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Hideyの「蛍の光の下で」

帰国に伴い長い間ご愛読いただいたこの日記を終了させていただきます。
もうこのサイトに文章を綴ることはありませんが
もしこの先もおつきあいいただけるようであれば
メールをいただければ幸甚です。
皆様、本当にありがとうございました。お元気で。

絵日記

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2002-06-28 アメリカを母と歩く
2002-06-19 Japan Trekご報告 15
2002-06-19 Japan Trekご報告 14
2002-06-19 Japan Trekご報告 13
2002-06-16 Japan Trekご報告 12
2002-06-16 Japan Trekご報告 11
2002-06-16 Japan Trekご報告 10
2002-06-11 フィー子家にて日本対ロシア観戦
2002-06-09 夢のオフ会
2002-06-08 Japan Trekご報告 9


2002-06-28 アメリカを母と歩く

母について書く。いつも何かしら忙しそうに手を動かしている人。生真面目なところがかわいくて家族中にからかわれては生真面目に怒ってしまう人。そして僕が自分の良心を信じられなくなったとき、自分より人を慈しむ大切さを教えてくれた人。4年前からミラノに住む妹に続き昨年僕もボストンへ移ったため意を決してパソコンを購入、電子メールを覚えた。たどたどしく時間をかけたあとの見える文章がこまめに送られてくる。実はこの日記も楽しみに読んでくれている。

その母を連れてニューヨークを廻りボストンへ戻った。父は都合により来られず、日本への帰り道の不安があるため伯母が付き合ってくれることになった。父は酒が入ると時々遠い目をしてニューヨーク出張の思い出を話すことがある。仕事ではなく彼が二度見たというブロードウェー・ミュージカルの話だ。僕もブロードウェーは何度か訪れていたので話が合うが、アメリカへ行ったことのない母だけは羨ましそうに二人の会話を聞いていた。だから母にとってニューヨークの象徴はいつもミュージカルだった。その母のために僕はミュージカル「キャバレー」のチケットを取った。

二次大戦前のベルリンのキャバレーを模した劇場の一階席はすべて丸テーブルにスツールで、女性が酒の注文を取って廻る。酒をあまり飲まない母は何も注文せず、僕はジャック・ダニエルのロックを頼んだ。母のために事前にネットであらすじを調べ翻訳した。忍び寄るナチスの足音、ユダヤ人の苦難、境遇の異なる男女の哀しい定めを描いた傑作で、キャバレーの歌姫サリー・ボウルズの妖艶さと狂言回し役であるエムシーの皮肉っぽい滑稽さが作品の味わいを深める。ステージから10メートル足らずの席には役者の熱がじかに伝わり母も大変感激していた。終盤でのサリーの「キャバレー」の独唱には胸が締め付けられた。1930年代の世の中の悲哀がこもった歌声だった。

母はボストンへ来ることも非常に楽しみにしていた。息子がどんな街のどんな家に住みどんな学校に通いどんな苦労をしているのか、これからの僕の話を読み、聞くにつけ正しい想像ができるようにその目で見ておきたかったと話していた。その通り僕は母と伯母を連れてボストンの美しい街を廻り、威厳あふれる学校を案内し、僕の部屋の本箱を埋め尽くすケースブック、二つの目覚まし、仮眠用のベッドを見せた。妻が仕事で日本に戻っていたこともあり、母はあれこれと料理を作ってくれた。落ち着かないから、と彼女は言って、家にいるのと同じにまめに動きまわった。

僕が高校でホームステイをしたメイン州の家庭にも母と伯母を連れて行った。アメリカの両親は1985年の正月に日本の僕の家を訪れたので、母とはそれ以来の再会になる。再び会えたことを三人は喜び抱き合った。僕が十八の歳を過ごした部屋、僕が当時描いて今も壁に飾ってくれている絵などを見、母は感慨深そうにしていた。そして豊かな自然とともに穏やかに生きる老夫婦を見て、こんな生き方もあるのねと呟いていた。

空港に母と伯母を送り、再び一年分の別れを惜しんだ。家に戻り母が律儀に畳んでいったシーツやタオルを見つけ、心に穴があいたように感じた。溜まっていた用事を片付け、前から観たかった映画をテレビで観、気がつくと夜11時で夕食もまだ取っていなかった。冷蔵庫を開けると母が余分に作ってくれていた切干大根があった。少し甘い懐かしい味がした。束の間の里帰りがひとくちごとに終わっていくのを感じた。

