NYについて4日になる。
なんとアッパーイーストサイドだと思っていたところがどっこいイーストハーレム。いや、これは私のルームシェアの部屋の話で・・・。イーストハーレム。響きが悪い。こわいイメージ。でも、実際住んでみると、とても周りの人たちはフレンドリー。そして、ルームメイトもとっても素敵なインド系アメリカ人。
ただ、学校から遠いのだ。遠い。バスはいつくるのかわかったもんじゃないし、地下鉄の駅は結局遠いし乗り換え必要。そうなると歩くしか?と思ってしまう。しかも、大学周辺を見渡せば見渡すほど大学周辺に住むのが魅力的〜に見えてしまうんだよな。まあ、でもそういうのは置いといて、一番不安なのが治安なのだ。昼間は問題ないと思われる。夜はすっげーこわい。気をつければ大丈夫なレベルなんだろうが、私の前の留学経験からして、外国生活では自分の周りに注意を払わなくなるから危険なんだ・・・。まあそんなのアメリカにいけば普通気をつけることでしょ、という感じだけど、わざわざ自分がcarelessになるのを知っていてリスクの高い場所に住むという理由はない。
ああ・・・でも、ルームメイトが凄くいい人なんだ・・・。だからここを離れるかどうか迷っていたりするこのニューヨーク留学。
案外自分ひとりで全てのアレンジはやってきたけど、流石に周りの皆さんうまいところでサポートいれてくれてとっても嬉しいかぎり。持つべきものは、少なくても頼れる知り合いだ!学校の先生も入っていたりするのがラッキー。この前のエントリで触れたジェラルドカーティス先生。私の身を心配に思って今日ランチにさそってくれたという・・・。
NYCにきてまず気付いたのが、貧富のすみわけがとってもはっきりしていること。アメリカじゃあ当たり前なんだろうけど、日本には全くない概念。住む地区でまず階級がきまる。日本じゃ別に練馬にすんでいようが六本木に住んでいようが、その土地の「イメージ」をしょわされるだけで、階級が確定するわけではない。地区が、数ブロックで超高級マンション群から、危険な地域に変わってしまうんだから、そのすみわけはとっても大胆。「ここから先は違う世界」という概念が、ストリートのナンバーで決まってしまう。しかも、一つのストリートを隔てるだけで。人種も、人の行動も全てストリートナンバーによって変わるというその整備されたすみわけにびっみょーにマンハッタンの負の部分を見るような気はする。でも、すみわけから文化は生まれ、ジャズが飛び出し、ソウルフードだってできあがった。
文化は他から隔離されないと生まれない。どんな文化でも。文化の多様性といったらやはりマンハッタンだけれども、人種のるつぼ、というイメージからくる「ミクス」。この言葉がマンハッタンにおいては最初にこない気がする。隔離されて始めて文化の芽が出る。人々が隔離された文化を許容できる、という面がマンハッタンにおける文化の多様性であり、違う人種、違う階級自体を手放しに受け入れているわけではない気がする。あくまで他文化の許容だ。人よりも、文化が軽くストリートナンバーを超えてしまう。
そういう文化形成、東京にはないなー、と思ったところで明日は、NYの田舎にある知り合いの先生の家でお泊り〜なので寝ます。 |