から祐介の体をまたぎ、彼の首筋、肩、胸と順に唇を這わせ、それから手を添えて彼のものを自らに導いた。舌とは違う温かさ、柔らかさが彼を包む。
「ん」
 目を閉じた千夏が眉間にしわを寄せるような表情をすると、彼のものが根元から先にかけて搾られるように圧迫されるのが感じられた。
「う、ん。とても気持ちがいい」
 眉間にしわを寄せたまま、千夏の唇に笑みが浮かぶのが見える。
「もういい? 私も楽しんでいい?」
 祐介は答えず、両手を千夏の白い腰に添え、それから激しく腰を突き上げるようにした。千夏の口から高く細い声が漏れ、祐介の目の前で豊かな円を描く白い胸が揺れ、それはさらに激しさを増した。

(つづく)

 

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2000-11-30 青い羚羊(カモシカ) その六

 
「僕も自分勝手。たとえば・・・」

 長く激しいキスの後、目を祐介の胸のあたりに下ろした千夏は、それから両手でトンと彼の肩を突き、軽く一歩後ろに下がると、灯かりを消そうともせずサマーセーターとその下のTシャツを一気に脱ぎ捨てた。スレンダー、と思われたのは彼女の面長な顔の印象のせいで、現れた白い裸身は思いのほか起伏に富んでいる。
「ふうん」
 スラックスまで無造作に脱ぎ捨てようとする千夏の体を祐介は両肩を持ち上げるようにしてもう一度抱き寄せた。
「何?」
「いや、綺麗な体だな、って」
 千夏はくすくす笑い、手を後ろに組み、背伸びして祐介の頬に唇を寄せた。
「ありがと」

(つづく)

 

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2000-11-29 青い羚羊(カモシカ) その五

 
「ウィスキー、水割りでいいですか」
 相川千夏と名乗った女がキッチンから声をかけた。千夏と祐介はパソコンの話からなんとなく意気投合し、勢いに任せてスナックから程近い千夏の部屋で彼女のパソコンの不調を調べるということになってしまったのだ。
「僕はお酒に強い方じゃないから、あまり飲み過ぎるとコンピュータどころじゃなくなってしまうよ」
「あら、パソコンを見てほしいなんて本気にしたんですか」
 バーボンのボトルとアイスピッチャーを手に千夏が現れた。
「それはね、お客さまのご用命ですから」
 冗談めかして応えたものの、祐介は千夏の言葉の真意を測りかねる。
「知り合いと暮らしていたんだけど、最近、独り暮らしになって、ちょっと退屈だし、ちょっと寂しいので来てもらったんです。どうせもうすぐ私もここからいなくなるし」
「引っ越し?」
「多分。アメリカへ、かな」
「それはまた・・・。アメリカで、何かお仕事?」
「そういうわけじゃないけど・・・。本当は砂漠ばかりの国とか、ジャングルの国とかへ行ってしまいたいのだけど、言葉が通じないでしょう」
 ますます千夏の意図が見えなくなる。やむなく祐介は話題を変えることにした。
「ねえ、妙なことを聞くようだけど、どうしてああいった工事現場で働くことになったの」
「さあ。別に、理由なんて。もちろんそこそこはお金になるけど・・・。普通に短大出て、最初は普通に就職もして、でもなんだか会社にいるとちょっと違う、そんな気がして。今の方が、息ができる感じ、かなあ。あ、クラッカーとチーズしかありませんけど、どうぞ」
「最近、工事現場や長距離トラックで働く女性が増えているって聞いたけど、皆そうなんだろうか」
「さあ・・・。他の人のことはわからないもの。多分、私、自分勝手なんだと思う」

(つづく)

 

