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Hideyの「蛍の光の下で」

帰国に伴い長い間ご愛読いただいたこの日記を終了させていただきます。
もうこのサイトに文章を綴ることはありませんが
もしこの先もおつきあいいただけるようであれば
メールをいただければ幸甚です。
皆様、本当にありがとうございました。お元気で。

絵日記

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2003-01-03 Management in Perspective 3
2002-12-31 Management in Perspective 2
2002-12-31 Management in Perspective 1
2002-12-24 Pokemon -Japanese Invasion- 4
2002-12-24 Pokemon -Japanese Invasion- 3
2002-12-24 Pokemon -Japanese Invasion- 2
2002-12-24 Pokemon -Japanese Invasion- 1
2002-12-17 二年生秋学期終了 3
2002-12-17 二年生秋学期終了 2
2002-12-17 二年生秋学期終了 1


2003-01-03 Management in Perspective 3

その他に印象に残ったゲストとしては金融情報を提供するトンプソン・ファイナンシャルという大手企業の役員を務め、CEO就任を確実視されながらもそれまでに仕事の影響で家庭にもたらしたひずみを正すべく敢えて役員に留まり、最終的には社を辞めて、より家庭生活との両立を図れる条件を求め、情報産業をターゲットにしたプライベート・エクイティを設立したというAndy Mills氏がいた。彼は妻と二人の子供たちに対する義務を尊び、またコミュニティに対する奉仕の大切さも強調した。この場で話すことは多少憚られるが、と断りをおきながら、彼はキリスト教信者としての義務をも全うしたかったのだと話した。

もう一人、ナイプロというこれも大手の鋳型製造メーカーの社長候補になりながら、南米出身であることから明らかに状況が不利と判断し、ヘッド・ハンティングにより別の機械製造メーカーの社長に就任したSam Landol氏も印象的だった。彼の話を振り返った翌日の授業では学生たちから、彼の行動には逃げの要素もかなり含まれていたのではないかとの批判が相次いだ。後日二度目にLandol氏が訪れた授業である学生が不躾な聞き方ではなかったが、「人種差別についてはあなたの思い込みもあったのではないか」というニュアンスの質問をした。それに対し彼は、自分に自信がなかったのも事実だが、人種的な問題は企業のトップに行けば行くほどいまだに根強く残っていることも悲しい真実なのだと話した。アングロ・サクソン系のリゾート地などへ旅行するときもラフな格好はしないで敢えてジャケットやネクタイを着用するということだった。そうしなくてはホテルでの扱いが低くなるからだ。

日本の企業のトップにもざっくばらんに学生と対話してくれるような人もいるが、それとはまた本質的に異なる真摯さが彼等の中にはあった。言語にまで及ぶ文化性の問題は確かにある。年齢や立場による上下関係はそもそも日本と比べれば格段に希薄であり、それがざっくばらんな対話を可能にしていた。しかしそれ以上に彼等は学生である我々を尊重し、いずれは同じ立場になる者として敬意を示してくれていた。なにより自らの失敗、弱点を包み隠さず話してでも短い時間でできるだけ我々に何かを学ばせようという誠実さが見て取れた。日本と比べれば遥かに、人の上に立つ者にintegrity(誠実、高潔)を求めるアメリカ企業社会ということもあるけれど、ことさらにintegrityを強調するうちのリーダーシップの授業の影響もあるように思えた。

そんなわけで楽勝ながらもなかなか意義深い授業であった。ケーススタディに非ざれば授業に非ずというこの学校で敢えて毎年このような授業を貫き通すお爺ちゃん教授、やはり只者ではないのかなあ。

先頭 表紙

azzurriさんのお仕事、とても興味があります。フィー子さんともお知り合いのようなので、いずれぜひお会いした折にはそんな話も聞かせてください。楽しみにしています。 / Hidey ( 2003-01-18 23:42 )
azzurriさん、アメリカのビジネスのトップのintegrityはそのまま公明正大な企業文化として反映されて、それが規範となっているアメリカン・ビジネスから見ればやはり日本のビジネスはどこかいつも裏がありそうだったり、腹黒そうに見えたりするのだと思います。日本は人が集まることによって個の善悪の判断が圧殺されて集合的な論理による全然異なる価値基準が形成されてしまうけれど、アメリカはどんなに人が集まっても結局は個人自身の価値判断が求められるので、何かが歪むというのは少ないのだと思います。 / Hidey ( 2003-01-18 23:41 )
ブチョー、あけましておめでとうございます。アメリカは確かに白黒させた結果現代のアメリカ社会が成立しているわけですからね。ただし、一度白黒はっきりした結果を万人が理性としては受け入れなければいけないことは分かっていても、どこか口には出さない依然とした差別意識はちゃんとあるのも事実。その意味では白黒はっきりしただけにナァナァが永続してしまうかも。 / Hidey ( 2003-01-18 23:34 )
たらママさん、そのバランスは人それぞれですけどね。カリスマと言えば、先日ジャック・ウェルチの有名なGEのturnaround劇に関するケースを勉強しました。機会があればぜひ書いてみたいと思います。 / Hidey ( 2003-01-18 23:30 )
ライラックさん、いえいえ、あらためて考えさせられるつっこみをありがとうございました。書いてしまって絡もう一度覚めた頭で考え直すいい機会になります。沖縄の話、辛い話だと思いますがシェアしてくださってありがとうございました。今でこそ沖縄はブームですが戦前から現代にいたるまでずっと悲しい歴史をたどってきたことは認識しています。大学時代に英語のスピーチコンテストでもっとも熱心に書いた話が読谷高校(でしたっけ)の卒業式で生徒が日の丸を引き摺り下ろしたことに啓発された話でした。 / Hidey ( 2003-01-18 23:28 )
ウサ子さん、素晴らしい恩師に恵まれましたね。僕も幸いなことにこれまでの上司はほとんどがそのような尊敬できる人ばかりでした。今年もよろしくお願いします。 / Hidey ( 2003-01-18 23:23 )
りぃなさん、アメリカでもビジネスを極めた人が家庭を破綻させているケースが多いのは事実です。しかしそれに対する罪の意識は日本以上に強く、多くのビジネスマンがその是正を試みようとします。ビジネスで成功した人間には日本と同様貪欲で狡猾で人としても尊敬できない人も多い反面、日本以上に出世の条件として人格が挙げられるのも事実です。ですからビジネスが人のバランスを狂わせる傾向は万国共通だけれども、社会的規範やシステムとしては遥かにアメリカの方がバランスを保たせるものになっているということだと思います。 / Hidey ( 2003-01-18 23:22 )
因みにazzurriはいろんな業界を渡り歩き中(漂流中ともいう)で、現在はWEB制作関連のお仕事をしております。ポケモンは以前のお仕事で少し、、、身近にある商品やモノ、流行を作り出す裏方の世界は見ていても関わっていても日々勉強になります。でも、サボってないでお仕事しなくちゃ(笑)。 / azzurri ( 2003-01-08 10:42 )
授業の内容もさることながら、日本の企業のトップとかなり比較してしまいました。アメリカ企業が伸びる理由の一因を垣間見た気がします。机にかじりついているだけよりも仕事でも授業でもディスカッションやこういった現場の生の声を聞く方が好きなのですが、語学力さえあったなら(それだけじゃダメだろう!)この授業には参加してみたいですもん。でも、きっと普段の授業を投影できるからこそ余計に有意義なものなのでしょうね。 / azzurri@面白かったです♪ ( 2003-01-08 10:34 )
部落問題もそうだけど意識の薄い(もしくは過剰な)差別者と歴史的に被害意識(経験)のある被差別者という構造の中で真実を見極めるのは困難ですね。それでも白黒させるのがアメリカでナァナァで終わらせるのが日本ってのは言いすぎかな?まずはおめでとうございます。 / ブチョー ( 2003-01-07 13:31 )
Integrity、確かに必要ですね。カリスマも必要。 / たらママ ( 2003-01-06 22:38 )
父が大学に入った時は当然復帰前ですから、ものすごい嫌がらせにあったとよく言ってました。アメリカからよりも本土からの蔑まれ方のほうがよほど苦しかったですね。女性はみんな娼婦のようにも思う人がいるんですよ。開放的なんでしょ、とか言われます。ああ、また話しが逸れてしまいました。あらゆる分野でトップを極めて行く人は、人を大切にし、努力を惜しまない人なんですね。今回、3が読めてすごく嬉しいです。ありがとうございました。 / ライラック ( 2003-01-05 08:47 )
Hideyさん、私のトンチンカンなつっこみ、根気強く読んでくださってありがとう。後から読んでみたら自分でもよく判りませんでした(涙)。人種差別は思い込みではなく確実にあります。私はLandol氏のような考えは決して嫌いではありません。自分の持っているハンディ(自分がそう感じるなら)は自分の力で克服する努力をする人が好きです。日本の地域差別も相当なものですね。私は会社に入った時に上司に「沖縄の人ってお風呂に入るの?」と明らかに挑戦的に言われたことがあります。絶対に見返してやろうと思いました。その時だけ(笑)。 / ライラック ( 2003-01-05 08:39 )
あけましておめでとうございます。本当にすばらしい人はこんな人なんだろうなと思います。私の恩師がそうなのですが、業績だけでなく、何よりも人としてもすばらしい。尊敬しますし、憧れます。 / ウサ子@今年もよろしくお願いします ( 2003-01-04 21:10 )
正月休みでうかれて、頭をどこぞに置いてきてしまったので、あんまりマトモなつっこみでなくて申し訳ないのですが、こうして読んでいると、家庭を大事にする方が多いな、と。 ビジネスで成功している人は、人としても素晴らしい人が多いのではないかな、と感じました。全ての成功者がそうとは思いませんが、普通の人とは際立ったものを持っているからこそ、成功者になりえたのだな、と思いました。自分が、ゲストスピーカーになったとして、そこまで堂々と話せて、質問にも答えて・・・とか思うと、・・・ですね。。 / りぃな ( 2003-01-04 12:44 )
字数の関係でこの「3」の文章ははじめ書くのをやめようと思ったのですが、どうしても書いておきたいと思い追加いたしました。僕たち学生のためにあそこまで真摯に語ってくれた人たちのことを皆様にもお伝えしておきたかった。 / Hidey ( 2003-01-03 14:18 )

