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泉木修の「百物語」

 
あなたは鳥のように這い、蛾のようにしたたる。
魚のようにまぐわい、兎のようにひりひりと裏返る。

まぶたを縫ってあげよう。
耳もホチキスでとめよう。
眠れぬ夜のために。
 

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2001-09-03 第八十夜。 「出 棺」
2001-08-31 第七十九夜。 「交 換」
2001-08-30 第七十八夜。 「深 爪」
2001-07-11 第七十七夜。 「鳥」
2001-07-05 第七十六夜。 「カッパドキア」
2001-06-27 第七十五夜。 「虫めずり その三」
2001-01-22 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) 最終回
2001-01-15 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その八
2001-01-12 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その七
2001-01-11 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その六


2001-09-03 第八十夜。 「出 棺」

 
 たいした話じゃない。つまり、こういうことだ。死というのは、心臓が停止し、脳が働かなくなることだと言われている。境目はよくわからんがね。だが、部品としての神経は、どの時点で信号を伝えなくなるのだろう。たとえばまぶたを開けば、目には光が入るはずだ。ピントの調整こそできまいが。
 ちょっとしたいたずらだよ。悪意はなかったさ。

 妻が、ゴキブリが大嫌いで、キッチンでパニック起こしてフライパンの油を撒き散らし、火傷どころか、危うく火事を引き起こしそうになったことは君も覚えているよな。ゴキブリが這ったというだけで、ミラノ製のテーブルを捨てたこともあったんだぜ。だからね、試してみたんだ。実験だよ。まぶたをこじ開け、目の前に遠く、近く、見せつけてから、口の中の綿をとって。どうせ半日もしないうちに、燃やしてしまうのだし。

 最後の別れを告げようと小窓を覗き込んで、老婆は野太い悲鳴を上げ、ぺったりと座り込んだ。菊に埋もれた女の表情はひきつったものに変わり、両目は大きく見開かれ、白く乾いた唇の端からはぴくぴくと茶色い虫の後肢。
 

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2001-08-31 第七十九夜。 「交 換」

 
 赤ン坊をあやしながら、ふとその頭をつかんで時計と反対回りにひねってみると、カラゴロと音を立てて回る。あるところまでくると、へっと口が開いて、目が白目になる。ちょっと戻すか首に押し付けるようにするとまた黒目に戻る。どうやらそのあたりが接点のようだ。面白がって何度も回したり戻したりしていたら、そのうち口と耳からふぁっと白い煙を吐いて元に戻らなくなってしまった。切れてしまったようだ。
 

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2001-08-30 第七十八夜。 「深 爪」

 
 ぐったりしたれい子を椅子に座らせ、下着ごとストッキングを引きおろして、ぼくはいつものように彼女の足の爪を切る。パチン、パチン。1ミリメートルだけ、いつもより深く爪を切る。後ろ手にがちゃりと手錠をかけ、椅子から動けないようにしばりつけて、明日も1ミリメートル、その次の日もまた1ミリメートル。痛いと泣こうが、やめてとわめこうが、ぼくは毎朝君の足の爪を切ることにしよう。パチン、パチン。そうして計算の上では2年もすれば、この足がなくなる。ぼくを置いて、こっそりあの男の駅に行こうとしたいけないれい子の足。パチン、パチン、ブチン。
 

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足の次に手、とするか、それとも足と手は同時進行にするのか。意表をついて足の次に胸とか耳とか。悩ましいところです。 / 泉木 ( 2001-08-30 14:52 )
怖いよ〜。すると4年以内には全身が…、怖いよ〜。 / タズラ@ご無沙汰しております ( 2001-08-30 09:45 )

