先ずは自分と周囲の人が幸せになるにはどうすればいいかを考えてみる。
基本的にFacebookに書いたものからエントリーを厳選し、実名やらを編集したり、ひまじんの文字数制限を満たす様に削ったりしてます。Facebookの方に興味がある場合は、コメントなどでお知らせください。でも、後で思いついた小ネタをひまじんの方だけに仕込むこともありますよ。 |
目次 | (総目次) [最新の10件を表示] 表紙 |
2001-02-09 【家族の肖像】 僕の役割 |
2001-02-09 【家族の肖像】 僕の役割 | |
母が2回目の出血をして、手術中であるとの電話が未明にあった。 |
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おとじろうさま。いつぞやの美奈子さんのところにつっこんだような、家族のニキビつぶしや白髪抜きや耳掃除に熱中し、その都度「ヒョエ〜こんなん取れた〜」て言ってるだけじゃない事がわかって僕も正直ほっとしました。 / マイケル ( 2001-02-16 08:52 ) お母様も妹さん方がそこまで立派に育たれてさぞお喜びだったことでしょう。きっとどこかで感じていられたと信じます。 / おとじろう ( 2001-02-15 13:52 ) あややさん、「まさか」の時に備えて弟さんとシミュレーションしておくのは良い事かもしれません。 / マイケル ( 2001-02-10 01:10 ) たらママさま、不謹慎以前に僕の場合、諦めが良すぎたのかなぁ、と自分でも反省しております。父親の落ち込みが激しすぎたのでかえって冷静になれたのだとも思いますが。 / マイケル ( 2001-02-10 01:08 ) 私も弟も両親と離れて暮らしているので他人事には思えません。身内に医療関係者がいると、精神面でも心強いですね。 / あややん ( 2001-02-10 00:02 ) 私も、集中治療室で沢山の管につながれている弟を見た時、不謹慎とはわかっていても、直感でもうこれは再び元気になることはないな、と思ってしまいました。その10日ほど後に息を引き取りました。肉親をなくすと、しばらく故人の思い出も口に出せない辛い期間がありました。マイケルさんも遠く離れた所で生活していらして、いろいろ大変でしたね。 / たらママ ( 2001-02-09 22:31 ) じいさんはそのことをかなり後悔したようです。母が死んで1年後くらいにばあさんも逝きました。じいさんは僕の父と妹2号、という奇妙な三世代同居をしていますが、じいさんの日常の世話は父の妹二人が交互に見に来てくれています。 / マイケル ( 2001-02-09 22:16 ) そう、そこ結構ポイントだと思います。うちの場合3人とも独身なので、自分達の都合の付く範囲で分担できたのですけど、それぞれにパートナーがいたり子供がいたり、更にそちらの方でも問題を抱えていたりすると、思っていたようにいかないこともままあるのですよね...うちのばあさん(父の母)がこの前後体調を崩していて、その時にじいさんが、「長男の嫁(つまりうちの母)が面倒を見るものだ」なんていうものだから、本人は家事に実家の商売の手伝いに介護に...と負担だったと思います。 / マイケル ( 2001-02-09 22:11 ) 長くなるので、そのうちにアップします。 / akemi ( 2001-02-09 19:33 ) うちは基本的に、仲良しですが、まん中の妹の連れが「おまえは、うちに嫁に来たんだろう」と母の介護に寄越してもらえませんでした。手のかかる小さい子もふたりいる上に、身の回りのことが出来ぬ○ホ亭主だったため、店をしながらの介護(私は子供置き去り状態、まあ、うちのはなんでも出来るので助かりましたが)を強いられ、マジに倒れる寸前でした。(母のとき) / akemi ( 2001-02-09 19:31 ) 医療関係がいた点で助かったことはもちろんありますが、本人達にはそれゆえの苦悩もあったようです。 / また後程... ( 2001-02-09 15:02 ) 全くその通り。これが逆だったらここまでひどくないよね(失礼!)と妹達とも良く話しをしてました。うちは兄弟仲がいいんですよ、ホント。こういう時に助かります。 / マイケル ( 2001-02-09 14:57 ) 不謹慎な言い方ですが、妻が先だと本当に「夫」という人は気の毒です。こういう時、女の方が強くいられるような気がします。うちは父が脳いっ血でしたが、メスを入れられないところの出血で、開頭手術はできませんでした。ここぞという時、兄弟の存在を心強く思えるのは嬉しいような誇らしいような気持ちですね。わかります。医療関係の方がいたらほんとに救われたことでしょう。 / akemi ( 2001-02-09 09:50 ) |
2001-02-09 【家族の肖像】 遺影と遺骨とムッシュからのお花 | |
親父から写真が送られて来ました。 |
