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言霊挿話

想いには人を動かす力があり
言葉には現実にする力がある。

あなたの大切な言葉はなんですか?

目次 表紙

2003-08-28 「どこにでもある話」
2003-07-27 「つじつまがあわなくなる」
2003-07-05 「しっかりしている」
2003-06-21 「また……」
2003-06-16 「ほっとしたよ」
2003-06-10 「曇りのち……」
2003-06-04 「弱いものは淘汰されるべきである」のか
2003-06-03 「Farewells」
2003-06-02 言葉の力


2003-08-28 「どこにでもある話」

両親が自殺している、と人に言うと何割かの人が当然のように

「そんなのどこにでもある話しだ」

と言う。

不幸なのはお前だけじゃないのだから、とかそんなの不幸のうちに入らないとでも言いたげに。

正直なところ、本当にそのことが解ってる人でそう言う人はいない。

大体が平穏無事に何事もなく生きてきて、悩みなんてせいぜいくだらない色恋沙汰程度の人だったりする人が多い。解ったつもりになっているのか、解らないことが解らないのか知らないが。

また私はよく悪い方に考え込んでしまうのだが、そのことについてもそういう人はいろいろ言ってくる。

「最悪の状態」を常に考えてないと怖くて生きていけないし、それに備えて来なければならなかったから。何も考えなくても生きてこられた人生と一緒になんかしないでほしい。守られていることすらも気づかないで生きている人間なんかと一緒に。

人の歴史から見ればたしかに多くの中の一つの話だろうが、本人にとってはそれ以外の人生なんて知らなくて、その経験が全部になる。

例えばそれは死。

死はどこにでも、もちろん誰にでもある。天命を全うするものも、そうでないものもいる。そして死がおとずれれば、その人は全て終わる。他の人間が死のうと生きようと関係ない。

だから「どこにでもある話」だと知った顔で言うヤツにこう言ってやりたい。

「戦争などでたくさん人が殺されているから、じゃぁあなたも殺されたっていいんだよね?」

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お誕生日おめでとうございます(^‐^) あんまり放置しとくと、この日記削除されちゃうかもよ?(笑)  / ぷりん ( 2004-07-17 07:19 )
なでなで・・・(−−)~\(^‐^)  私が守ってあげるよ。  / 大佐 ( 2003-08-29 10:19 )

2003-07-27 「つじつまがあわなくなる」

少年は恋をしていた。

いや、正確には恋をしようとしていた。

相手はバイト先に入ってきた女の子。背も小さくて、どこかほんわかしているけどかわいい子。

そんな彼女とどこかに遊びに行こうと、少年はメールを送った。

そのことであまりに興奮していたのか、少年は友人にもメールを送った。

「○○ちゃんをTDLに誘う計画に着手!!」

ビックリマーク二つ分の興奮らしい。

友人はこう返した。

「どうした?いきなり。でもがんばれよ。うまくいくとええのう」

素直に彼の新しい恋を祝福してみた。

そして数分後、友人に再びメールが送られてきた。

「そちらも同時進行してもらわねば、つじつまがあわなくなる」

友人は苦悩した。

つじつまって何?

つじつまがあわなくなる恋愛って、どういうことよ?

私の恋愛の上に乗っかって成功したいのか?

そもそも私、あなたに関係ある人に恋してるんですか?