2002-12-31 Management in Perspective 2

10人ほどのゲストの中で唯一スタンディング・オベーションで送られたのは、フィデリティ・グループの一企業であるフィデリティ・パーソナル・インベストメンツの社長を務めたGail McGovernという女性だった。彼女はうちではなくコロンビア・ビジネス・スクールを卒業したが、その代わり今年からうちの学校で一年生のマーケティングを教えている。フィデリティの前にはAT&Tの消費者市場部門の副社長を務めていた。2000年と2001年に彼女は雑誌「フォーチュン」により「アメリカ経済界でもっともパワフルな50人の女性」の一人に選ばれた。

彼女はリーダーに必要な資質を5つ挙げた。一つ目は人を見抜く能力。人は簡単には変わらないものだから1%の疑問も残さないほど相手を見つめ尽くしてから人を雇うべきだと強調した。二つ目は柔軟性。特に失敗にとらわれ続けず、終わったことは終わったこととすぐに立ち直る能力を指した。三つ目は変化を愛すること。殊にアメリカ社会では変化に抗う者は生き残れないと語った。四つ目は、すべての決断はそれがビジネスにとって正しいか否かによって下すということ。その際顧客、株主、社員の利害関係の対立が懸念されることがあるが、彼等の利害は必ずしも矛盾するとは限らず、どこかに必ず一致を見るポイントがあると主張した。五つ目は仕事と人生のバランスをとること。他のゲストがこのバランスを常識・与件として捉え、ある種自明の理のように語っていたのに対し、彼女はリーダーがそれを実践しなければバランスを求める部下たちはついてこないと根拠を述べ、そのような根拠がなければバランスなど本人の自由だと冷徹に語った。

質疑応答についても彼女は楽しむかのように自信に溢れ、原稿が用意されていたかのように淀みなくすべての問いに対し明晰な回答を示した。部下に敢えて意外な、または不得手そうな役割を与えたという彼女の話に対し、一人の学生が「あなたは先ほど人の性質を見切ることを大事な要件として主張していたのに、今の話とは食い違うのではないか」と質問したが、彼女はすぐさま「I took staffing risks but not people risks.」と切り返した。

また彼女は仕事や人生におけるすべての興味を追い得るかという質問に対し、テーブルからこぼれ落ちるものもあることを認識したうえで、テーブルに残っているものを「すべて」と呼べばよいと答えた。また彼女には養女がおり、育児のために午後7時には必ず家に戻ることを実践したという。彼女がいられない時間には、仕事と同様に彼女が冴えた目で見切った完全無欠なベビーシッターがその世話をこなした。

翌日のゲスト抜きでのセッションでは「彼女はテーブルにあるものしか見ないことで人生の幅を狭めている」とか「午後7時に帰れたのは彼女の役職特権によるもので、彼女はラッキーなだけだ」といった意見も出た。的を射たような意見だけれど物事の本質は語られた言葉の字面にあるのではなく、誰がどのようにそれを語ったかにあるのだと僕は思う。成功者の語る「秘訣」ほど字面にして陳腐なものは世の中にはない。しかしその陳腐さを曲げることなく実践したことが彼等を彼等ならしめ、陳腐に見える言葉は人にある種のエネルギーを与える。ビジネスにおいては目に見えない様々な人的要素が大事な役割を果たすものである。先述の意地悪い学生の発言は同様に語る者を小さくする。彼等にはコンテクストがないのだ。

(つづく)

先頭 表紙

KATSUMIさん、そうそう、そうなんです。言わんとしたことを分かってくださってありがとうございます。そしてそのような環境をつくること自体も才能でもあるわけですからね。行動が成否を決める実社会に早く戻りたいと思ってしまいます。ポケモンの話はぜひお会いした時にお聞かせください。 / Hidey ( 2003-01-03 14:50 )
成功者の状況を特殊なものとして皮肉る人は多いです。でもただそれだけならば、普通の環境にいる人の方がもっと成功するためによい場所にいるはずなのに、ねぇ。エナジーを感じて前向きに話を貰うことの良さを実感できました。来年もよろしくお願いします。 / KATSUMI@ポケモンの話はいずれ。 ( 2002-12-31 23:09 )

2002-12-31 Management in Perspective 1

先日の日記で「楽勝科目」と表現したManagement in Perspectiveという授業について書いておこうと思う。

何をもって楽勝かというと、まずこの授業はうちの学校の最大の特徴であるケーススタディ形式をとらない、もしかしたら唯一の授業である。毎週水曜日の2時間の授業は、有名企業のCEOやそれに準ずる役職を務める(または務めた)うちの卒業生をゲストとして一人ずつ招き、彼らのリーダーシップを生で学ぶというスタイルをとった。事前の予習はゲストのプロフィールや企業の概要、ホームページなどを読むということだけで、それもすべて授業のほとんどを占める質疑応答のための参考資料に過ぎない。他の授業では10〜15ページにわたるケースを何時間もかけて真剣に読み込むことを考えると予習は皆無に等しかった。

授業の冒頭にはゲストが10〜20分ほど彼らのビジネスにおける信条などを話し、その後は延々と質疑応答が続く。他の授業では多くの場合授業のはじめに教授がいきなり一人の学生を指名してアイスブレーカーの役割を負わせる、いわゆるcold callという恐怖の慣例があり、そのためにも学生は欠かさず予習をするのだが、この授業にはcold callは存在しない。基本的にはゲストの話や質疑応答を聞いてからでも十分質問は考えられるので、予習の必要すらないのだ。

しかも学生の数が通常の二倍以上の180人である。楽勝科目ということでこれだけの学生が履修を希望したわけだが、教授自身は単に人気があると勘違いしてか、敢えて人数を半数に押さえようなどとはしなかった。事実上出席をとることもできないので相当数の学生がさぼっていた。僕も寝不足が重なった日や論文作業に追われた日は何度かさぼった。

そしてこの授業では、直近に訪れたゲストについて忌憚ない意見をゲスト抜きで交換し合うセッションを毎週木曜日に持つのだが、この木曜の授業は効率を考慮してクラスの半数のみの出席で行うのだ。その授業ですら、90人いるはずの学生たちは大概その半分くらいしか出席しなかった。

教授はそんな学生たちにどんな態度をとるかというと、空席が目立つ教室を眺めては、出席している学生たちに対して満足そうに微笑みながら頷いたりするのだ。多分60歳過ぎくらいだと思う。プロフィールによればこの教授には多数の著書があり、しばしばメディアにも登場してコメントを述べたりするそうである。しかし授業はほとんどすべてゲストと学生のやりとりに終始するため、彼が気の利いたことを話す場面は皆無に等しい。木曜日のセッションでは前回のゲストとの質疑応答のポイントを再現したり整理したりするのだが、それもほとんど内容的にはゲストの言葉に過ぎなかったり、かなり一般論に近い言葉に過ぎなかったりする。

そんな楽勝科目だが、それなりに履修した意義はあったと思っている。通常のケースでは描ききれない、経営者の人間臭さやビジネスにおける経験的処方を、生の声を通して感じ取ることができたのだ。

(つづく)