先頭 表紙

Rさん、そんな初めから夏の予定に入れなくても(笑)。。。でも13歳で親元を離れるってどういうことなのか、僕には容易に想像できません。今そのときの分愛おしさが増してらっしゃるのでしょうか? / Hidey ( 2002-07-04 02:12 )
パンドラさん、お一人で住んでらっしゃるというのも大きいのでしょうね。僕は妻に助けられてますから。余計な指摘だったらごめんなさい(笑)。 / Hidey ( 2002-07-04 02:09 )
むらりょうさん、僕もフランス語と美術だったのです。気が合いますね。勉強は最近だらけてしまってお留守です(笑)。 / Hidey ( 2002-07-04 02:08 )
Emikoさん、きっとそうなんでしょうね。Emikoさんだから読み取れるものがあるのだと思います。でもEmikoさん、息子の母を思う気持ちは分からないでしょう(笑)。ずっと先にEmikoさんの二人の息子さんも僕の気持ちを共有することになるでしょう。 / Hidey ( 2002-07-04 02:06 )
↓PAOさんへ。 / Hidey ( 2002-07-04 02:04 )
結婚してしまい、それも海外暮らしということでなかなか機会のない親孝行ですのでベストは尽くしたつもりです。お蔭で少し疲れて母と伯母が帰った後は寝てばかりいました。 / Hidey ( 2002-07-04 02:04 )
最初に親元を離れた13歳の頃には感じなかった母への恋しさが、年をますごとに強くなります。母の味、は一生ものですよね。おかげで?夏に日本にいる間に太るわたし…。 / R ( 2002-07-02 08:45 )
いつまでも大切なお母さま。 ワタシはまだ実家と離れて2年すこしなのに、たまに会ったあとの別れがだんだんつらくなっていて。 この前は不覚にも涙してしまいました。 Hideyさまの笑顔のむこうに、優しいお母さまを想像しています。 / パンドラ ( 2002-07-02 07:01 )
私はフランス語、美術でB組でした。同窓とは言え、その後の努力でMBAにチャレンジする人と雲泥の差が出るのですねぇ。 / むらりょう@激!後悔の涙 ( 2002-07-01 19:17 )
お母様がリネンを畳まれた気持ちが痛いほどよくわかります。きっと母親にしかわからない心境のようなものが・・・どのように説明していいのかわかりませんが本当にお母様はHideyさまのこと大切に大切に育てていらしたんですね。 / Emiko ( 2002-06-30 23:41 )
わたしはどうも照れもあるのか、親になかなか私の生活を垣間見せてあげることもできません。   親孝行してあげられましたね。 / 走る酔人(PAO) ( 2002-06-30 14:30 )
たらママさん、親の心境はまだ僕にはよく分かりません。やはり子供がいないと本当には大人になれないような気がして少し悲しいです。Maine州の車のプレートの下にはよく"The way life should be"と書かれています。 / Hidey ( 2002-06-30 09:07 )
夢樂堂さん、切干大根美味しかったです。アメリカの両親は色々な意味で僕の人生を変えてくれました。一生の恩人です。 / Hidey ( 2002-06-30 09:03 )
reiさん、以前の日記でそのお話書いてらっしゃいましたよね。その日記を読んで僕はひまじんというサイトはいいサイトだなと思い日記を書き始めました。これからもご両親を大切にね。で、母も伯母も無事に家に着きました。ご心配ありがとう! / Hidey ( 2002-06-30 09:01 )
akemiさん、妹さんのお話、ぐっときました。これからも親を大切にしたいと心から思います。 / Hidey ( 2002-06-30 08:59 )
むらりょうさん、同じ高校大学なのですね。大学に関してはむらりょうさんの誰かへのつっこみで存じていたのですが。。。いまだに大好きな母校です。僕はC組でした。 / Hidey ( 2002-06-30 08:58 )
むらりょうさん、ぜーんぜん鼻高々なんかじゃないですよ。いっぱい間抜けなことして苦労かけてるし。でもむらりょうさんのお母様同様愛してくれていることは事実のようです。心配かけないようにあと一年過ごさないと。 / Hidey ( 2002-06-30 08:56 )
プルーさん、戻りました。やはりボストンは落ち着きます。NYでは摩天楼の間をうろうろしつつプルーさんもお元気に働いてるかなーなんて考えてました。キャバレー、お薦めです。是非行ってみてください。 / Hidey ( 2002-06-30 08:54 )
息子がいたら私もこういうお母様の心境になったのでしょう。自然とともに穏やかに生きるご夫婦ですか。そういう平穏な日々、私には来なさそうかも。 / たらママ ( 2002-06-29 23:20 )
切干大根、何よりのご馳走ですね。ある種、Hideyさんの青春の軌跡を知って感慨深かった。 / 夢樂堂 ( 2002-06-29 07:55 )
ところで、お母さまと叔母さま、無事に家につきましたか?くれぐれもよろしく伝えて下さい。本当に楽しかったよ〜! / rei ( 2002-06-29 07:11 )
分かります、分かります。ほんとに。私も母と別れて背中を向けた途端、鼻水で顔ががびがびになって、泣きじゃっくりで呼吸困難になる程泣けてきてしまうんです。見送られるのも、見送るのもせつなくてしょうがない。いつまでたってもこれだけは慣れません。 / rei ( 2002-06-29 07:09 )
母と一番長く暮らした末の妹に、母が亡くなった後しばらくして風邪で寝込んだときに「なにが食べたい?」と聞いたとき「お母さんのごはん」と言いました。可哀そうで涙が出ました。親と長く過ごせるのは(たとえ一緒に暮らしていなくても)幸せだと思います。お母様に喜んでいただけてよかったですね。 / akemi ( 2002-06-29 02:24 )
ところでHideyさまは学院?私は学院。いや、reiさまの日記を読んでてロシア語、フランス語と書いてあったので、そうかなって思いました。 / むらりょう ( 2002-06-29 01:43 )
お母様、きっとHideyさんを鼻高々に誇りに思っていらっしゃるんでしょうね。すごい親孝行だと思います。私は全然優等生じゃなかったのですが、私の母はそんな私の事も大変愛してくれています。男にとって母親って大切な存在ですよね。 / むらりょう ( 2002-06-29 01:34 )
お帰りなさい。帰宅そうそう、NY旅行なんてHideyさんのパワー全開ですね。ちょうどむしむししてる頃でお母様や叔母様大丈夫でしたか? キャバレーってそんなミュージカルなんですね、行きたくなってきました。Have A Nice Summer! / プルー ( 2002-06-29 00:34 )

