帰国に伴い長い間ご愛読いただいたこの日記を終了させていただきます。 もうこのサイトに文章を綴ることはありませんが もしこの先もおつきあいいただけるようであれば メールをいただければ幸甚です。 皆様、本当にありがとうございました。お元気で。 絵日記 |
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2003-05-25 日本人学生の絆 |
2003-05-25 日本人学生の絆 | |
4月21日には一年生の日本人学生が我々二年生の日本人学生を送り出すフェアウェル・パーティーがあった。と言っても日本/韓国料理屋でテーブルを囲んで寿司や焼肉を食べるというカジュアルなものだ。この早い時期に開催したのは二年生がその直後に期末試験期間に入り、そのあとは6月5日の卒業式までの間旅行などの理由でばらばらになってしまうためだった。 |
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可哀想かどうかなんて他人が判断できることではないですね。サバイバル生活を楽しんでらっしゃるやっちーさんのお姿がいつも日記から伝わってきます。日本人学校で働いていらしたら色々と思うところはおありでしょうね。香港の学校は大きいだろうな。カラチは小中学校合わせて40人弱でした。 / Hidey ( 2003-05-28 22:40 ) あ、切れちゃいました:という環境で、日本人会にも入っていないし、大学はもちろん一人だし。日本人が少ないので、日本の友達は私をかわいそうって言いますが、逆にいろいろな人と友達になれるし、淋しいときもありますが、しがらみがなくて自由で、私はいいかなと。香港では日本人学校で働いていたので、狭くて閉鎖的な日本人社会の怖さ、よーく知ってます。Hideyさんがパキスタンの学校で経験したこと、よくわかります。 / やっちー ( 2003-05-28 22:30 ) 私ジンバの田舎に住んでいるので、ムタレには日本人は私入れて一般人4人、協力隊2人 / やっちー ( 2003-05-28 22:18 ) コインさん、これだけ国籍・人種が多様なのが当たり前の環境でしかもITによるバーチャルなコミュニケーションが多いと、あまり地理的要素が重要でなくなります。最後は思いっきり暴れます。ありがとうございます。 / Hidey ( 2003-05-27 23:32 ) マイケルさん、企業でそういう理想的な関係というのはなかなかないですね。社風にもよるのでしょうね。僕が中学時代を過ごしたパキスタンでは子供の中にも勘違いしている奴がいましたから。うちのパパは領事館だからみたいな。でもいつも彼らが惜しげもなく弁当に日本米を詰めてきていたのは羨ましかったです(笑)。 / Hidey ( 2003-05-27 23:31 ) akemiさん、ところによっては奥様方にまでヒエラルキーがあるそうですからね。会社の格や亭主の上下関係なんかで。あーばかばかしい。でも学校関係ではまったくないかというとそうでもなくて、僕の行っている学校の建築関係の大学院の日本人コミュニティではばっちりそういうのがあるらしいですから、結局はメンツ次第ですね。 / Hidey ( 2003-05-27 23:28 ) みほちゃん、僕も高校の留学では1000人を越える学校で唯一の日本人でした。あれは本当によかった。カラオケってまだ最近もはやってんの? / Hidey ( 2003-05-27 23:25 ) チチローさん、そうでしたか。このところランキング常時トップのあの学校ですか。僕はEssayの問題の相性があまりよくなさそうだったので受験もしませんでした。それにしても60人はすごいですね。時代という意味で言えば、銀行もないしメーカーもありません。自動車メーカー出身の者は二人ともデトロイトでアメリカのメーカーで働いていたので。 / Hidey ( 2003-05-27 23:24 ) 地理的なアイデンティティに依存しない。いい空間ですね。最後はぱあっとやってください。それぞれの道を祝福しながら。 / ガス欠コイン ( 2003-05-26 23:23 ) 僕がアメリカに赴任していた時も日本人は7人(全社で90人くらい)でしかも上下関係がなかったので、すごくすごしやすかった。