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2000-11-28 青い羚羊(カモシカ) その四

 
 なるほど、確かに福本が指摘したとおり麗しい。祐介は、斜め向かいに座る女の姿に改めてしばし見とれた。
「骨も引っかかるわけだ、会社のまん前で何度かすれ違ってたんじゃね」
「あの現場は先々週からだから・・・まあ、そうでしょうね」
「嫌疑も晴れた」
「嫌疑? あぁ、そうねぇ」
 彼女は唇のはしに笑みを浮かべるが、笑い声をもらす代わりにグラスを回して氷をカラカラと鳴らした。
「でも、まだ、エラそうな態度に出ては駄目。私、NFの製品使ってるんですよ。ユーザー、お客さま」
「あー、それはキツい。うちはまがりなりにも総合家電メーカーだから、たいていの家庭に一つや二つ製品あると思う。そんなこと気にし始めると、周りがお客だらけになってしまって、安心してビールも飲めない」
「商社勤めの人なんかそうですってね。うっかり系列外の会社のビールも飲めないって聞いたことがある」
「それで、お客様がお使いの商品とは?」
「パソコン。ディスプレイ一体型のを買ったばかりで、まだ使い込む程じゃないけど」
「ああ、それなら僕の専門分野だ」
「あら、コンピュータを設計したりソフト作ったりしてるんですか」
 彼女の目に軽い尊敬の念が浮かぶが、祐介は苦笑しながら顔の前で手を振った。
「いや、僕のいるのは販売支援と言って、営業といえば営業なんだけど、新製品の企画や価格決定に口を挟んだり、パンフやフェアの手配したり。だからコーディネーター、といえばと聞こえがいいけど実は便利屋、そのこころはうるさい小姑、ってところかな」
「パソコンに指すべらせて、おやホコリが、なんて言うわけね」
「そうそう。朝昼晩と塩辛いソフトばかり出して、早く死ねばよいと思っているのね」
 初めはどこか硬かった彼女の笑みが、サマーセーターの肩から柔らかく崩れた。

(つづく)

 

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2000-11-27 青い羚羊(カモシカ) その三

 
「ほう。ヒナにはマレな」
 地下街で昼食後の社への帰り道。課の先輩の福本が赤信号に立ち止まりながら、ぽつりとそうつぶやいた。
「なんです、いきなり」
「ほら、あの工事現場で赤い棒振ってるお嬢さん。ありゃ、なかなか美人だ。スタイルもいい」
「こんな遠くからで、よく見えますね」
「俺は若いレデーのことなら、百メートル先のほくろの位置でもわかるんだ。あれは大したタマだよ、まあ近くに寄ってじっくり見てご覧」
 そう言ってすたすた信号を渡る福本の後を追い、その青い作業服の上下にヘルメットを被った若い女の側まで近寄ったとき、祐介は福本の言葉があながち大袈裟でもないことを知った。工事現場で一日中立ち仕事だろうに、日焼けしない質なのかそのほっそりとした横顔はほの白く、束ねた髪の毛が少しほつれて頬の汗に光っている。
 通り過ぎながら福本が言う。
「当節流行、いわゆるガテンな女、ってやつだな」
「ガテンというと、就職情報誌の?」
「そう、道路工事やガソリンスタンド、トラックの運転手なんかで体張ってる女の子が最近増えてるらしいねぇ。またこれが往々にして、お茶汲みとコピーにくたびれたオヒースレデーなんぞより見目麗しいのが多いんだ、不思議と」
 そのときはもちろんそれだけのことだったのだが・・・。

(つづく)

 