先頭 表紙

ライラックさんのつっこみに励まされて、一度は字数の関係で書くことをやめた続きの原稿をアップしましたのでよろしかったらご覧ください。とても真剣なつっこみ、本当に心から嬉しいです。ありがとうございました。 / Hidey ( 2003-01-03 14:47 )
この、文化における合致をもとめるという観点は、僕の取った別の授業でもセオリーとして教えられたことです。少し前の試験について書いた日記のazzurriさんへのつっこみ返しにも書きましたが、企業文化成立の要件のひとつは価値観における合意であり、それを実現するには採用、解雇を通じて同じ価値観の人間を集めるか、または企業を分割することで同じ価値観の人間を各部門ごとに固めるかという方法論しかないということです。ですのでMcGovern氏の方法論は極めて合理的といえます。 / Hidey ( 2003-01-03 14:46 )
彼女は現在ちょうど50歳です。養女はまだ10歳に満たなかったと思います。1%の疑問も残さないための考査の方法は、ひたすらプライベートな興味や趣味についての話をすることだそうです。能力的なことはレジュメにすべて書いてあるし、それは目がある人間なら誰でも読めると。むしろ「culture」における「fit」を求めるそうです。だからある程度のポジションの人間を雇うときなどはディナーパーティーで個人的に話し込むとか、そういう方法をとるそうです。 / Hidey ( 2003-01-03 14:41 )
McGovern女史ははじめAT&Tの一介のプログラマーとして技術的に優れた成績を残し、ついで中間管理職として部下を束ねる能力を身につけ、その後セールス、マーケティングなどの部門長として他部署の部門長たちとの調整能力に磨きをかけ、ついに役員になったということです。それぞれのステージでまったく別の能力が求められながら、彼女はそのすべてに卓越していたのです。 / Hidey ( 2003-01-03 14:38 )
そのようにゲストには慣れっこになっているとは言え、ケーススタディという呪縛から解放された授業というのはこの学校においては大変新鮮味があります。その意味ではこの教授は確かに異端であり同時に冒険者でもあります。 / Hidey ( 2003-01-03 14:34 )
単位が取得しやすいかどうかは分かりません。授業はすべて相対評価ですのであまり関係ないように思います。この教授ももちろんそうですが、うちの教授は企業の個人コンサルティングもしている人ばかりなので、企業のトップともつながりが深いです。ですので色んな授業を通じて名だたる企業のトップを招くというケースはしょちゅうあるのです。それがうちの学校の売りにもなっています。昨年は学校全体での講演でしたが、過去日記にもあるようにジャック・ウェルチ氏も来校しましたし、かつてはビル・ゲイツ氏も来ていたはずです。 / Hidey ( 2003-01-03 14:31 )
ライラックさん、怒涛のつっこみありがとうございます(笑)!僕としてはこれだけ熱くつっこんでいただいて、それに対して感謝こそすれ、迷惑だ何て微塵も思いません。この日記につっこみを入れてくださる方は皆さん何かしらこの分野にご興味を持ってくださり、深い考察、異論までも忌憚なくくださる方ばかりですので、他の方へのご配慮もご無用化と思います。 / Hidey ( 2003-01-03 14:25 )
Hideyさん、一人でこんなにつっこんでしまってごめんなさい。こういうのはあまりよくないことと思っています。でも!私にとってHideyさんのこの日記、授業みたいで面白くて仕方がないのです。後先、周りのことも考えずに行動してしまう私なんです(涙)。ごめんなさい。きっとこれを見たらもうつっこみたくなくなってしまう人もいるでしょうね・・・。いつの間にかつっこみはじめたら、考えずに書きはじめてしまってどんどん長くなってしまいました。これからはもう少し、整理してつっこむようにします。 / ライラック@すみませんでした ( 2003-01-02 00:29 )
テーブルのたとえでは、こぼれてしまったほう「だけ」に気をとられてしまう人もいるのですね(笑)。一つ疑問だったのですが、女史のおっしゃる5つの資質の中の1番目に言う、1%の疑問を残さない採用とはのどのようにして考査されるのですか?実際にどのような方法で見極めるのか興味を持ちました。 / ライラック ( 2003-01-02 00:22 )
きっと教授も普段はゲストへのアプローチでお忙しく、そちらの方ではなかなかやり手の方でいらっしゃるのかもしれないですね(笑)。長くなってすみませんが・・・ところでこのMcGovern女史には大変興味を持ちました。養女をお育てのようですが実際お幾つくらいのお方なのでしょうか?木曜日の交換セッションではいろんな意見が出て面白そうですね。 / ライラック ( 2003-01-02 00:14 )
McGovern女史の話は大変興味深かったのですが、実際にmanagementに関わっていく人は、常にいろんなチャンスを見逃さず、そこから必要な正しい判断で正しい情報を引き出し、そしてそれを最大限に生かす努力をする人だということがHideyさんの書かれたことからもわかりました。教授もそのことをご存じでいらっしゃるから、すべての学生にも自由な形でそのチャンスを平等に提供しているのかもしれませんね、人数制限もせず、出欠も取らずに(笑)。Managementは管理する側で管理される側では無いですものね(笑)。 / ライラック ( 2003-01-01 23:59 )
入っていたのですね。ビジネススクールでmanagementを学んだとして、たとえば5000人位の企業でもCEOレベルにまで上りつめる人はほんの一握りのはずです。そのことを考えるとこの授業にある程度きちんと出席していくということは(将来そういう職を希望しないにせよ)何かしらのヒントを得るチャンスを孕んでいるということなのかもしれませんね。。 / ライラック ( 2003-01-01 23:46 )
あまりパッとしない講議も多いのかもしれませんね。でも、深読みのし過ぎなのかもしれませんが、そんな学生さんたちの思惑ももしかしたらある程度ご存じなのかな、なんて思ってしまいました(笑)。だってHideyさんはそれなりに履修した意義があったとおっしゃってる。Hideyさんがそう思われたのは書かれてありますようにこの授業を通してessentials of managementに触れることができたからでしょう?一見楽勝科目でありながら、実際は普段のケーススタディーでは得られない、机上だけでは学び得ないエッセンスがふんだんに / ライラック ( 2003-01-01 23:35 )
Hideyさんがいらしてるビジネス・スクールにも楽勝科目と呼べるものがあるなんて意外に思っていました。そして何処の大学と同じように半数が欠席だなんて。よくありますよね、そういう「一見」人気科目って(笑)。実際、単位は取得しやすいのでしょうか?でもでも、このおいちゃん教授、なかなか徳のあるお方なんでしょうね。企業のCEOレベルの方々を毎週お呼びできる訳ですか?すごいです!こういうポーカーフェイスなおいちゃんていますね(笑)。普段の授業もHideyさんがおっしゃるように、 / ライラック ( 2003-01-01 23:20 )

2002-12-24 Pokemon -Japanese Invasion- 4

このように「パッションの創出」、「伝播の促進」、「離脱者の回避」というステップを経て、ポケモンは一時的に大流行りしてすぐに消えたたまごっちのような「fad」に留まらず、より持続性のある「franchise」になることができたのである。

ではポケモンはさらに一段上の「platform」にレベルアップすることはできるだろうか。まずは「platform」とは何かを押さえておきたい。教授はマドンナを「platform」の例に挙げた。さして音楽的な実力があるわけでもない彼女はデビューから現在にいたるまでの20年間、常にトップスターの地位を保ってきた。それはマドンナという単一の素材が、曲のスタイルを変え、ファッションを変え、ライフスタイルを変え、コンスタントに驚きを提供することにより、必ず次を期待させるブランドになったからである。先述のバービーも「platform」である。一定不変のバービーというキャラクターが時代性を反映したファッションや職業を身につけて、今年のバービー、来年のバービーと、常に期待を抱かせるのだ。

ポケモンが「platform」になり得るかどうかは実は教授は結論を出さなかった。しかしその答えはディズニー・ブランドという完全に「platform」化されたブランドとの対比でよく分かるのではないかと思う。結局のところポケモンはストーリーや状況設定が明確に規定されたゲームにしっかりと組み込まれてしまっているのに対し、ディズニー・ブランドは既に物語から独立したキャラクターの集合体であり、ミッキーマウスなどの多くのキャラクターは様々な設定やストーリーのもとで動き回れる自由度を持っていた。またポケモンは複雑なルールに基づく自己完結したひとつの世界であり、子供たちはそのルールに則ってのみポケモンの世界に参画できるのに対し、ディズニーの世界観はよりシンプルで、「私のミッキー」、「私のディズニーランドの思い出」というように、ブランドと自分の関係をパーソナライズすることが可能である。その結果ディズニーにまつわる美しい記憶は世代を超えて蓄積され、老若男女がそれぞれに手を添えて回していくサイクル性というものが成立したのである。このようにブランドの独立性、単純性は「platform」を成立させる大きな要件になりうる。その意味でポケモンはそもそも「platform」になり得ないような設計をされていたのだ。

実際のところポケモンが日米両国でとうに一時の勢いを失ってしまったのは周知の事実である。しかしポケモンがアメリカで果たした大切な役割がひとつあった。それは日本のコミック文化をより自然に受容させる素地をつくったということである。もちろんポケモン以前にも日本のコミック文化はアメリカに入り込んでいたが、それらが懸命にアメリカ文化への同化を図っていたのに対し、ポケモンは初めてアメリカ人を日本に振り向かせたと言ってよい。「千と千尋の神隠し」が好評を博したのもポケモンがそのための道を整えたからと言える。