独身で、ゴルフをやらなかった、というのも日本人コミュニティにどっぷりつからなくて済んだ要因だたかも... / マイケル ( 2003-05-26 17:17 ) わ〜いい感じぃ〜海外に転勤とかして、そういうのでウザい思いしたって話、よく聞くし。 あたしの地元では3校からの小学校から集まってる中学校で、あるひとつの小学校の母親たちがいっつも群れてて・・ほんと見苦しい。その群れの中の知り合いに注意(集まりのときなど一箇所にまとまって座り、先生の話が聞こえないくらい私語が多いので)したこともあるんだけどね。ダメだね、まったく。。レベル低いんだよね。そういう人って。 / akemi ( 2003-05-26 11:37 ) 日本人学生がいない私の学年は超楽です。そういえば上の学年に二人日本人学生がいますけど片方はNZに居すぎて日本語あんまり喋れない(・・・。)でも要は相性の問題ですけね。・・・しかしカラオケいきてー。 / みほ ( 2003-05-26 01:45 ) 金融機関の人がいない様子ですが、今という時代を感じさせます。私が経験したのは、700人中に日本人が60人という環境で、恐らく、学校や年次を通じて史上最高の比率。そういう時代もあったということですね。同じリーグの中で最も南にあって、Wのつく学校でした。仕事がそっち関係なので。野茂が渡米するよりも前の話ですが(笑)。時代と言えば、当時はまだ、インターネットもメールも使ってませんでした。Windows 3.1(だったかな)の時代です。 / チチロー ( 2003-05-26 00:24 ) |
2003-05-24 ジャック・ウェルチのコーポレート戦略 6 | |
そして1995年、ウェルチは最後の重要なコーポレート・ストラテジーを講じた。あのシックス・シグマである。シックス・シグマとはもとはモトローラで開発されアライドシグナルというウェルチの旧友が営む企業で大いに威力を発揮した品質管理システムである。実はそのモトローラも1980年代に日本のポケベル市場に参入しようとしたときに品質の悪さから失敗したことを教訓にしてこのシステムを構築したのだ。シックス・シグマとは文字通りの意味としては100万個生産して3.4個の欠陥率を目指すという意味である。シグマとは統計学でいう標準偏差のことである。 |
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ぶちょー、ほんとにおっしゃる通り。シンプルな思考がアメリカビジネスの強みであり限界でもありますね。強みの部分は日本人もおおいに参考にしてほしい。うちの会社でももっとパッケージ化された知的資産をふやせば、もっと仕事ができる人が増えそうなものなのに。サラ金学、成功されてもあまり参考にしないようにします(笑)。 / Hidey ( 2003-05-27 23:21 ) アメリカ人というのはこういったものを体系的に整理して知的資産にするのが上手いですね。日本のその手はどうも苦労話と根性論になっちゃうもんな。知的欲求をすぐに学問にしていくリベラルさは学ぶべきだろうな。俺もサラ金学でも立ち上げようかと思いました。おっと、まだ成功してないや。 / ぶちょー ( 2003-05-27 11:38 ) チチローさん、こんな自分のための覚書のような長ったらしい文章をお読みいただいてありがとうございます。その本については僕も聞いたことはありますが、同じく手がまわらないうえにアクセスもありません。ウェルチの本くらいはこれからじっくり読みたいと思いますが。 / Hidey ( 2003-05-25 23:29 ) 確か、割と最近、長年秘書を務めた女性が本を書いたんですよね。面白そうですが、そこまで手が回りません。 / チチロー ( 2003-05-25 00:41 ) |
2003-05-24 ジャック・ウェルチのコーポレート戦略 5 | |
