ここは影野街にある、とあるバー。
そこには痩せ形で、ちょび髭を生やしたマスターがいる。
傍らには美人のおかみがいる。
カウンターの他に席が3つしかなく、ほのかな明かりがカウンター奥の棚にある様々なお酒を照らしている。
どこからかキンモクセイのようなほのかに甘い香りが漂い、今日もお客の話し声がひそひそと聞こえる。
と、そこへ客が入ってきた。
髪は几帳面に七三分け、ちょっと神経質そうな黒縁眼鏡をかけた30代くらいの男だ。
カウンターに腰掛けたところでマスターが話しかけた。
「まいど。今日は何にします?」
「取り敢えずビールを下さい。」
ビールとおしぼりを手渡すと客はビールを一気に飲み干してお変わりを要求した。
いつもと飲みっぷりが違うのでマスターは多少驚き、話しかけた。
「随分飲みっぷりが良いねぇ。何かあったのかい?」
「それがさぁ、マスター聞いてくれますか?この世に数億円という価値がある曲玉がずっと前に発見されたんですって。そして、その曲玉を発見した教授は何者かに殺害されて、今もその曲玉は行方不明なんだそうです。」
「そう。それで?お変わりはどう?」
「ビールをお願いします。
それでね、マスター、その曲玉には不思議な効力があるらしいんですよ。何でも所有者には使い切れないほどのお金がいつでも舞い込んでくるらしいのです。」
マスターは客にビールを渡すと横からおかみが笑いながら話しかけた。
「そんな代物ならこの店にも欲しいわねぇ。そしたら多少はお客さんにサービスできると思うけど。」
お客はかなり酔った顔でねっとりとした視線でおかみを見て、話をした。
「それでは是が非でも見つけておかみさんにプレゼントして一緒になりたいもんです。」
マスターは慌てて、
「お客さん、口説くのは辞めて下さいよ。」
おかみは笑いながら、
「早く見つけて私に頂戴よ。」
気分を良くしたらしいお客は更に続けた。
「それでね、マスター。これには続きがあるんですよ。お金が舞い込んでくるためにはその曲玉を一定の場所に置いては行けないそうなんです。毎日どこかに移動しておかないと効果が発揮しないらしいんですよ。
勿論、箱に入っているって言うのはいつも使っている箱の中っていう風になってしまうので箱ごと移動しても効果はないそうなんですよ。」
マスターは髭をいじりながら
「確かに箱ごと移動したらいつも箱の中。同じ場所では効果がないって条件に当てはまるかな。それにしてもとんちみたいな話だねぇ。」
お客は、
「とんちみたいだけど一理ありますよねぇ。
でも、私は一生懸命働いてきたけど、そんな物を持っている人より楽な暮らしが出来ないと分かったらなんか、無性に空しくなっちゃって。」
「それで店に来たのかい?」
「いや、気分転換がしたくて・・・。」
少し泣きそうな顔でお客が話し始めた。
(続く・・・のか?) |