2001-07-11 第七十七夜。 「鳥」

 
 家を建てるのに、二階の子供部屋の壁紙はナスカの地上絵の柄にしてみたいと・・・悪いアイデアではないと思ったんです。でも、壁紙の素材にはなくて。アークヒルズのショウルームとか、女房と探して。ほかのところも。
 道路側の壁にそれを書こうと言ったのは? 僕のほうです。最初は冗談みたいなものだったんですよ。でも、家のデザインが。建蔽率っていうんですか。道幅と、庭も少しは欲しくて。その都合で、思っていたより四角い、箱のような形になって。少しは遊び心もいいんじゃないかと。子供にも。女房も賛成してくれて。いや、どうしてもとか、そんなつもりはなかったんです。こんな。
 ええ、家を頼んだ工務店で、そういう仕事もできると。金利が。少しばかりの余裕はあったので。さあ。材質は。不動産屋や工務店との細かい打ち合わせは女房に任せていたので。子供もつかまり立ちできるようになったので。ええそう、壁の材質をうまく組み合わせてくれて。ナスカの地上絵は、持っていた写真集から。ペイントではないと思います。つかまり立ちできるように。
 いつごろ・・・? あの音のことですか。さあ。家が建ったのは三月ですが。それから一か月か二か月したころからかな。わかりません。ゴロゴロいうような。近所に工場でもあるのかと思っていたら。わかりません。音がするのは、夜です。深夜。昼間は家にいないので。女房でないと。いや、家の中ではなくて、上空というか。雷の音ではないと思うんですが。もっとゆっくりした。
 わかりません。あの日ですか。あの日は、帰ったのは終電で・・・家についたのは深夜の一時くらいです。何が? 何が起こったって。わかりませんよ刑事さん、それはこちらが聞きたいくらいだ。何が起こったんですか。あんな。家ごとむしられたみたいな。二階が。女房と子供はどこに行ってしまったんです。まるで、あんな。どうして。何が。
 

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2001-07-05 第七十六夜。 「カッパドキア」

 
 なんとか逃れて飛び込んだ薬局のカウンターで珈琲を注文する。レジを叩くのは「本当に目の見えない人などいなくて、見えないような気がするだけなのだ」などと抹香臭い説教を繰り返す親爺なのだが、友人はこの店の常連であることがなぜか自慢らしく、カウンターの隅に無造作に積んだ古い漫画本を手にして「県内にこれ1冊しかない貴重本だけれど君に貸してやろう」とそれをぱらぱらとめくって見せる。赤ん坊が大仏をコントロールして暴れる奇妙な漫画を読んでいると、何か黄色い薬を練りながら親爺が「それはあれだ」といかにも意味ありげに首を振る。薬局を出て火事で店舗を閉めてしまった書店の前を歩いていると、白っぽい私服を着た電車の中で見かけた覚えのある女子学生たち三人が立ち止まって話をしている。食事をどこでとろうかとかそのような相談らしく、あらゆることに黙っていられないたちの友人は彼女たちに「美味しくて安い薬屋がある」と声をかけ、強引にその一人の手を引いて歩き出す。三人の女子学生をカウンターの奥に押し込めると友人はいわくありげに親爺に目くばせし、なにかたくらんでいる様子だが親爺がそれに合意したかどうかはわからない。僕の隣に座っているのは三人の中でも一番地味で顔かたちも好みではない女なのだが、隣に座った以上なんとかしなくてはという意識だけが強くなり、自分が懸命に何かを説いていることはわかるのだが、赤ん坊や大仏がくるりくるりと笑うばかりでもちろん口説き文句になっているわけでもなく、友人や親爺の下卑た笑い声と女のおびえたような上目遣いが気に障って気に障って、気がついたときは指が痛いほど、目の前が赤く、誰の赤ん坊。
 

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2001-06-27 第七十五夜。 「虫めずり その三」