ベスト・プラクティスについては、ウェルチ自身がGEよりも生産性の高い他のいくつかの企業に注目し、何が違うのかを自問した結果、分からないのなら彼らから直接学ぼうと思いついたのがその起源である。それらの企業に社員を派遣しその成功の秘密を探らせてもらう代わりに同じことを先方企業にも認めた。こうしてGEが学びを交換し合った企業にはフォード、ヒューレット・パッカード、ゼロックス、東芝などが含まれていた。驚いたことに彼らの成功の秘密には共通性があった。それはこれらの企業が個々の部署の成果を上げることよりも部署間の連携をいかに高めるかに注目したり、在庫管理を効率化したりと、何をどれだけ生み出すかよりもどのように生産工程を管理するかを重視しているということであった。ウェルチは学びをここで終わらせることなく、企業内学習センターの一コースに仕立て上げ、全社員による知の共有を図った。 |
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2003-05-24 ジャック・ウェルチのコーポレート戦略 4 | |
「おそらく我々が事業部長たちに確約しなければならない最も大事なことは素早いアクションだ。我々役員の仕事は、彼らが仕事をし易くするために全社的な交渉をしてやること、彼らが必要とする企業買収や提携を取りつけてやることだ。彼らが我々を求めるとき、彼らは学問的な見解を求めているのではない。明快な答えを求めているのだ」 |
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2003-05-24 ジャック・ウェルチのコーポレート戦略 3 | |
「巨大な組織が機能するにはシンプルさが必要だ。巨大な組織がシンプルになるためには社員が自信に充ち溢れ知的な自負心を抱いていなければならない。自信のない経営者こそが複雑な仕組みを創り出すのだ。臆病で神経質になった経営者に限って、子供の頃から分かっているような当たり前のことばかり書いてある分厚く複雑怪奇な戦略シートやプレゼンテーション資料などを重宝するのだ」 |
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2003-05-24 ジャック・ウェルチのコーポレート戦略 2 | |
そんな中で1981年、次代のGEを任されたのは44歳の若さにも関わらずごぼう抜きで会長兼CEOに抜擢されたジャック・ウェルチだった。歯に衣着せず、口論を愛し、常にオープンであることを大切にするウェルチは、兼ねてからGEのコーポレート部門は非常に官僚主義的であり、いずれこの企業は大きな壁に当たると考えていた。非のうちどころのない経営数字に誰もそのような疑問など持たない中ウェルチだけがGEの潜在的危機を洞察し、世界を揺るがすような経営改革を実践していったのだ。 |
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2003-05-24 ジャック・ウェルチのコーポレート戦略 1 | |
これから記す長い文章を書く理由は二つある。一つは今学期僕にとって将来を展望するうえで最も重要な授業となったCorporate Strategyのエッセンスをおさらいするため。もう一つは、これから僕がビジネス上のいくつかの岐路において迷いが生じたときに指針を求めてここに立ち戻って来られるように、経営の神様ジャック・ウェルチの言葉の数々をここに書き残しておきたかったためである。Corporate Strategyなんて七面倒くさい話題はパスという方も、ジャック・ウェルチの簡潔で歯切れのよい名言だけは読まれることをお勧めしたい。ご自分の働いている会社の経営者が本当は何をすべきか、ヒントが得られるはずだ。 |
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2003-05-22 チャンピオンズ・オン・アイス | |
4月12日に遡るが妻と妻の姉と一緒にチャンピオンズ・オン・アイスというフィギュア・スケートのイベントを観てきた。近年のメダリストがずらりと揃うエキシビションである。結論から言うと非常に楽しい夜になった。
