母が言う。
「『病院の飯はまずくて食えない。』とか騒ぐの。だから昨日も往復14000円もタクシー代をかけて、たった1500円のお蕎麦を食べに、わざわざ恵比寿まで出かけたのよ。天ぷら一本と蕎麦5本くらいしか口に入れられなかったのに。」。
「毎日病院に通って疲れてたから、ちょっとしたことでケンカしちゃったのよ。そしたら『お前には一銭も渡さない。俺の稼いだ金だから俺が全部使う。』とか言うの。だから、『ただ、ありがとうって言って欲しかっただけなのよ。お金なんていりません。』って言い返しちゃった。」。
「洗面所を汚したり、看護婦さんを怒鳴ったりして、同室の人から苦情が出てね、個室に移されちゃったの。本人は『一日何万円も余計にお金がかかるからイヤだ。』って言ったんだけどね。それこそ病院から追い出されたらもう行くとこないもん。」。
風邪をひいていてお見舞いに行けなかった間に、母から聞かされる言葉は気が滅入るものばかりだった。
それでも。天井ばかり見ていた父が、毎日のように外食に出かける気力を出しているなんて凄いじゃん。なんて暢気に思ってたけれど。
昨日、3週間ぶりに病院で見た父はまるで幽鬼のようで驚いた。
痛み止めの、強い薬のせいで異様な光を放つ目。
頭の形まで変わってしまうくらいやせ細ったその姿。
歩くのを面倒がっているうちにすっかり筋肉の落ちてしまった足。
毎日、外食?
それは執念としか言いようのないものなんだと思った。
往生際が悪い。昔から知っていた言葉だけど。こういうことを言うんだなと実感した。
頑固で、支配的で、だから、ずっと嫌いだった父。
私は父に優しくされた覚えがない。
最後くらい、良い人になってみてよ。そう願うこちらの思いとはうらはらにますます「わからんちん」になって行っている。
だから父には同情はしない。
ただ。私はその父の血を確かに受け継いでいる。
父のようにならないとは限らない。
そのことで落ち込んだりはする。
そんな父なのに。
身内はみんな振り回されてイライラしているのに。
手を握りながら、孫のI(あい)だけは訴える。
「早く元気になって。」
それも涙ぐみながら。一所懸命に。話しかける。
その横で母がいらぬ口を挟む。
「早く元気になってもらって、がちゃぽんをさせてもらいたいのよねー。」。
「違うわ。おじいちゃまとまた一緒にいっぱい遊びたいの。だから早く元気になって欲しいのよ〜。」
I(あい)は父の病名を知らない。思わず貰い泣きしそうになった。
私たちが帰った後に父は言ったそうだ。
「I(あい)が一番かわいい。娘より可愛い。」。もちろん、妻よりも。
そんな父でも。慕ってくれる孫がいるのは救いだなと思った。
※もうひとりの孫。この日も父の足許でわけもわからずじゃれていた。 |