いえ、これはあくまで友達の話ですよ、ええ友達の。だから友達のなんですってば。

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2003-07-05 「しっかりしている」

私の知り合いの同僚の話。

「私いつもおっとりしているって言われるけど、実は両親とも自殺してるからしっかり者なのよ」

と自ら言うおばさんがいるらしい。実際に私もその人と面識がないわけではなく、とあるところの『スタッフ』と『客』としてぐらいなら知っている。

はっきり言って挨拶もろくにできなければ、接する態度もなってない。

スタッフ同士だとそうじゃないのかもしれないが、少なくとも営業であり顔である仕事をしている社会人としては失格だろうと思う。

それに、だ。

両親が自殺していれば、しっかりするのだろうか。

否が応にも乗り越えなければいけないつらいことはたしかにある。

でも「親に自殺された」が「しっかりしている」と直結するとは私にはどうも思えない。

むしろ「自分の家族の自殺さえも止められなかったロクデナシ」と言う方が合っている気がする。

普通の家族なら、本当の家族なら、支えあって生きていくはずなのだから。


少なくとも、自分の両親の自殺を止めることのできなかった自分はロクデナシだと今でも思っている。

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大佐様。ありがとうございます。ちいさな願い、受け止めさせていただきます。同じちいさな旅人として。 / 柏原真言 ( 2003-07-27 23:45 )
F様。ありがとうございます。健康も幸せもかけがえのないものなので大事にしたいですね。 / 柏原真言 ( 2003-07-27 23:44 )
私も遅れ馳せながら、おめでとうございます。 自分だけの人生の軌跡を、思う存分描いてください。 袖触れ合うもなにかの縁? 通過点で触れ合った小さな旅人のちいさな願いです。  / 大佐 ( 2003-07-18 18:37 )
お誕生日でしたね。これからの柏原さんの健康と幸せをお祈りいたしております。 / F ( 2003-07-18 12:34 )
F様。ありがとうございます。そういう考えができるように私自身が成長できればいいのですが……。自分を愛する、難しい命題ですね。 / 柏原真言 ( 2003-07-16 21:05 )
大佐様>その言葉はきちんと受け取らせていただきます。ありがとうございます。 / 柏原真言 ( 2003-07-16 21:02 )
そうですね、大佐さんのおしゃるとおりとも思います。そして柏原さんはもっと自分を愛してください。そのぶん人に愛されます。そしてもっと自分を許してください。その分人を許せるでしょう。間違った事ではなく気持ちを許す事です。人それぞれの心です。感じ方もそれぞれです。悲しみや怒りは愛で消してください。それは忘れるのとは違います。自分に腹をたてる事で総ての要因を引き受けなくて良いのです。心は潰さないでください。誰ひとりとしてそのよう事は望んでません。柏原さん自身もです。自分自身を愛してください。 / F ( 2003-07-16 02:13 )
いくら親しい間柄でも(たとえ肉親でも)他人にはどうしようもないという事もあると思うのです。 だからそんなふうに重い荷物(罪悪感)を一生背負って歩かないでください。  / 大佐 ( 2003-07-06 09:12 )
無駄にアナタより長い時間生きてるだけの私ですが、ひとこと言えることは「あなたは自分を責めてはいけない。」ということです。 ご両親のことは、たしかに不幸な出来事であったと思いますが、当時のあなたはまだごく若く、世間一般でいえば親の庇護と愛情を一身に受けている時期だと思います。(いくらあなたが他の人よりいろんな面ですぐれているにしても、です。)  / 大佐 ( 2003-07-06 08:59 )
軽々しくコメント出来るような内容ではないので一晩考えましたが、どうにもかけるべきふさわしい言葉が見つかりません。 なのでやはり、昨日感じたことを書いてみますね。 もし、気に障ったらごめんなさい・・・。  / 大佐 ( 2003-07-06 08:51 )

2003-06-21 「また……」

生きていく中で「また……」と願っても叶わないことなんてたくさんある。

昨日、前の仕事の同期で中の良かった連中と久しぶりに飲んだ。
その中の一人は今日、最後の出勤を終えて来月には九州の実家に帰るそうだ。
その席で彼は「また会えるような気がするけど、とりあえずはさようなら」とみんなに挨拶していた。

本当にまた、会えるのだろうか。
たとえ職場や環境の変化が各人に起こったとしても、またこの仲間達とこうやって酒を飲んだり話したりできるのだろうか?
たとえみんなが同じ願いを持っていたとしても、実現するかわからないのにどうして彼はそんな気がするなんて言ったんだろう?

もしかしたら何か確証があってのことだったんだろうか。
もしかしたらそう口にすることで、少しでも可能性が増えると信じたかったんだろうか。

「またこうやってみんなで……」

その願いが、願いのままで終わらないことを願う。

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大佐>持ち続けることも、それを現実にしようとすることも大変ですよね。 / 柏原真言 ( 2003-07-05 19:50 )
6/3の日記につっこみ(命令?)入れてマス・・・(−v−)v  / 大佐 ( 2003-06-21 06:34 )
お互いが会いたいという気持ちを持ち続けていれば、いつかまたきっと会えますよ(^v^)  / 大佐 ( 2003-06-21 06:31 )

2003-06-16 「ほっとしたよ」

久しぶりに学生時代の友人たちに会って、しばらくお話をしていたときのこと。
「いつものうちらと変わらなくて楽しいね。ほっとしたよ」と、友人の一人が言い出した。
彼は昔私と話していたときに「今が過ぎてしまえばこの時を懐かしむことはあっても戻りたいとか、あのままでいたいと思うことはない」と言っていたのに。
私達といた時間、私達といる時間は彼にとっても大事なものだったし、今でもそうなんだなぁと少し嬉しくなった。