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みほちゃん、人がつっこみ返ししてる最中につっこんでくるし…。ロロ様については僕の日記よりもみなみちゃんの日記をよく探してごらんなさい。もっと羨ましがるはず。 / Hidey ( 2003-05-24 16:16 ) はらぽ〜ん!何やってたんだよう!こっちも連絡しなくて悪かったけど。元気?お子さんもすくすく育ってるかな?こちらは6月15日に東京着です。今度こそうっちゃんと三人で会いましょう!でも金沢かあ。 / Hidey ( 2003-05-24 16:15 ) ウサ子さん、ミュージカルにあわせて滑るというのもなんだか大変そうですね。こちらでは超メジャー歌手とスケートをセットにしたようなイベントもあるようです。 / Hidey ( 2003-05-24 16:13 ) マイケルさん、いろんなイベントがありますね。リピンスキーは当時はすごい人気だったでしょう?ハミルトンはすごい懐かしい。また機会があったら日本でも観てみたいです。 / Hidey ( 2003-05-24 16:12 ) Hirokoさん、僕は恋しているわけじゃないですがなんかいいんだよねえ。日記、そう言ってくださってありがたいのですが帰国したらもう書くことはないと思います。そのためにも今はせっせと書いてます。 / Hidey ( 2003-05-24 16:10 ) きゃーロロ様〜!・・・うらやましすぎる。 / みほ ( 2003-05-24 16:09 ) チチローさん、ちょうど同じ時期だったのですね。それにしてもよく日にちまで覚えてらっしゃいますね。リピンスキー、クーリックは今回いませんでした。まあそれ程興味はなかったけど。ボナリーは今回もバク転してくれましたよ!サラ・ヒューズがなぜか欠場していたのが残念でした。 / Hidey ( 2003-05-24 16:08 ) まゆみさん、はじめまして!わざわざ訪れていただき感激です。村主さんはとっても上達していますよね、このところ。僕は立つだけ立ったけど(だって見えないし)黙って腕組んでました。サイト、遊びにいかせていただきました。留学に対する真摯な姿勢に大変感激しました。これからもどうぞよろしく。 / Hidey ( 2003-05-24 16:06 ) 久しぶりだね。外してるけどさ、卒業おめでとう。僕は、今金沢です。r at harara dot com にでもメールください。Hideyのメールわかんなくなっちゃって困ってました... / はらぽ〜ん ( 2003-05-23 23:13 ) ドイツでもミュージカルにあわせて滑るショーがあります。こちらはスケーターのレベルはわかりませんが、一緒に出る歌手がミュージカル第一線の役者でかなり豪華です。 / ウサ子 ( 2003-05-23 19:02 ) 以前、「Stars on ice」 がマイアミの近くに来た時に見に行きました。感想はこちら。こちらはプロに転向した人のショー。技術的な大技よりも芸術性をフィーチャーしていました。 / マイケル ( 2003-05-23 11:34 ) 私の友人もフィギュアスケート(確かプルシェンコ)にとってもハマッていて、同じようなことを言ってました。あの熱狂振りはまるで恋をしているかのようです。 / Hiroko@日記辞めないで下さいね ( 2003-05-23 02:02 ) Champions on Ice、懐かし過ぎです。98年の4月11日に、当時住んでいたワシントンで見ました(っていう類のつっこみばかりで済みません)。クワン、ストイコ、キャンデローロなどは、その時も出ていたので息が長いですね。タラ・リピンスキーとイリア・クーリックのように、直前の長野五輪の金メダリストとして出場した人は、逆に、転身してしまっているんですね。個人的には、スパイス・ガールズのアップテンポな曲に乗って見せる、ボナリーのバク転も忘れられません。 / チチロー ( 2003-05-23 00:50 ) はじめまして!ボストン近郊のカレッジに通っているものです。私も4月12日観に行ってました!私と同い年だし村主選手の演技がすごく好きなので今回すごく楽しかったです。話友達と日本の人どれくらい観に来ているのかなァなんてしてたんですが、まさかこんなところで出会うとは!キャンデロロ選手の時の観客の盛り上がり様はものすごかったですね。私と友達はじっと座って反抗してました。私もサイトを持っているのでよろしかったら遊びに来て下さい。http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Cafe/4623/です。長くなりましたがこの辺で。 / まゆみ ( 2003-05-23 00:08 ) |