ウォルト・ディズニーに多大なる影響を受けた手塚治虫によって基礎がつくられ、今や真っ盛りの日本のコミック文化。そしてそのコミック文化をベースにした独特のゲーム文化。ある意味逆輸入とも言える昨今のJapanese invasionはまことに感慨深い。しかしながらポケモンが現代日本の病んだ空気をも一緒にアメリカに運んでいないことを祈りたい。そしていずれは日本発の本物の「platform」が世界を席巻することを期待したい。

先頭 表紙

「ポケモンストーリー」は残念ながら読んだことはありません。日本でぜひ入手して読んでみたいと思います。「千と千尋」は確かに興行のやり方が下手で、ポテンシャルがあったのに充分商売ベースに乗せられなかったと僕も聞きました。ただし身近なところでは確かによくあの絵も見かけましたし、うちの教授も子供にせがまれて映画に連れて行ったそうです。もったいなかったですね。栗鼠さんもひきつづきお勉強頑張ってください。 / Hidey ( 2003-01-20 07:08 )
栗鼠さん、おっしゃるとおりuniversalityもポケモンヒットの大きな理由だと思います。本文にも書きましたとおり、マーケター側としては従来通りの翻訳作業によってuniversally acceptableなものに仕立て上げた側面も多かったわけですから。ただしそれと同時に計算づくで日本的要素を残し、そして計算以上に「日本性」が受けて側の印象には残ったということのような気がします。上手いミックスだったのではないでしょうか。 / Hidey ( 2003-01-20 07:05 )
ところで、「千と千尋」はアメリカでは興行的に相当失敗だったようです。残念。それでは、長々と大変お邪魔致しました。 / 栗鼠/勉強頑張ってくださいね。 ( 2003-01-19 16:07 )
個人的にはポケモンのuniversalityがアメリカでのヒットの理由かと思っていました。exoticismという事なら、ポケモンがplatformになれなかったのもその辺に理由があったのかもしれませんね。Hideyさんは日経BP出版の「ポケモンストーリー」をお読みになった事ありますか?ポケモンのビジネス展開の過程の詳細を追ったもので、プロデューサーの一人も共著という形で参加しています。 / 栗鼠/私もリーディングで死んでます。 ( 2003-01-19 16:03 )
丁寧なお返事、本当にありがとうございました。またまたとても面白かったです。文化のglobalization,homogenization,indegenization,等のモデルとしてアメリカにおける日本文化(特にマンガ等のポップカルチャー周辺)を論文の題材として考えているので、ついつまらない質問をしてしまいました。 / 栗鼠 ( 2003-01-19 15:58 )
P.S. 2週間ほどイタリアに行っていたのと、帰ってすぐに怒涛のリーディングを強いられる授業が続いたので、お返事が遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。 / Hidey ( 2003-01-18 23:12 )
なお、platformの概念には当然市場規模も含まれています。ある程度のサイズの市場が形成されなければplatformによるリピート需要は成立しないわけですから、市場規模は不可欠な与件となります。今後も鋭いつっこみを楽しみにしています。ありがとうございました。 / Hidey ( 2003-01-18 23:10 )
一番大切なことは、受け手が「ああ、これは日本という設定なんだね」ということを積極的に受け入れる素地ができたということで、マーケターとしては多分驚きがあったのではないかと思われます。exoticismがそのまま商品の魅力になったということで、考えてみれば日本の子供たちは昔からそんなものはとっくに受け入れていたのです。アメリカという設定ならではのキャラクターの魅力、ストーリーの面白さなど。だからこそ「千と千尋」の純日本的な設定もそのまま受容されやすくなったのではないかと思う次第です。 / Hidey ( 2003-01-18 23:08 )
かつて仕事をしたアメリカ人は小学生の甥にせがまれて日本でしか売っていない日本語のトレーディングカードをお土産に買って帰りました。そして大人たちはもちろんポケモン現象の源が日本であることを社会的ニュースとして知っており、日本のアニメ文化の質の高さもようやく一般の家庭レベルで認識されるようになったのです。それまでは接していてもそれがメイド・イン・ジャパンとは思われていなかったはずです。 / Hidey ( 2003-01-18 23:01 )
それはもちろん子供たちが日本的文化の香りがする作品に対して違和感を覚えることを考慮したからであって、キャラクターの名前や設定などを敢えてアメリカ的にしたり、少なくともニュートラルなものにしたりする努力が常になされてきました。ポケモンでも同様の工夫はされているものの、本文にも書いたように日本的な言葉の響きを「クール」なものとして残す部分も多かったり、現代の日本の情景がどうしても描かれてきたり、なにより子供たち自身がポケモンは日本からやってきたもの、日本こそポケモンのメッカとして認識しているのです。 / Hidey ( 2003-01-18 22:57 )
その前提で書かせていただきますが、ここで書いていることはデータに裏打ちされたものではなく、あくまで僕が見回してきた範囲での判断です。その点を先にお詫びしておきます。アメリカにおける日本のコミックやアニメは、「おたく」的な要素をそのままこちらのニッチでマニアックなマーケットに直輸入したものか、または古くはアストロ・ボーイ(鉄腕アトム)、最近ではドラゴン・ボールといったように、非日常的または非日本的な要素が強いものが多く、その数もヨーロッパと比べればとても少ないものでした。 / Hidey ( 2003-01-18 22:52 )
栗鼠さん、はじめまして。拙い言葉になってしまいますがご質問にお答えします。まずplatformという言葉は特に専門用語ではないと思います。この教授はわりと独創的なフレームワークを用いる人で、その中で彼女がしっくりくる言葉を使ったのではないかと思われます。ポケモンについては、多分栗鼠さんの入力の変換ミスだとは思いますが、一応確認させていただくと、「コミック文化需要」ではなくて「コミック文化受容」の基礎を作ったという話です。 / Hidey ( 2003-01-18 22:37 )
もうひとつ、質問です。Platformの概念には市場規模も含まれていますか? / 栗鼠@質問ばっかしてすいません。 ( 2003-01-05 15:13 )
遅いツッコミすいません。私はアメリカの大学院でポップカルチャーを勉強しています。managementの観点からのポケモン現象の分析とても面白く拝見しました。特にplatformという概念が面白かったんですが、これはmanagementの専門用語なんでしょうか? それから、ポケモンの成功が日本コミック文化需要の基礎を作ったという点ですが、コレはどのような根拠からでしょうか?←決して悪意のツッコミ(質問)ではありません!!今ちょうどその点を勉強していたので純粋に知りたいのです。 / 栗鼠@私は8月卒業です。 ( 2003-01-05 14:38 )
スーパーしえろさん、確かにご指摘の通りの部分もあるかとは思いますが、最終的にはいつの世も子供は逞しく、大人の言うなりにはならないように思います。計算され尽くしたつもりのマーケティングでもどこか必ず子供たちの創造性に頼る部分があると思います。 / Hidey ( 2003-01-03 14:20 )
とても興味深く読みました。個人的にはコマーシャルベースではなく、子どもの中から自発的に生まれる子ども自身の文化が今の日本には不可欠なのでは、と考えていますが、それを可能にする時間やゆとりを私たち大人が奪ってしまっているのが現状ですね。ポケモンは、一時151の名前を全部言えたけど(笑)、なるほど、子どものニーズにぴったりだったわけだ。 / スーパーしえろ ( 2002-12-31 18:51 )
トモコさん、ヨーロッパは少し遅れて導入されましたからね。一粒で何度も美味しくていい話ですね。僕もゲームはさっぱり分かりません。知り合いに色々と質問をしてから授業に臨みました。 / Hidey ( 2002-12-31 17:38 )
プルーさん、まだパレードに登場するのですか!たまごっちについてはヨーロッパの知り合いが、当時はヨーロッパでけっこう流行っていたような話をしてくれてました。おもしろい発想だったけど発展性がなかったですね。 / Hidey ( 2002-12-31 17:36 )
azzurriさん、その方面に関わるお仕事をされているのでしょうか?日本のアニメは近年はかなりアメリカもキャッチアップしていますが、もともとはヨーロッパのほうが早く目を向けてきましたよね。他のあらゆる文化においても日本とヨーロッパのほうがアメリカとよりは親和性がありますね。繊細さの問題でしょうか。 / Hidey ( 2002-12-31 17:34 )
Ecruさん、こちらこそありがとうございました。教授が結論を口にしなかったというのはうちの学校のシステムでは授業は生き物なので、完全に計算し尽くした展開にはならなかったからだと思います。僕も聞いてみたかったです。 / Hidey ( 2002-12-31 17:31 )
KATSUMIさんへ、つづき。特にドラえもんについては学年誌という世界的にも類稀なnew entrantsをしっかり捕捉するシステムで、しっかりその年の小学一年生なりを見据えた微妙な「着替え」を毎年繰り返してきた結果、かつて小学生だった親までもが支援するブランドになったのだと思いますが。 / Hidey ( 2002-12-31 17:27 )
KATSIMIさん、それなりに根拠のある話を繋いだとは言え所詮は部外者の素人見識。ぜひ異論反論をお聞きしたいものです。ところで僕はドラえもんとサザエさんについては立派にplatformだと思っています。これらの二つは静的な情況しか与えられずongoingなストーリーがある訳ではないし。時代性を上手く反映しながら常に「着替え」をしているのではないかと思います。 / Hidey ( 2002-12-31 17:25 )
りぃなさん、日本にも寅さんなどのプラットフォームはちゃんとあるんですけれどね。そう言えば寅さんは若干世界を席巻しかけましたっけ。僕は正直なところ日本のマーケティングはどんどん近視眼的になってきていて、プラットフォームはできにくい環境になっているのではないかと見ています。 / Hidey ( 2002-12-31 17:15 )
akemiさん、まだ残り火のように細くは燃えているのですね。貴重なお話をありがとうございます。ゲームだってなんだって捉えようですよね。みな子供は遊びから学ぶわけだから。病的な要素をうまく排除できればね…。 / Hidey ( 2002-12-31 17:13 )
みほさん、長い文章を読んでくれてありがとう。僕は実のところポケモンのことは何ひとつ知りません。教授やそれとは別に任天堂の事情に詳しい人間の話を結んで客観的に筋をつけただけです。オープニングソングってのもそんなわけでさっぱり分からないのでございます。 / Hidey@あしからず ( 2002-12-31 17:11 )
ドイツでは未だに大人気。うちの先生のお子さんも大好きなようで「ポケモンの**ってキャラクター知ってるだろう?」なんて会話にしょっちゅうなるのですが、私が分かるはずもなく・・・。日本人なら知ってて当然と思われるのも心外なんですけどねぇ。 / トモコ ( 2002-12-28 09:59 )
ポケモンって既にこちらでも終わってるって感じがあるのですが、メーシーズの感謝祭パレードなどではまだ活躍してるようですね。一時期ポケモンのカードなどがすごい値段で取り引きされていた時は本当に驚きでしたが。たまごっちは日本人の間と子供たちでちょっと受けた感じでしたね。アメリカ人は大人になってあれをするとは思えませんもの。フェリーに乗っていた時日本人らしき男性がたまごっちをやっていて、、あれはちょっとなあと思ってしまいました。 / イタリア行き、羨ましいです@プルー ( 2002-12-28 03:38 )
身近なものをテーマにわかりやすく説明していただいて、本当に面白かったです。マーケティングやブランディングについては、とても興味のある分野です。日本のアニメの評価も気になるところですが、ヨーロッパとアメリカではまた感覚が変わってくるのかな? / azzurri ( 2002-12-27 17:47 )
とてもおもしろく読ませていただきました。ありがとうございました。教授が結論を口にしなかったのは、教育的な意味もあったのでしょうけど、これだけの分析の上での結論とその理由もちょっと聞いてみたいと思いました。その意味でも、最後にHideyさんがお考えを示して下さったことがありがたく、すごい方だな〜とあらためて思いました。 / Ecru ( 2002-12-25 21:00 )
当事者の一員として異論反論は多少ありますが、知らなかったこともありおもしろかったです。ポケモンが進化することでしか発展していないのは事実ですね。ただ日本的なキャラクターやストーリーテリングは、状況設定がはっきりされた中でしか発達していないのです(ドラえもん、アトム、サザエさん・・・)。だからplatformというアメリカ的なシステムに対する挑戦なのだと思っています。ちなみに「Jump」の評価はどうですか? / KATSUMI@プレイヤーモード ( 2002-12-25 02:19 )
んんん、納得。日本発の本物の「platform」は、すぐには現れないでしょうけど、そう遠くもない気がします。段階をどんどん上にあがっているように見えますもん。 / りぃな@未ログイン ( 2002-12-24 20:33 )
うちの子たちも、いまだやってます。GBで対戦したり進化させたり…?カードの類いで盗難や恐喝まがいのことをしたとか、懇談会で話し合ったなあ。どこまで親が介入するか?ってこと。。。親の感覚の差が現れて、面白かった…と言ったらおかしいけど、そういうことを成長の糧にできない親子が多くて疲れました。病んだ空気にやられてたのかな?^^; / akemi@未ログイン ( 2002-12-24 20:11 )
興味深く読ませていただきました。いえ,ゲームとかマンガって昔大好きだったもので(笑)ポケモン大流行してたのって私が中1の頃です。長続きしてるなぁ。当時は「すぐ終わるんじゃないの〜」と思ってたんですが・・・。・・・そういえばあのオープニングソングってアメリカでも健在なんでしょかぁ(笑) / みほ ( 2002-12-24 18:37 )

