奇跡だなんて大げさな表現かもしれない。でも私にとってはホントに奇跡みたい。
自分の記憶にはない小さな頃、私はよく歌をうたっていたらしい。
ちょうど今、私の下の子がよくうたっているみたいに。
自覚はあまりなかったけれど、うたう事は大好きだった。
私はずっと親子関係がうまくゆかず、特に妹が高校生の頃寮に入っていて家にい
なかったせいか、両親とずっと一緒にいた私は精神的に打ちのめされて昼夜逆転
の生活を送っていた。そして夜、両親が眠った頃私は起き出して庭に出て歌をう
たっていた。真夜中、歌をうたっている間は心が落ち着いて、自分でいられる気
がしていた。
当時はバンドブームで、すごく興味はあったけれど、ずっと言い出せずにいた。
あきらめたんだから仕方がないと言われればそれまでだけど、当時の私は母親の
『あんたなんか大人になったらやっていけないよ』という言葉を間に受けて、
『早く死ななくちゃ、大人になる前に』と毎晩カッターを手首に当てて、でも切
れなくて泣いていた。ずいぶん薄汚れた今となっては恥ずかしい話だけど、死ぬ
事に一生懸命だったあの頃は夢を持つなんて余裕はなかった。
結局私は大人になって結婚をした。意識はしていなかったけど、やっぱりよくう
たっていたらしい。
気づいた時、私はひどく気落ちしていて、そして同時に歌をうたわなくなってい
た。それは集合住宅に住んでいたので周りの家に気を使った結果でもあるんだけ
ど。私はその時、『自分は歌がうたいたいんだ』と気がついた。それから、歌う
場所を探し始めた。でも小さい子供がいる私には自由な時間があまりなく、周り
の人はみんな『今更うたってどうなるの?』と、冷ややかな反応をした。
今年になって実の両親との不仲が決定的になり、義両親に養ってもらう事になっ
た。そこで私はお義母さんの理解を得られ、ヴォーカルレッスンを始めることが
出来るようになった。それはそれですごくうれしい事だったけど、レッスンを受
けながら『私は一体何をしたいんだろう』と悩んでいた。『うたいたい』という
理由で始めたレッスンだったけど、練習して歌がうまくなったところで、自分が
どうしたいのかわからなかった。
ストリートで歌う?
そんな度胸があれば、最初っからやってる。
バンドを組む?
子持ち主婦をメンバーに入れてくれる人はいるんだろうか?第一練習にいく時間
がとれるかどうか自信がない。それにどんなジャンルが好きなのか、自分でもよ
くわからない。ただうたいたいだけ。
少しだけビジョンはあった。『ゴスペルって楽しそう』という、非常に漠然とし
たビジョンが。そしてある日、テレビで見たゴスペルクワイヤーが気になって調
べているうちに、今住んでいるところの近くにそのクワイヤーがある事を知った。
でも、その時はメンバー募集をしていなくて、いつ募集をするのかもわからない
状態だった。それから1ヶ月くらいして、そのクワイヤーが出るイベントで参加
者を募集している事を知って、迷わずそのイベントに応募した。そしてそのイベ
ントで、そのクワイヤーが2年ぶりにメンバー募集をする事を知った。おかげで
私はクワイヤーに入会する事が出来た。
自分でもイライラするくらい回り道して、私はやっと歌う場所を手に入れた。
それは、この街に今住んでいなければ手に入れる事が出来なかった場所だ。
すごく自分勝手だけど、ホントにこの出会いには運命を感じてしまうのだ。 |