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おとじろうさま、ありがとうございます。今父は別な意味でいい味出しまくって家族一同困っています(実は嬉しくもあるのだけれど)。 / マイケル ( 2001-02-15 23:24 ) 15日のつっこみのあと、戻ってまいりました。そう思うと、マイケル様のお父様がお撮りになったムッシュ様のお花の写真、味がありすぎです。 / おとじろう ( 2001-02-15 14:09 ) 友さん、祈りの言葉ありがとうございます。 / マイケル ( 2001-02-09 14:53 ) 美奈子さん、ありがとうございます。母は花がとても好きだったのできっと喜んでいると思います。 / もちろんムッシュにも大感謝。 ( 2001-02-09 14:50 ) 地上に残されたご家族の方々の上に主の慰め、主にある再会の希望が信仰によって豊かに与えられますようにお祈りしています。 / 友 ( 2001-02-09 08:19 ) 美しい人生を送られた人に、美しい心の花を。合掌。 / 美奈子 ( 2001-02-09 06:55 ) |
2001-02-08 【家族の肖像】 再出血 | |
母が最初に倒れたのは1月19日の夕食後、洗い物をしている最中のことだそうです。 |
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2001-02-07 【家族の肖像】 1998年2月4日 | |
「Floridian Life」復活のきっかけの一つであり、「旅の恥は書き捨て」で中途半端に前振りをしておいた出来事について書こうと思います。 |
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親父からメールが...「さっき写真添付でメールを送りましたが操作を間違えたみたいです、ちゃんと届いていますか?」との質問... 心配だったらつべこべ言わず送りなおせ〜 / んなわけで、写真未だ届いてません... ( 2001-02-08 01:54 ) 口車さん、うちの母親も亡くなったのは病院ですが、新築して完成したばかりの家で(畳はないけど)死にたかったろうな、という感じがしています。 / こちらは幸いにも家族皆で見送りました ( 2001-02-07 22:52 ) akemiさん、何だか離れて暮らしていると、ひょっとして電話した時に出るんじゃないか? とか、帰ったらいるんじゃないか? とかそういう気分になることがあります。 / マイケル ( 2001-02-07 22:49 ) ムッシュ! お世話になりました。流石にメールで名乗るのはちょっと恥ずかしかった...だってムッシュ以外のスタッフさんが最初に読むかもしれなかったし... / 親父〜 写真〜 ( 2001-02-07 22:35 ) ちなみに、命日は2月10日です。 / 口車大王 ( 2001-02-07 22:34 ) 口車の祖母も、最後は東伊豆の病院で息を引き取ったのですが、危篤との連絡で病院へ飛んでいったときは小康状態で持ちこたえ、その1週間後すっと消えるように亡くなりました。したがって、臨終の場に家族がだれもいませんでした。 / 口車大王 ( 2001-02-07 22:34 ) 亡くなった身内のことを、思い出すのが供養なんだよね。離れていたって思うことはできるものね。母上は空の上からマイケルくんを見守ってるよ。心配かけないように元気でがんばるのだ。(*^.^*) / akemi ( 2001-02-07 19:33 ) みずくさいな〜最初は誰だかわからなかったですよ・・・・!ありがとう〜ございました! / ムッシュ ( 2001-02-07 09:12 ) |
2001-02-04 【日常】 サッカー USA vs Colombia を観戦 | |
土曜日、昼頃にのんびり起きて、新聞のスポーツ欄を見たらこんな記事が載っていた。 |
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TAKEさん。半分を折り返したW-cupの南米予選で今6位。南米は4位までが本選出場、5位はオセアニアの1位チームと決戦...という感じなので、このままだとヤバイですね。 / ちなみにチリは7位、絶望的 ( 2001-02-05 01:03 ) あの有名な「鳥オヤジ」!! さすがマイケル様だ! コロンビアといえばかってはバルデラマを擁し結構な強豪でしたが、最近は低迷してるんでしょうか…。 / TAKE ( 2001-02-04 18:37 ) |
2001-02-04 【ご挨拶】 | |
ども、マイケルです。 |
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おお、マイケルさま、新刊ですね。今後とも宜しくお願いいたします。 / システム管理者5号 ( 2001-02-04 23:41 ) ここが、いわゆる本来の「日記」になるのですね。こちらも楽しみにしてます! / TAKE ( 2001-02-04 18:39 ) |