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2000-11-24 青い羚羊(カモシカ) そのニ

 
「あの、失礼、どこかでお会いしたことありませんか」
 聞いて初めて、彼女が独り客かどうか、連れを待っているのでないかどうかを確認していないことに思い至ったが、どうやら彼女自身も特に時間を気にしないくつろぎの中にいたらしく、妙に生真面目な笑顔を祐介に向けて応えた。
「いいえ。私の方では、思い当たることはありませんが。どなたか、他の方とお間違えじゃないですか」
 顔馴染みの店主が、カウンターの中で、明らかに聞こえないふりをしているのをどことなく恥ずかしく思いながら、祐介は続けた。
「う〜ん、割合最近、どこかで会ったような気がして。それがどこだか思い出せなくて、なんだか魚の骨が喉に引っかかったみたいで困ってるんです」
「私のお皿の方には、とくに刺さるほどの骨はないみたいですよ」
 彼女の返答は辛辣だったが、表情はそれほど拒絶的ではなかった。むしろ、退屈していたところに、手ごろな時間つぶしが現れた、といった風情さえ感じられる。
「それに・・・ナンパされるなら、もう少しそれなりの相手や場所があるでしょうし」
「ああ、いや、あの、そういうつもりじゃありません。焼き肉ライスにビール飲みながらナンパできるほど、僕は勇敢じゃないです。ただ、ほんとに気になって・・・」
 それから、祐介はかすかな記憶をたどって付け加えた。
「そうだ、男っぽい青い服着てた、ということはないですか」
 彼女の顔が急に緩んで、初めて上半身ごと祐介のほうを正面から見る角度に動いた。
「それならもしかしたら私かもしれない。どちらにお勤めなんですか?」
「都心のNF電産」
「ああ、わかった。じゃ、お会いしてるんでしょう。私、あなたの会社の前で、道路を掘り返しているショベルカーやトラックの、交通整理してます」
 ビールのグラスを取り落としそうになって、慌てて祐介はそれを口に運んだ。そういえば、数日前・・・。
 

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おお、連載小説になっている! 続きを楽しみにしてます〜。恋愛モノ? / よちみ ( 2000-11-27 09:18 )

2000-11-22 青い羚羊(カモシカ) その一

 
 カウンターの右奥で独りグラスを傾ける女の横顔。祐介はふと惹かれるものを感じてそちらに目を向けた。その鼻筋の通ったほの白い横顔に、どこか見覚えがあった。

 真田祐介は、都心の大手家電メーカーのパーソナルコンピュータ販売支援部に勤務する二十九歳。ことさら人に自慢するほどの特技も人生の出会いもない。趣味といえば仕事の延長のパソコン操作とビデオ鑑賞、読書ということになるだろうか。最近遠縁の叔母が見合い話を寄越してきたが、学歴と会社名以外釣書に書くことがなく、自分でも多少情けなく思った程である。
 ここは、彼の住むワンルームマンションと最寄り駅のちょうど中間辺りにある瀟洒なスナック。くの字型のカウンターと四人がけのボックスが四つあるだけの小さな店構えだが、夜になっても簡単な食事メニューがあるため、付き合いのない日など、時々立ち寄ることになる。今夜も、同期の者同士で飲みに出るはずが中心メンバーの残業で流れ、なんとなく夕飯も食べそこなってこの店のドアを開けたのだった。
 カウンターの奥で水割りを手にした女は、年のころ二十歳過ぎ、せいぜい二十五前後で、髪は胸までのソバージュ、やせぎすな体に薄地でざっくりとしたモスグリーンのサマーセーターを着込んでいる。
 仕事先で出会ったことがあるのだろうかと、会社の各フロア、出入りの業社など頭の中でたぐってみるが、どうもイメージが噛み合わない。彼の周囲で働くOL達は、大半、タイトなスーツ姿か、濃紺あるいはグレイの制服で、全体に存在感というかボリュームを感じさせられるタイプが多く、彼女のどこかリアリティに欠ける希薄な横顔は、そのどれとも噛み合わないのだった。
 ビールが入り、この後の予定もなく、住まいまで歩いてでも帰れる距離にいることが祐介に一種呑気な勇気を与え、彼は「迷うくらいならとりあえず」と心の中で一度咳払いし、それからストレートに声をかけることに決めた。

(つづく)

 

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2000-11-07 第七十四夜。 「砂」

 
 玄関からリビングに入ったところでスリッパがざらりと鳴り、わたしは思わず声を上げた。灯かりを点けてみると、フローリングには片手に盛ったほどの砂が散っていた。
 少し落ち着いてから引き出しの通帳や衣類を調べたが、とくに変わりはない。
 それからも一月か二月に一度、同じ場所で砂を踏んだ。
 

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復活なさいましたね! / よちみ ( 2000-11-07 14:40 )

2000-10-18 第七十三夜。 「舌」

 
 その上に土を盛っての帰り、込み合う電車の中で私の隣の席は空いたままだった。
 立ち寄った喫茶店では静かに水が二つ置かれた。

 どの女だろう。
 

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