 
 穏やかな午後、西のほうの畑でぱらぱらと手漕ぎ銃を撃つ音がする。アカアゼマタギを狩っているのだ。
 アカアゼマタギはこのあたりから南の丘陵地帯でよく見られるかなり大型の食肉虫で、ミツユビモウセンが前肢を広げたほどの平べったい甲羅を裏返すと蜘蛛のような足がわしわしと皺寄っている。普段は赤土の斜面にはいつくばって小さな虫や獣の穴を掘っている穏やかな虫なのだが、冬が近づくとときどき平地に降りてきて悪さをするので日の長い内に撃ち殺しておくに限るのだ。
 一度、そのたくさんの足で両手両足を広げられた村女がアカアゼマタギの腹管からもぞもぞと子虫を産みつけられ、目から黄色い涙を流しながら吼えるような声をあげるのを見たことがある。薄緑の親指くらいの子虫は腹の膜を喰い破りながら逃げるので、一度産みつけられると祈祷師が女の腹を割いてもまず取り除くことはできない。
 ぱらぱらという銃の音に混じって、悲鳴と歓声が聞こえてくる。焦げたような匂いにひかれたテッペンボウが降り始めたのか、西の空が暗くなった。
 

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ありがとうございます。ときどき水が満ちたら新しいものを静かにゆるゆるとアップしていくつもりです。今後もどうぞよろしく・・・・・。 / 泉木 ( 2001-06-28 21:04 )
つっこみははじめまして。ずっとお休みだったので、どうしたのかな〜?と思ってました。前も楽しく読ませてもらってましたので、今回また新たに始まって嬉しく思います。宜しくお願いします。 / マッキ〜 ( 2001-06-27 22:24 )

2001-01-22 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) 最終回

 
 それは、突然の結婚式案内状だった。祐介のみならず、叔母にも意外だったらしい。
 好天に恵まれた秋のその日、新婦控え室に立ち入ると、ささやかな披露宴のせいか、鏡の前にはあるとが一人、静かに座っていた。叔母はホールで知人との挨拶に忙しい模様だ。
「新郎、さっき拝見してきたよ。なかなか美丈夫じゃないか。ガタイもあるし」
「ラグビーやってたって」
「なるほど、そんな感じだった」
「でも、祐兄と似てるでしょ。顔とか、雰囲気とか」
「そうかな。そんなには似てないと思うけど」
「ううん、祐兄と似てるのよ、すごく」
「・・・」
「それとね。あの人、試合で事故って、男性としては、駄目なの」
「・・・・・」
「あたし達、三人で暮らすの。これは、三人の結婚式なの」
「よく、分からない」
「うん。わかんないよね。・・・あたしね、もう、祐兄を待てない。待っても待っても、きっと祐兄はこっちには来ない」
「・・・あるとが、嫌いなわけじゃない。これでもそれなりに屈折してるんだ」
「ん。分かってる、つもり。でも、もう、好きとか、嫌い、とかの問題じゃないの。そろそろ、新しい箱を開けないと、あたし、ミュージシャンとして駄目になる。だけじゃなくて、人間としても駄目になる」
「だからと言って・・・」
「うん、ベストかどうかは分からない。でも、あの人は優しいし、あたしのこと大切にしてくれる。あたしの指がキーボードの上を動くのを見てるだけで、息が詰まりそうになるんだって。あたしがステージの上でくるりと振り向くだけで、わけもなく、頭の中が揺れて、死にそうになってしまうんだって」
「そんなタイプには見えなかったけどね」
「でも、そんな人なの。そうして、あたしと、彼女と、全部、大切にしてあげると言ってくれるの」
「よくは分からないけど、そういう人生があるのなら、そう言うものなんだろう」
「・・・やっぱり、引き止めないのね」
「子供のした決断じゃない、だろ」
「あたしは子供。いつまでも、祐兄の隣りで寝ていた子供」
「・・・・・・」
「でも、それも今日限り。あたし、箱を開けて、バカになるの」
「・・・うん」
「祐兄。一度だけ、キスして」
「ああ」
 祐介は、白いレースをそっとまくり上げ、小さな赤い唇に軽く唇を重ねた。
「花嫁が泣くんじゃない」
「そうね。・・・じゃ、そろそろ一発、花しょって、バカやってくっか」
 そう言って、銀色の花嫁は立ち上がり、それから文字通りのヴァージンロードにつっと立ち向かった。

(「銀の小夜鳴鳥」終)

 

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me2 / C ( 2001-05-29 06:28 )
濃密な腐乱の始まる季節です。そろそろ復活されてはいかがでしょう。 / 一読者 ( 2001-03-23 23:18 )

