ずっとわからなかった。
その人は何故、いつも怒っているのか。
自分の正義が通らないとか。
信じているものが肯定されないのが悔しいのか。
そんな事なのかなと想像していたけど、いざ自分がその矢面に立たされると「わからない」怖さで、その人をさけるようになった。
最近、ようやく腑に落ちた感じがした。
その人は、いつも「期待して」「比べて」「裏切られたと思って」憤っていたのだと。
その人はいつも娘に言っていた。「あの子に負けないように頑張りなさい!」と。
私がその事に気が付いたきっかけが、TVで見た「嫌われる勇気」という本の紹介。
その新聞広告はこんな感じ。
1.怒りとは出し入れ可能な道具である。
2.他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない。
3.自由とは他者から嫌われることである。
わかるわかるわかる。
私は他人に過度の期待はしない。
私は他人と自分を比べない。
娘を他の子と比べない。
自分が好意を寄せた人には好かれたいけれど、全ての人に好かれたいと思ってはいない。
嫌なこと、つらい事があるからこそ、楽しい事ラッキーな事を喜べると思っている。
そして手っ取り早く物事を解決する(コントロールため)に娘には怒って見せたりする。
幸せのハードルが低い。
って昔から自分を評価していたけど。
結局、それは、物事の基準があくまでも自分で、それは絶対評価であって、人と比べた相対評価じゃないからなんだなと理解した。
※水産関係のお友達から頂いたぷりっぷりのあさり♪ |