また、彼に会いに行きたい。

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大佐様。そういう友達を作るのはもう難しいでしょうからね。あとは大事にしていくのみです。 / 柏原真言 ( 2003-06-21 02:50 )
・・・もうH.Nでつっこんでも、平気ダヨ・・・。(>▽<)   多分?    / 大佐@わがままでゴメン・・・ ( 2003-06-18 20:06 )
んで、同じく学生時代からの友達(?)霜月サンには、この日記の存在を始めから教えてたのですね? 「ずるい〜っ!」って、もう怒りませんよ(^^) 大事にしてくださいネ♪   / 大佐@一応?オトナなので・・・(^^; ( 2003-06-16 19:00 )
大切なひとときを過ごせて、よかったですね(^v^) 年齢を重ねると共にそういった素の自分をさらけ出して一緒にバカをやれる(?)友だちは出来にくくなるもの。過ぎた時間も距離も飛び越えて、会った瞬間から昔の自分に戻れる、そんなかけがえのない友を、大事にしたいですね(^^)  / 大佐 ( 2003-06-16 18:54 )

2003-06-10 「曇りのち……」

平日15:30からてれび東京系でやっている株価番組の冒頭で、いつもやっている「今日の一言」的なコーナーが面白い。マジメな語り草で「これは……」と思ってしまうようなことを言うからよけいにそう思う。
少し前の話だが日経平均が取引終了にかけて落ち込んだ日があり
「今日の株価は後場にかけて売りが強く、気づけば大幅安。まるで今日の天気のよう、曇りのち、雨」
と言っていた。

ところで。
雨になると気分が落ち込む、と書かれる方がこのひまじんネットにも多いと思う。たしかに外に出れば傘をささなければいけないし風が吹けば濡れるし、大変なことは多い。
でもそれは今の話で、昔は雨を待ちわび、雨を願い、雨を乞う人たちがいた。雨がなければ水もなく稲も育たず、暮らしていけなくなったからだ。だから彼らは雨が嫌いではなかったと思う。晴れも大切で、雨も大切で。そういった自然の一つ一つに敬意と畏怖を抱いていたと思う。

曇りのち……
あなたはこの言葉のあとに何を続けたいですか?

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F様。自分の気持ちの天気、いい言葉ですね。明日の天気はどうなるんでしょうか? こればっかりは自分でも予報を出せませんね。 / 柏原真言 ( 2003-06-21 02:49 )
↓柏原さんがおっしゃるように、と入れようとして、小さい「っ」を抜かしてしまいました(笑)すみません。 / F ( 2003-06-18 01:03 )
曇りのち程々に過ごし、次の空模様を待つも、雨が好きな日もあれば、嫌いな日もありますね?自分の気持ちの天気も大切にしたいですから(笑)雨は恵みのものです。柏原さんがおしゃるように、この生活環境が雨を面倒と感じさせてしまうのかもしれませんね。ちなみに、結構 雨は好きです(笑) / F ( 2003-06-18 00:59 )
★揚水サマ★ あぁ、納得しました。 とんだ感ちがい、テヘっ。m(_ _)m  ご回答、ありがとうございました♪  / 大佐 ( 2003-06-13 08:16 )
あれ? 間違えたかな? 「ヨーコ」ってのは荒木惟経さんの亡くなった奥さんの名前ですよね。 / 揚水 ( 2003-06-13 05:22 )
まだ気付いていない! 下の下の日記に・・・ってことですよ!  / 大佐 ( 2003-06-13 00:22 )
大佐様>全然気にしない、と言うのもあんまりな話だとは思いませんか? ようやく気づいたのでお返事返させていただきました。 / 柏原真言 ( 2003-06-12 23:49 )
揚水様。いえいえ、こういった場所でコミュニケーションをとるのも一つのこのサイトの魅力だろうと思っています。 / 柏原真言 ( 2003-06-12 23:47 )
柏原サン、↓の↓につっこみ入れてますよ☆ はやく気付いてクダサイ・・・。  / 大佐 ( 2003-06-12 13:37 )
柏原サンは、たいへんお心が広い(?)ので、ぜ〜んぜん気にしないと思いますよ(^v^) それに私が揚水さんのファンだということを前から知ってるし。 それより、夢樂堂さんとこのつっこみにあった「ヨーコ」って・・・??? 海月サンを泣かせないようにネ♪ (よけいなお世話、スミマセン ^^;)  それからレス戴けるとは、思ってもいませんでした☆ 感激です♪ これからも「みけねこのみけ」のような素敵な作品を、たくさん書いてください。(≧▽≦)  / 大佐@アリガトウ(^▽^)/”   ( 2003-06-12 13:31 )
大佐さん、僕のほうこそびっくりです。自分のまったく知らないところで僕のことを好きでいてくれた人がいて、そうした人に巡り合うなんて。ファンだなんて…(照)。ありがとうございます。直接あなたに関係ないことでレスにレスして柏原さん、すいません。 / 揚水 ( 2003-06-12 10:13 )
大佐様。もちろんどちらも大切ですが、どちらが好きかは大切さとは関係なくあると思います。 / 柏原真言 ( 2003-06-10 18:40 )
揚水様。まるで本日の天気のようなお言葉ですね。今日は予報と違って曇りのち晴れ。おしゃるとおりそういう日もあるのですね。 / 柏原真言 ( 2003-06-10 18:39 )
「晴れ!」・・・と言いたいけど、どちらも大切なのですね。。。(-_-;)   / 大佐 ( 2003-06-10 08:23 )
↓わ、ビックリ! 私の大好きな揚水さんが来ている♪  / 大佐@ファンです(〃。〃)  ( 2003-06-10 08:18 )
Heavy cloud, but no rain. どんよりと曇りますが、雨は降らないでしょう。晴れてもいいし降ってもいいけれど、そうした日もあるということで。 / 揚水 ( 2003-06-10 07:38 )