2001-01-15 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その八

 
 さらさらと音を立てて、右手首と右足首にネックレスが巻き付けられた。
「やあよ。これ、高かったのに」
「だから、切っちゃ駄目よ」
「ん、あー、無理」
「きれい。あると」
「ね、外して。切れちゃう」
「我慢するの」
「ん、ん。もう、我慢できない。おかしくなっちゃう。やだ」
「駄目」
「ねえ、ねえ。あなたのも、ちょうだい」
「・・・」
「あ。あ」
「同じように、して」
「こう? あ、ん」
「・・・あると、ここも可愛がってあげるね」
「うあ、そこは」
 思いがけない窪みに舌が差し入れられ、思わず身体が震え、身体が大きく反った。ぱらぱらと白い真珠が部屋に舞うのが、スローモーションのように目に映った。

(つづく)

 

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2001-01-12 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その七

 
 今でも、細かいやり取りはともかく、あの、時間の止まったような、体育館の地下の用具室、天窓から差し込むほこりっぽい光、マットやバレーボールのゴム臭い匂いは忘れられない。その隅で重なってうごめく白い太股。それが、自分が入学以来あこがれてきた一年先輩の女性と、クラスの、よりによって隣りの席の女子のあらわな姿だと知った驚き。十年の間に、記憶は行きつ戻りつして、その少女から相談を受けて帰り道を供にする内に自分が彼女と付き合っていると噂されたこと、なぜか話がこじれて、最後には小さなナイフを自分に向けた先輩、血走った目にかかる、その乱れた黒髪。
 当時の、自分を持て余した高校生達のみっともなくも切実なドラマに比べれば、今のあると達の姿は、ただ大人としての選択肢の一つにしか見えない。
「そうねえ、あたしは身長もこの通り高いし、女子校の頃から、ラブレターやプレゼントたくさんもらって、なんとなくそういうのが自然になっただけで、本当のところは分からない。祐兄、試してみる? あたし、ほんとのこと言うとまだヴァージンだよ」
「じゃあ、いつか高く売る時のために、箱の中にしまっとくんだね」
「祐兄なら安くしておくから、欲しくなった時はいつでも言って。あ、このナッツの和え物、美味しい。お代わりもらおうかな」
「太って、ヘソ出せなくなるぞ」
「・・・嫌いだ。祐兄」

(つづく)

 

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2001-01-11 銀の小夜鳴鳥(ナイチンゲール) その六

 
「仕事はうまく行ってるのか」
「う〜ん、ふつー、かな。最初のバージョンはあんまり売れなかったみたいだけど。シーケンサーの世界って、やっぱりマックが強いし」
「『P...』とか『V...』、『L...』とか、老舗ソフトが多いからな」
「そう。ウィンドウズではまだまだこれからって感じ。『S...』なんかは結構売れてるし、カラオケデータなんか作るプロの間では『R...』がよく使われたりとか。あと、最近だと『C...』も伸びてるかな。なかなかうちの入る隙間はないわねぇ。でも、会社がこれからのぶん、あたしみたいな客寄せパンダでも、結構相談とかしてもらえるし。開発の人達と、ケンカもするけど、その分、いいソフトになると、いいかな。やだ、まじめな会話ぁ」
「たまにまじめに話しても、バチは当たらないだろう。彼女と、ええと、付き合いはうまくいってるのか」
「そうね。それも、ふつー、かな。お互いのマンション、行ったり来たり。なにげに聞いちゃうけど、祐兄って、モーホー?」
「いや。そのケはない。どうして」
「なんか、あの時、バレてもあんまり驚いた顔しなかったし、なんかあるのかな、って」
「あるとは、相手の彼女ほど、真正じゃないだろう」
「シンセイ。あ、真正ね。どうだろ。分かんないや。どうして?」
「さあ。なんとなく、緊迫感がないからかなあ。大昔、知ってる子が、女の子しか好きになれないと言って、相談受けたことがある」
「ふうん」
 それは、実のところ、当時の祐介にとって相談を受けた、などという簡単な話ではなかった。

(つづく)

 

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