2002-12-24 Pokemon -Japanese Invasion- 3

「fad」をさらに広範なものにする要件である「伝播の促進」についてもポケモンの「特権的クラブ」という要素が有効に働いたと教授は説明した。伝播を促進するにはword of mouth(口コミ、噂話)が大きな威力を発し、これに有効なのはbuzz word(専門用語)の存在である。151匹のモンスターの名称やその特性を暗記した上でポケモン独特の用語を交えて得意げに会話をすることが特権性をさらに増幅したのだ。子供たちは遅れを取ることなくいち早くモンスターの名前や専門用語を覚え、口にした。そうしてポケモンはアメリカ中の小学校に伝播したのだ。

これは例えば2ちゃんねるの浸透を見ればよく分かる。その存在をろくに知らない者までがいつの間にか「2ちゃんねる用語」を見よう見まねで使い始め、これらの用語を正しく使うことが一種の優越感を生みさえする。そうして人から人へと特異なコミュニティ性が伝播した結果が、Yahoo! JAPANが先に発表したとおり検索ワード第一位「2ちゃんねる」という事態である。

しかし「fad」はその意味の通り一過性のもので長続きはしない。長続きさせるためには一時的な「パッション」を持続的な別の何かに変換し、「離脱者の回避」を図らなくてはならない。その方法は三つある。

一つめは「パッション」を「習慣」に変換する方法である。「パッション」の強度を敢えて弱めて「愛着」というレベルに落ち着かせ、コカ・コーラやマクドナルドのように好意的な習慣化を図ることである。誰にも熱狂的に愛されない代わりに誰にも嫌われない息の長いブランドの構築が可能になる。

二つ目は「パッション」を「絶対的なアイデンティティ」に変換する方法である。これは極端なブランド・アイデンティティを妥協することなく頑なに訴え続けることにより、好きな人はとことん好きだが嫌いな人はとことん嫌いという極化(polarization)を図るというやり方である。過激な広告により好き嫌いがはっきりと分かれるベネトン、嫌味なまでの富の象徴ローレックスがその好例である。この方法論は敢えてブランドを手に届きにくいものにするための何らかの障壁(イメージや価格)を設けるという、危険な賭けをともなう方法でもある。その代わり成功すれば、コアな崇拝者は決してブランドを裏切らないという効果を得られる。

三つ目は「パッション」を「ヒエラルキー」に変換し、顧客の中にピラミッド型の階層を創り出すという方法である。実はポケモンはこの方法を採用した。我先にポケモンに飛びついた子供たちは、誰もがポケモンをするようになってしまうと、当初の「パッション」を失いかねない。自分たちを特別な存在にしていたブランドが今や万人のブランドとなったことによって、彼らは特別な存在ではなくなってしまうからだ。そこでマーケターはコアなファンをその他大勢のファンより一段上に位置づけることを試みる。「裏技」などの仕組によりコアなファンの差別化を図ったのである。これによって実力に勝るコアなファンは自己満足を維持でき、残りのファンは彼らのようになろうと努める。ケースには書かれていないが、日本市場においてこの方法論はもっとはっきりしていた。任天堂とはそもそも関わりのなかったトランセル種市氏というポケモン・フリークをポケモン・エキスパートとして暗に認め、彼をヒエラルキーのトップに据えたのである。また任天堂はポケモン・リーグという大会を主催し、その優勝者のデータを商品に組み込んで、優勝者とバーチャルに争わせるという企画も実行した。

(つづく)

先頭 表紙

2002-12-24 Pokemon -Japanese Invasion- 2

そして伝説は誕生した。1998年9月に放映を開始したアニメの「Pokemon」は2〜11歳の子供の視聴率ランキングにおいて14週連続ナンバー1になり、同じ月に発売されたゲームソフト「Red」と「Blue」の売上は1999年末には1350万本に達し、過去の記録をすべて塗り替えた。カードの売上は400万枚にのぼり、手に入りにくいカードはブラック・マーケットで100〜400ドルで取引された。寝ても覚めてもポケモンのことしか話さない子供たちに不安を抱いた大人や学校は、学期中のカード遊びを禁止するほどであった。映画「Pokemon: The First Movie」の封切りの週の興行収入はいきなりタイタニックが樹立した記録を上回った。たった3年間で全世界累計70億ドルに達したポケモン関連のグッズの売上は、1959年から発売されたバービー、1977年からのスターウォーズ関連グッズの累積売上に次ぐ第三位にまで至った。