2003-06-04 「弱いものは淘汰されるべきである」のか

この間知り合った人が、こんなことを言っていた。
詳しく説明すると
「日本のような誰もがどんな病院にでもかかることのできる医療体制に反対だ。資本主義である以上、頑張っていない(働いていない)ものに命を救われる権利などない。アメリカのようになるべきである」
というのである。

その人はやけに自信家だった。上のような台詞を言いながら厚生労働省の白書を鞄から取り出し、自分の意見は正しいんだと私に言った。その人は私よりも一つ年上で無職だが、現在起業の為にいろいろ調べているらしい。
たしかに間違った理論ではないし生物の原理(いわんや自然の摂理)からしても生き残る努力をしない種(種族に限らず、そのような人たちも含む)は淘汰されていっていることは歴史が示している。
しかし、この日本の医療制度の基盤を築いたのは他でもない、GHQでありアメリカだ。
彼らはたしかに日本を占領したのかもしれない。でも日本をよりよい国にするために道筋を考えレールを敷き、頑張るだけの環境を整えてきたのもまた事実である。アメリカの方式が絶対であるならば医療制度だってアメリカと同じにしていたはずだが、彼らはそうしなかった。おそらく彼らの中にも自分達の制度がどこか間違っているのではないか、という疑念があったはずである。そして理想の形を求め、今の日本の制度に至ったのだ。

その人は「自分が与えられた環境」と「自分で得た環境」の区別がまだついていないんだろうと思う。自分がどうしようもない弱者の立場に立たされた時もまだ、彼は同じことを言えるのだろうか。

「理想だけでは生物は生きていけない」
とも彼は言っていた。
その理想の上に胡坐をかきながら自分の居場所を否定する姿は、年上なのだが反抗期を迎えただけの子どもにしか見えなかった。

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揚水様。正しいことは時にいろいろなものを殺します。感情だったり、物体だったり、人だったり。でも「正しい」かを判断できるのは後世の人のみのような気がします。 / 柏原真言 ( 2003-06-11 00:40 )
そうですね。「正しい」事を声高に言う人はコワいです。 / 揚水 ( 2003-06-10 04:07 )
F様。こちらこそはじめまして。やわらかに、と言うのは難しいですよね。人間はエゴがあるもので、エゴはぶつかるものですから。そんな相手を受け入れることはできなくても認めてはあげたいと思います。 / 柏原真言 ( 2003-06-06 02:53 )
そうですね(笑)やわらかに、生きていきたいですね。 / F@はじめまして。 ( 2003-06-04 21:07 )

2003-06-03 「Farewells」

座右の銘、というほど教訓めいたものではないけれど、この言葉が私にとって大切な言葉だ。
「Farewell」とは「別れ」という意味。余談だが「別れ」に複数形は英語には存在しないのではないか、と昔英語教師に言われて一緒に辞書で調べたところしっかりと「複数形 -s」という表記があったので造語ではないだろう。