2003-05-21 レッドソックスvs.ヤンキース観戦 2 | |
そんなある日メジャーでの七回目のシーズンをボストンで迎えた野茂が初登板する試合が会社のテレビで流れていた。暇なうえにいい年こいてミーハーなオジサンの多いうちの会社ではよくある風景なのだ。僕は無視して忙しく仕事をしていたものの、なんだかテレビの前に人だかりができている。気になって覗いてみたら既に九回もツーアウトをとった野茂が打者に向かっていた。与えた点はゼロ。移籍後初勝利を完封で飾る瞬間だった。最後のピッチングにつまった打球はふらふらと舞い上がりレフトの選手のグローブに収まった。ガッツポーズをする選手たち、周囲のオジサンの「やった!」という声。何かがおかしい。聞いてみたらなんとメジャーで自ら二度目のノーヒットノーランの達成の瞬間だったのだ。 |
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マイケルさん、ああ、そんな球場もありましたね。フェンウェイは何度もなくなるという噂を聞くのでなんとかふんばってほしいものです。 / Hidey ( 2003-05-24 16:04 ) チチローさん、あの初対決を!たしかさすがのイチローも声を上げませんでしたっけ?そのあとヒットを打たれたんでしたっけ?こちらもticketmasterで楽勝で取れるのですがヤンキース戦だけは毎年駄目なのです。この日はペドロが投げるという噂があったのですが故障っぽいらしくて出てきませんでした。 / Hidey ( 2003-05-24 16:03 ) シカゴ・カブスのリグレーパークでしたっけ? レンガに蔦が絡まっていて、その蔦にボールがはまるとツーベースになるってのは。最近新球場ラッシュのようですが、歴史あるスタジアムはぜひ残して欲しいですね。 / マイケル ( 2003-05-23 16:34 ) ↓もちろん、うちのイチロー(笑)が生まれる前の話なので、家内と二人です(笑)。 / チチロー ( 2003-05-22 23:53 ) 2001年は、5月にイチローと野茂の初対決を、シアトルで見て感激しました。あのデッドボールは、硬球が背骨に当たるすごい音がしました。その頃は、日本からでもインターネットでTicketmasterのサイトに行って、楽勝でチケットがとれました。野茂の前の晩はペドロが投げて、これもすごい投手だと思いました。 / チチロー ( 2003-05-22 23:49 ) ガス欠コインさん、単純でしょう?でもお陰でいい決断でした。野茂様様です。彼がもう1シーズンでもいてくれてたらもっと楽しいボストン生活になってたのですが。 / Hidey ( 2003-05-22 23:37 ) みほちゃん、きみからそのつっこみが入ることはとうに予想していたよ。うちの会社に遊びに来たいんだったらミーハーなオニイサンと呼びなさい。こっちではビールにポップコーン、そしてホットドッグだよ。 / Hidey ( 2003-05-22 23:36 ) 野茂は僕も最も好きなベースボールプレーヤーです。ボストン行きにそんな秘話があったとは。もはや離れ難いことでしょうね。ちなみにそのノーヒットノーランは、ボストンから駆けつけたらしいアメリカ人の小集団が大喜びしていた映像が記憶に残っています。 / ガス欠コイン ( 2003-05-22 18:13 ) 暇なうえにいい年こいてミーハーなオジサン・・・あ、教授のことじゃなかったのか。野球と聞くとビールに枝豆って感じですけどアメリカだとそうもいかなそうだなぁ / みほ ( 2003-05-22 15:17 ) |
2003-05-21 レッドソックスvs.ヤンキース観戦 1 | |
今年の3月にボストン・レッドソックスの今シーズンのチケットが発売になった。やはり目当てはイチローのいるマリナーズと松井のいるヤンキースとの試合。残念なことに6月の帰国までにはマリナーズ戦は予定されていなかった。ヤンキースとは5月19日から21日にボストン・フェンウェイパークで三連戦が組まれていた。インターネットでのチケット予約に僕は二台のパソコンを起動させて臨んだ。 |
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