この授業の本質は、一時的流行に過ぎない「fad」と呼ばれる現象がどのようにして社会的に市民権を得る段階である「franchise」と呼ばれるステージに進みうるか、さらに一定不変の素材が定期的な衣替えを繰り返しそれが文化として受容される「platform」という次元に格上げされるには何が必要かを学ぶことであった。教授は「fad」、「franchise」という最初のふたつのステージに達するための必要条件として、「パッションの創出」、「伝播の促進」、「離脱者の回避」を挙げた。

消費者があるブランドにパッションを感じるためには、ブランドはその消費者を「自分は特別である」または「特別なグループに属している」と思わせる必要がある。常に大人によって与えられるばかりで、大人のつくった社会という体系の末端にしか位置していなかった子供たちに対し、ポケモンは、大人には容易に理解できない子供たち独自の規則性やコミュニティ性を付与した。親が知らないもしくは立ち入れない小さな世界を彼らは初めて手にしたのだ。子供たちは大人ですら悩んでしまうほど複雑多岐な情報を迅速に処理し、その世界を泳ぐ術を身につけた。子供たちは大人を排除した「特権的クラブ」に属し、同様に子供たち自身もポケモンのカードやゲームを手にしなければそのクラブには入れなかった。こうしてポケモンは子供たちのパッションを創造し、まずは「fad」になり得たのだ。

子供の頃僕は近所の森で友達と一緒に大きなほら穴を見つけたことがあった。現実の家と比べればはるかに小さくて薄暗かったけれど、そこは僕たちだけの別世界だった。そんなところに住めるわけもないのに家からマンガ本やその他自分が大切にしていたおもちゃを持ち運び、現実の生活とは別の生活を創ろうとした。子供にも自分たちが統治する別の現実が与えられるとき、それは彼らを夢中にするのだ。

ポケモンの独自の世界観や特権性は現代の日本においてさらにその効果を増幅したのではないかと、自分なりの考察を書いたメールを授業の後で教授に送った。受験戦争、いじめなど特有の社会的プレッシャーのもと、日本の子供たちはアメリカ人以上に早い段階から大人のつくった社会体系に属し、競争することを強いられている。必然的な現実逃避の行き先が、ポケモンに代表される非大人的でバーチャルな世界なのだ。その小さな世界の中には数百のモンスターという構成員がいて、彼らの間にはヒエラルキーも存在した。そしてこうした非現実を通じて、現実の世界で互いに絆を失った子供たちは再び結ばれ、ある種異質な友情を育むことができるのだ。そして時としてそこには病的な要素も含まれる。

(つづく)

先頭 表紙

2002-12-24 Pokemon -Japanese Invasion- 1

1999年11月、出張でニューヨークを訪れた僕は五番街で信じられない光景を目にした。ポケモンのキャラクター、ピカチュウが巨大なビルの壁一面を飾り、マンハッタンを見下ろしていた。場ちがいとかそんなことは通り越して僕は一種の感慨をもってその光景を眺めた。それがポケモンのアメリカにおけるテレビ放映権、映画化権を取得したワーナーブラザーズのショップの入ったビルだということは入ってみて初めて分かった。ポケモン絡みの人形や衣類、カードやゲームが溢れ、子供に手を引かれた親たちがフロア中に充ちていた。Japanese invasionという言葉が去来した。

もう三ヶ月ほど前のことになるが、Consumer Marketingの授業でポケモンのケースを取り上げた。ソニーのAIBOにつづくふたつ目の日系ブランドのケースである。

1996年2月に任天堂によって発売されたゲームボーイ用ソフトの「赤」と「緑」がその年末には合計1000万本以上の売上を記録し、10月に発売されたトレーディングカードも好調に推移していると聞き、Nintendo of America(NOA)はアメリカでの商品化を検討しはじめた。数万本の売上でもヒットと呼ばれるゲーム業界で当初の目標の10〜20万本をはるかに上回る驚異的な数字に促された形だった。しかし関係者の間には強い懐疑心があった。単純明快を旨とするアメリカのおもちゃ業界でこれほど高度で複雑なゲームが受け入れられるのか。子供たちは文章を読み込む必要があり、計算や論理的思考が求められ、ゲームのコンセプトは知的で幻想的だった。そしてアメリカの子供たちが常に求めていたスピードや鮮やかなグラフィクスが欠けていた。迫力ある音もなければ暴力的要素もなかった。

しかし日本を訪れるたびにポケモンブームがさらに勢いを増し、これまでのあらゆるブームを凌駕するさまを見て、NOA関係者は「日本とアメリカで子供はそんなに違うものか?」と自問するようになった。決定打となったのが1997年11月に任天堂が開催した「スペース・ワールド・ショー」だった。幻のモンスター「ミュウ」をダウンロードするために何千もの日本の子供たちが列をつくっている姿を見て彼らのひとりはつぶやいた。「もう否定するわけにはいかない。これ以上様子を見守るにはポケモンは既にあまりにも大きすぎる。これはアメリカでも必然的に起こるべきことなのだ」

とは言えポケモンの「翻訳」作業は緻密な戦略性を要した。NOAは英語でも意味をなすべくモンスターの名称を巧みに意訳する一方、全体の三分の一程度のモンスターは「クールで日本的な趣のある」元の名称をそのまま採用した。日本でのキャッチフレーズ「ポケモンゲットだぜ」に対応する「Gotta Catch’Em All」というフレーズを開発しコレクション性を強調した。キャラクター同士の関係性やポケモンの世界観を描くために日本で製作されたアニメを放映することは絶対条件だった。しかし台詞をそのまま訳すことは文化的に意味をなさないため、ほとんどすべてをリライトする必要があった。

(つづく)

先頭 表紙

2002-12-17 二年生秋学期終了 3

Business Marketingは通常の試験形式だった。この授業はBtoBマーケティングを学ぶ授業であり、内容的には極めて心躍らない商品に関するケースばかりであった。スウェーデンのエレベーター・メーカーのマーケティングとか、木材などを束ねるためのスティール性の素材のマーケティングとか。とても簡略化した言い方をすれば、自社の優位性に合った正しい市場を選び、正しいターゲットをセグメントし、それに照らして正しい商品を開発して売るために、正しい価格政策と正しいマーケティング戦術を、正しいディシジョンメーカーにぶつけるという整合性を学ぶ授業である。しかし後から痛感したのだが、うちの会社は偉そうにクライアントにマーケティングを語っておきながら、顧客管理を含めた自らのBtoBマーケティングができていないというのが現状だ。社全体としてのビジネスの効率を考えるためにももう少し我慢して真剣に授業に臨めばよかったと反省している。

試験の内容を簡単に書くと、製薬会社の販売代行員用の顧客管理ソフトを開発する企業が、アメリカ・ヨーロッパ・日本という性格・状況の異なる市場に合わせて現在の販売政策をどのように改めるか、また販売に関わる複数の職種が存在するが、現在の作業内容・クライアント社内各部署の思惑・今後のビジネスチャンスといった要素を擦り合わせるとどのような新しい作業体制が望ましいかを提言するというものだった。書き出すとあまりに複雑怪奇なので書かない。

そして最後にManagement in Perspectiveという授業の自宅での試験。これは楽勝だった。もともと楽勝科目ということでひとつくらいは息を抜きたくて取った授業なのだ。うちの学校を卒業して現在経営者となった人たちをゲストスピーカーとして招き、ただただ2時間質疑応答を続けるという授業。試験は5つの質問から3つを選び、合計1000ワード以内で回答するというもの。僕が選んだのは、我々は仕事、家庭生活、趣味などすべての興味を追い求めることができるか、若い経営者が自分より年長の役員、パートナー、投資家などと仕事を進めるときに大切な要素は何か、複数の企業が合併するとき異なる企業文化をどのように扱うべきか、という3問であった。これも解答は割愛。

一年生のときと違って論文がかなりの部分を占めたことにより、ネイティブと同じ条件で短時間にかなりの英文を読み数千ワードに登る回答を書くという試験による消化不良が少なくて済み、とても充実した解答になった。これで駄目なら諦めもつく。

ということで待ちに待った一ヶ月の冬休み。クリスマスはメイン州のかつてのホストペアレンツたちと祝い、その後正月にかけてオレゴンに留学中の妻の従妹が台湾人の友達とともにうちに遊びに来て、正月開けには僕はシチリアへ一人旅に出かける。予定もすべきこともたくさんあるけれど、できるだけ面白かった授業などを振り返り、日記をアップしたい。