誰かに初めて出逢った時の事を覚えている人は多い。私もよほど幼い時のことでなければだいたいの人は思い出せる。
でも別れはどうだろう。「また会おう」と約束したにもかかわらずそれから二度と会わなくなってしまった人は多いんじゃないだろうか。それは連絡が取れなくなってしまったり、会う機会を逸してしまっただけだったり、もしくは今生の別れになってしまったのを風の便りで聞いたり。そんな忘れ去られてしまうような、別れということすらも認識できないようなもの一つ一つも大事に覚えていたい、思い出せるようにしておきたい。

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「だめっ!!!!!!」  / 大佐@命令! ( 2003-06-20 12:28 )
大佐様。私のほうが早く死ぬかもしれませんよ。 / 柏原真言 ( 2003-06-16 14:26 )
じゃあ、私が死んだアトも、ほんのときたまでいいから、思い出してね。。。  / 大佐 ( 2003-06-10 20:00 )

2003-06-02 言葉の力

はじめまして。
柏原真言(かしわばらまこと)と申します。
以後お見知りおきを。

まずはこの日記をはじめた理由から。
言霊というと人智を超えた恐ろしい力を思い浮かべられる方もいるでしょう。たしかに「言霊信仰」の中にはそういった類の記述もあります。
ですが、言葉とは本来日々誰もが口に出しているものであり、その一つ一つに力を感じている方はあまりいないのではないでしょうか? そしてその通り過ぎてしまった言葉は心のどこかに置き忘れてしまうのではないかと思います。もちろん私の中にも置き忘れ、埋もれてしまった言葉が数え切れないほどあります。そしてその言葉にまつわるエピソード(挿話)も。それらを思い出せたとき、甦ってきた時また思い出すための手がかりになるようにこの日記をつけようと思ったのです。

この日記は誰かへ当てたメッセージにもなりうることが多いと思います。それは特定の誰かであれば、一般と呼ばれる人たちへのものかもしれない。でも基本的には自分へのメッセージであり備忘録であり、少し飛躍してしまうけど遺書にだってなりえると思っています。これから何を書くかはまったく決めていませんが、もしもこの日記を長きに渡り続けていくことができ再び読み返してみたら、私自身の言葉がいずれ私を変えてゆくかもしれません。今の自分が過去の自分になり、その自分と訣別した時の遺書。そのための日記でもあります。

想いは人を動かす力があり、言葉は想いを現実にする力がある。ならばここで書いた言葉の一つ一つが何かしらの力を持つのではないかと思います。

最後に、私の名前の苗字は大学時代お世話になった国語学の教授より無断で拝借しました。末永くお元気でおられることを切に願いつつ、最初の日記を終わりにします。

先頭 表紙

大佐様。お早いですね……。 / 柏原真言 ( 2003-06-06 02:51 )
見つけたョ。 10分かからなかったよ。(笑) / 大佐 ( 2003-06-05 20:27 )
ニャンタ様。水の結晶の話は知りませんでした。まだまだ勉強不足ですね。言霊(信仰)と呼ばれるものは想念(思惟)を口にすることで現実化してしまう一種の呪いみたいなものもあれば、神の名を口にすることでその神様をむやみに呼び出してしまうから名を呼ぶ時ははっきりとは言わないようにする、という場合もあるそうです。八百万の神の国日本ならではの考え方ですね。万物に神は宿る。それはたとえ実体のない言葉にでも、ということなんでしょうか。 / 柏原真言 ( 2003-06-04 20:31 )
想いは「想念」ですよね。「念ずれば花開く」と言ったのは坂村真民さんでしたね。「念」はエネルギーですからね。さて、「言霊」思ったことを口にする事ですよね。口にして音にするとその波動が想念を更に増幅するのでしょうか?「言霊」...と聞くと汚らしい言葉を人間が言うと水の結晶がぐちゃぐちゃになるってご存じですか?反対に美しい言葉を言うと結晶が綺麗に出来るんだそうです。これは口にしなくても人間が言葉をイメージしただけで水が反応するらしいです。 / ニャンタ ( 2003-06-03 21:27 )
ニャンタ様。はじめまして。「言霊」に反応されたということは国語学か言語学専攻の方でしょうか。こちらこそ宜しく御願いします。 / 柏原真言 ( 2003-06-03 18:18 )
初めまして「言霊」に反応してしまいました(^o^) もしかして私が初訪問?宜しく御願い致します。 / ニャンタ ( 2003-06-03 15:36 )