先頭 表紙

わかな!ごめん。つっこみ返すの忘れてました。もうとっくにNYだよね。早くて料理を食べさせてあげたいのになかなか機会がないね。こちらも休みに入ってからすぐにお客様とか色々あって忙しくなってしまいました。ボストンにはいつ帰るのかな?年始にでもぜひ何とか実現したいですね。 / Hidey ( 2002-12-27 00:14 )
りぃなさん、お疲れ様でした。ご無事で安心しました。NYはどうだったかな?また改めて例の件は日記に書かせていただきます。とりあえずゆっくり休んでくださいね。メリークリスマス! / Hidey ( 2002-12-24 18:03 )
マイケルさん、僕は出張で二度バルセロナに行きました。港のそばで「バルセロナの夜」、たっぷり堪能してきましたよ。唯一の難点はオリーブオイルがちょっと濃いということかな。3日いると胃が辛くなります。やはりイタリアのほうがあってるみたい。 / Hidey ( 2002-12-24 18:02 )
あややん、同じだね。僕はレンタカーで、気に入った村があればそこに泊まるという感じ。最悪車でも寝られるし(?)。だからホテルもひとつも予約していません。また色々報告するね。 / Hidey ( 2002-12-24 17:59 )
しゃどうさんはお休みはもっと少ないのでしょうか?ほんとにもうすぐ卒業。そんな気持ちで街を見ているととても悲しくなります。とにかく充実させないと。 / Hidey ( 2002-12-24 17:57 )
whitecatさん、いらっしゃいませ。お久しぶり。長い休みな分きちんと充実させて、皆様にもいいご報告をしたいと思います。 / Hidey ( 2002-12-24 17:56 )
Ecruさん、ありがとうございます。すでに気楽に遊んでいる、と言いたいところですが、なんだかんだでやること一杯。今も朝4:00です。 / Hidey ( 2002-12-24 17:54 )
夢樂堂さん、でもこれからの社会ではきっと必要なことになるでしょうね。日本の文化とはなかなか相容れないので副作用も大きいでしょうけど、正しい経営には不可避なんでしょうね。 / Hidey ( 2002-12-24 17:53 )
azzurriさん、続きです。企業文化とは企業の求める価値観と、その価値を達成する方法論、その両方においてどれほど社内的な合意があるかによって定義されます。複数の企業が合併するということはそれらの合意がなくなるということ。再び合意に達するためには、価値観については違う価値観の人間をやめさせたりまたは敢えて部署などを分割することで同じ価値観の人間を集めるしかありません。方法論についてはトップの指示した方法論が成功体験を重ねることによって合意を得ることが可能になります。 / Hidey ( 2002-12-24 17:52 )
azzurriさん、簡単に書きましょう。すべての興味ということについては、生産管理においてAPPという、限られたりソースを計画的に配分する方法論があるのですが、それを応用すべきと書きました。優先順位をつけて計画的にことをなすべきと。若い経営者については、絶対的な才能をもっていなければならないこと。その才能とは、theoreticalなマネジメント能力、絶対的な技術的expertise、またはvisionaryという三種類。それぞれにおいて必要な組織の形態、人材の種類がことなるということ。 / Hidey ( 2002-12-24 17:47 )
ライラックさん、シチリア旅行は全然かっこよくないんですよ。妻の友達がその時期家に来ることもあって半ば追い出されるようなものなのです。シチリアは以前も書いたことがあるのですが僕がイタリア人になりたいと心に決めた場所です。でも訪れるのは12年ぶり。グレートブルー、味わい尽くしてきます。 / Hidey ( 2002-12-24 17:40 )
つっこみ途中で失礼します。無事に帰国しましたことを、お知らせします。家に着いたら、またメールしますね。本当にありがとうございました。 / 今母が来ました、のりぃな@関空 ( 2002-12-24 17:39 )
しゃむさん、はい、ファイナルです。論文は充実する分相当疲れました。試験だと受けている間の4、5時間は辛いけどあっという間に過ぎていくし、大概オープン・ブックなのでほとんど試験勉強はしないし。そう、あと実質4ヶ月学校に通ったら卒業なのです!こわいこわい。やるべきことをちゃんとやっておかないと。 / Hidey ( 2002-12-24 17:37 )
akemiさん、ひとり旅、ゆっくり楽しむと同時にイタリア人化計画の一環ですから、さらに歩を進めないとね(笑)。義理のお母様がそのように郷愁を感じさせてくれるというのは幸せなことですね。akemiさんこそ一年分の疲れを少し癒してきてください。 / Hidey ( 2002-12-24 17:34 )
こちらは半年後のアンダルシア旅行計画に命賭けてます。Hideyさんはスペインに行かれたことは? / マイケル ( 2002-12-23 06:25 )
お疲れ様でした!しばし魂の休息ですね。シチリア、私も一人旅しました。「ここの景色が気に入ったから」と電車を降りたりする無計画な旅だったけど、一生忘れられない。北の方で食べるのとは全然違うアランチーニを是非。 / あやや ( 2002-12-22 11:12 )
私も今日やっと終わりました・・・!嬉しい! / わかな ( 2002-12-19 14:41 )
いいなぁ、一ヶ月も冬休み〜。って、羨ましがっててもしょうがないか。今までの分も含めて、たくさん楽しんで下さいな。とうとう、三学期目も終ってしまいましたね。あと、もう少しで卒業ですね。なんだか感慨深いです。 / しゃどう ( 2002-12-18 18:02 )
ランダムジャンプで来ました。あっ、お久しぶりです。(笑) 試験が終ったのですね。お疲れさまでした。 1ヶ月の冬休みか・・・。いいな〜&懐かしい。(遠い目) 体に気を付けて、休みを楽しんで下さい。 / whitecat ( 2002-12-18 00:34 )
お疲れさまでした。やるべきことをなした後の休暇、きっと晴れ晴れとしたお気持ちと思います。どうぞ楽しい休暇をお過ごし下さいね。 / Ecru ( 2002-12-17 23:18 )
この前のノーベル賞の記者会見で、田中さんに『先輩たちに対するアドバイスは?』という質問が出ていました。リスペクトもしながら何か口を挟まなければならない状態、やはり遠慮してしまいそうだ。 / 夢樂堂 ( 2002-12-17 16:59 )
Hidey様が解答を割愛された内容にも興味津々ですが、さまざまな国の人とディスカッションをしながら、ひとつのものを作り上げていく事や興味深い授業内容、そこへ行き着くまでも大変ですが、その後も本当に大変なんですね。それでも学んだ事は公私共に自分自身にかなりのプラスになりそう、、、とにもかくにも疲れ様でした!シチリア旅日記も楽しみにしています♪ / azzurri ( 2002-12-17 13:24 )
して、やはり最後は地域密着型ですか(笑)。それにしても最後のシチリア一人旅のオチまで・・本当にどこまでもカッコいいんだから・・・(笑)。シチリア・・・グレートブルーの世界に憧れる私にはまたしても涙が出そうなほど羨ましいですよ!!頑張った者だけが勝ち得るとっておきのリゾートタイムですね。そこらヘンが普通の旅行者とは違うところ。う〜ん、すごい! / ライラック ( 2002-12-17 09:14 )
ファイナル(というのかな?)お疲れ様でした。楽しみがたくさん待っていますね。来年になるともうすぐ卒業という気がしませんか?あっという間ですね。 / しゃむ ( 2002-12-17 02:51 )
ひとり旅〜〜〜♪素敵ですね。たくさん楽しんできてくださいね。難しい試験を終えたんですからのんびりと。^^ お正月はあたしも楽しみ。2年ぶりの里帰り・・ってあたしの里じゃないんですけど。。。田舎の山々はそこに育ったわけでないあたしにも郷愁を感じさせてくれるのです。4人の父母のうちもう群馬のかあちゃん、しかいないのだし。 / akemi ( 2002-12-17 01:00 )

2002-12-17 二年生秋学期終了 2

Consumer Marketingは教授がざっくばらんな人で、ペーパーはきちんと纏まっていれば3ページ程で構わない、その時間をむしろ課題の検討に充ててほしいとのことだった。メキシコ人のRodrigo、Javierと三人で提出したペーパーは実に50枚近く。教授とは事前に話し、このテーマなら細かくなっても仕方がないという了解の上でのことだった。

広告をするにあたり、商品の属性、市場環境、ターゲット、マーケティング課題といった与件から、どんなメディアをどのように使えばよいかを引き出す「方程式」をつくるというのが二人のパートナーが設定したテーマだった。コンピューターを使って定量的にメディアの最適化を行う「オプティマイザー」と呼ばれるシステムと、それがカバーできない定性的な分析を交えて理想的なメディア・プランを構築するという方法論を探った。しかし正直なところプロとして言わせてもらえば「方程式」など存在せず、個々の与件から「傾向」は引き出せても「正解」は引き出せないものなのだ。というのはあまりにも与件はケースバイケースであり、それに応じてメディアの使い勝手も変わり、予想もしなかったメディアを創造的に活用することでとんでもない効果を生み出したりできるものなのだ。だから方程式のもとになる媒体特性の正しい洞察、経験的成功例などを詰め込んだ人間の頭脳という「ブラックボックス」こそが創造的メディアプランの源になり、そのプランを定量分析ツールであるオプティマイザーと照合して補正するというのが常道である。

しかしよくも悪くもMBA的分析というのは便宜的にすっぱり結論を導くツールをいかに効率的に活用するかというのがその大きな特徴である。極めてアメリカ的な合理主義で、時間をかけず近似値を求めるという意味においては優れた方法論である。それがアメリカ的ビジネスの成功要因でもあり詰めの甘さでもある。いずれにせよ二人のパートナーは広告については素人ながらMBA的思考そのままのアプローチをしようとしていた。文化的な相違を噛みしめながら、まあ無謀ではあるが個人的・文化的テーマとして取り組んでみるのも面白いし、プレゼンテーションとしても「方程式」があった方が見栄えもいいだろうなとも思い、パートナー達と激論を重ねながら辛抱強く理想と現実のギャップをできるだけ埋めてみた。その結果が妥協を許さない50ページとなったのだ。しかし何より素晴らしい二人の仲間と一ヶ月以上にわたり議論を繰り返し、ペーパーとは関係ない四方山話をし、Rodrigoの家にも遊びに行けたのは嬉しかった。

ペーパー提出の前日には、ペーパーの概要をクラス全員の前でプレゼンテーションすることになっていた。各グループ5分という制約もあったので、「方程式」は概念だけを程々に紹介し、実際に「方程式」に合致した過去の成功事例をいくつか見せた。アメリカの過去の事例はなかなか入手できないし僕も知識がないので、日本から僕の知っている事例をFedExで送ってもらった。96年に日本ビクターがオンエアして一斉を風靡した「No, that’s video!」と言ってペンギンが踊りだすポケット・ムービーのCMを見せ、「動き」という属性をもつ商品を最大限効果的に見せられるのはテレビであるという例を示した。また雑誌「MORE」における資生堂のリップスティックのサンプリング広告を見せて、テスティングが不可欠なリップスティックの商品特性と加工性のある「紙素材」という雑誌のメディア特性には、これ以上ない合致があることを説明した。まあ当たり前のことばかりだが、確かにこれらはオプティマイザーにはうまく反映されないことなのだ。

(つづく)

先頭 表紙

Ecruさん、そうですね、多体問題という側面もありますね。概して広告の仕事は複雑系ですから。そんなとき人間の頭ってバカにできません。うまいことバランスが取れてるし。でも勘だけでは駄目駄目なので、限定的にでも因果関係がきちんとわかる定量ツールを併用して補正してやることが重要です。 / Hidey ( 2002-12-24 17:31 )
ガス欠コインさん、ビクターのあれですが、はじめソニーかと思っていて探すのに苦労をしてしまいました。企画プロダクションで優秀なところになると一時期同業種4社が集中したとかで、それこそ戦略を扱う話なのに大変危険ですね。でも機密さえ守られれば同じ業種を多角的に扱うことでより深い知識が蓄積できるし、クライアントもそれを活用できるのですけど。節度のあるナレッジマネジメントが求められていると思います。 / Hidey ( 2002-12-24 17:28 )
ライラックさん、現実においてもアメリカの広告代理店のメディアプランのやり方は限定的な状況を区切ってその中での最大効果を割り出しているようです。日本の代理店はより包括的な効果を求めるので、非科学的な領域が残っても、その分より高い次元で効果を考えたプランだったりします。議論は一つひとつ例示をしなくてはいけないので大変でしたが、それなりに楽しめました。 / Hidey ( 2002-12-24 17:24 )
多体問題になるわけですものね、いろいろ分析はできても、解を求めるのは難しそうですね。あのビクターCMは、とても印象に残っています。 / Ecru ( 2002-12-17 23:16 )
なるほど、ビクターのあれを例に出しましたか。確かに、印象に残るTV-CFですね。僕自身も、もはやあぐらをかいて、仕事の受注を待ってコピーを書くという立場ではなくなりつつあるので、大変参考になります。僕が以前いた会社は、クライアントが株主になっている特性上、一業種一社を貫いていましたが、フリーランスになってから、特にカメラマンは、一業種五社ぐらいの奴もいますね(笑)。でも確かに、この世界、明確な方程式は存在し得ないと思います。 / ガス欠コイン ( 2002-12-17 14:18 )
そうなんですか、やっぱり一見、効率的に見えるアメリカ的合理主義のメディアプランだけでは必ずしも正確な市場は狙えないっていうことなのですね。そう言った意味では様々な国から集まった学生さんと成功した過去の事例をあげながら辛抱強く激論を交わすというのはお互いに刺激的で面白そうですね!実際は相当大変なんでしょうけれど、こうして後で読ませて頂くとカッコいいな〜、Hideyさんて! / ライラック ( 2002-12-17 09:08 )

2002-12-17 二年生秋学期終了 1

一昨日の午前にテイク・ホーム形式(自宅受験)のManagement in Perspectiveの試験が終わりようやく二年生の秋学期が終わった。冬休みもたくさんやることがあるけれどとりあえず一息。恒例で純粋に自分の記録のため試験の内容を軽く振り返ってみたい。

Globalization and Strategyでは前にも書いたようにうちの会社の国際化について15ページのペーパー(論文)を書いた。日本で調査したりネットからプリントした1000枚にも及ぶ膨大な資料が片付ける間もなく部屋中に散乱した。社は海外のメガ・エージェンシー来襲から日本広告市場を守り、同時に国内クライアントの国際化に伴いグローバル・ネットワークを拡充する必要があった。そこでこのたびようやく纏まったフランスのエージェンシー・グループとの提携をいかに活用するかが問われていた。

グローバル企業のブランド・マネジメントにおいては、ひとつの代理店が世界共通で行うべきという「グローバル・アカウント」という概念、また例えばコカ・コーラの広告作業を請け負っている代理店はペプシの仕事ができないという一業種一社制度が、広告業界のグローバル・ルールである。これに対して日本だけは歴史的な経緯もあり、例外が適用されているほとんど唯一の市場となっている。こうしたグローバル・ルール、ローカル・ルールの「ねじれ」をうまく利用していかに長期的な利益構造を確立するか、そのために今回の提携をどう戦略的に使うか、ということについて書いた。これ以上の話は差し控える。

Building a Sustainably Successful Enterpriseを担当する二人の教授のうちの一人はClayton Christensenという、企業のイノベーションをテーマにしたジェネラル・マネジメントの権威として世界的に有名な教授である。そして以前にも書いたとおり僕が教わったのは彼ではない方の教授だった。この教授はとても柔和でいい人なのだけれどどこか粘着質的なところがあり、それ程注目されているわけではない自分の研究テーマにこだわって授業をするところがあった。まあ教授というものは皆そうなのかもしれないけれど。彼が来年の3月に出版する「Open Innovation」という著作は、企業がイノベーションを生み出すソースとしてのR&Dは自社内に存在する必要はなく、むしろ社外のリソースを活用することも含めた柔軟なビジネスモデルこそが成功の鍵だという、まあもっともなご説である。

期末が近くなってくると、ペーパーの参考にしてくれと出版前の原稿をせっせと我々に配っていたので、これは余程それに絡めて書いてほしいのに違いないと思い、姑息にも彼の論理に則ったうちの会社のビジネスのあり方、課題解決の方法論を書いた。でも実のところ広告ビジネス、とりわけうちの会社のビジネスモデルは「Open Innovation」の権化のようなものであり、社内的なリソースなどクリエーティブやマーケティング戦略くらいで、あとはほとんどすべて社外が頼りなのだ。授業ではR&Dということでハイテク系のメーカーの話に終始していたので、広告の世界に彼の理論を当てはめ、うちの会社の社外リソース統合型ビジネスモデルがいかに従来的・国際的な広告ビジネスモデルより優れているかを論じた。うちの会社の「Open Innovation」の前提条件はいわゆる「規模の経済」と「範囲の経済」なのだが、つい数週間前に発表されたばかりのライバル企業の経営統合により、これらの優位性は崩壊する可能性が出てきた。そんな中、さらにうちの会社が「Open Innovation」を有機的に活用し持続的優位性を保つための戦略を提示した。これも詳述することは避けたい。

(つづく)

先頭 表紙

ライラックさん、きちんと読んでくださってありがとうございます。日本でグローバル・アカウントが通用しないのは一応日本の代理店が巧みに媒体との関係づくりをしてきたことと、戦略に沿って広告を作ってメディアに乗せるだけでなくあらゆるマーケティング要素を統合した形のサービスをクライアントに提供してきたことからです。一応努力の賜物。でも下位の国内代理店が外資代理店グループと提携することによってこれまでの障壁がなくなる可能性が出てきています。 / Hidey ( 2002-12-24 17:21 )
今までMBAの全貌って全然わからなかったけど(勿論、その為の基礎知識も何もない訳ですけれど(笑))Hideyさんの日記に触れてとても興味深く読み入ってしまいました。日本がグローバル・アカウントが唯一通用しない国でありながら、それが代理店業界でなんとかまかり通っているのはそれだけ市場のチャンスも大きいからなんでしょうね。だからと言って広告業界はそれにあぐらをかいている訳にもいかないんですね・・・。具体的戦略を書けないのは当然でしょうけれど、Hideyさんの提言も興味あります!(笑) / ライラック ( 2002-12-17 08:39 )

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