2002-06-19 Japan Trekご報告 15

16:00、それぞれのオプショナルツアーを終えた学生たちが東福寺に集まった。東福寺の誇る国内最大級という禅堂に案内され、80人全員が禅を体験した。10分間薄く目を開き宙を見据え無心になるのだが、どうしても難しい場合はゆっくりと心の中で数を数えるといいのだという。煩悩の多い僕にはなかなか難しい。

新緑が美しい小さな谷に架かる通天橋から見事な景観を眺めつつ開山堂へ。方丈庭園を飾る木々花々の華麗さに息を飲む。80人の学生が広間に敷き詰められた座布団に静かに座り、我々スタッフは隣接した客間に通される。程なく福島老師がお出ましになる。老師は禅の精神をアメリカに広めるため毎年2ヵ月半に渡り25の大学を廻られているのだが、何年か前にGeorgetown大学に訪れたとき、スタッフのWakanaと出会い、以後たびたび連絡を取り合っていたのだ。そのような背景があったからこそこの度このような機会を持つことができた。

我々も他の学生に混ざり老師の講義を拝聴する。老師は無、無心、無我といった概念について語られ、日本以上に男女均等なアメリカの禅人口を称え、またジョークや達者な英語を交えながらアメリカでの禅振興の逸話を話された。うちの四年制大学にも毎年訪れられているそうだ。

東福寺を後にし電車で京都駅へ。ホテルには帰らず、last night partyの会場であるしゃぶしゃぶ店に向かった。スタッフ全員が店の中央に集まりリーダーである僕が最後の乾杯の挨拶をすることになった。皆が楽しんでくれているのと同じように我々自身も日本文化の奥深さを再発見した。この機会を与えてくれた全員に感謝したい。ぜひこのTrekを次代に受け継いでいきたいので、その際はTrekの意義を語る証人になってほしいと話し、乾杯した。

あちこちで乾杯して廻り、Trekの成功を祝った。はじめは一致しなかった名前と顔が今はすっかり一致している。この機会がなければ同じ学校にいても知り合えなかった連中と、たった10日間で一生の友人になれた。しかもその半分は二年生で、彼らはすぐにビジネスの世界へ戻っていくのだ。ホテルの地下のバーで二次会があり、皆最後の夜を惜しみあった。

翌5月30日。僕たちは何十回もハグを交わして別れた。見慣れた顔の並ぶバスが動き出し、その中に自分がいないことが不思議だった。帰りの引率をひとり引き受けてくれたAlexisも窓の中から手を振る。彼女を含む10人の学生が同じセクションから参加してくれたが、もうこれからは彼らと机を並べることはない。長い旅の終わりと同時に一年の終わりが感じられた。

蕎麦屋で日本人スタッフどうし小さな乾杯をした。いよいよ彼らとも別れ三条大橋で妻と落ち合う。帰国後初めて二人きりで街を歩き喫茶店に入り飲み物を注文した。なぜかそのとき初めて日本に帰ってきた現実感を味わった。

束の間の出会いではあったが、このTrekが彼らがこれからのビジネスを通じて接していく日本および日本人を正しく理解するきっかけになってくれていればと心から願う。この記録を読んでくれたスタッフの皆さん、本当にお疲れ様でした。

先頭 表紙

PAOさん、Trek終了後参加者からゾクゾクと感謝のメールが送られ、嬉しい限りです。僕らもいろいろお膳立てをしましたが、最後は参加者自身がフリータイムなど利用してどんどん日本文化の奥深くまで踏み込んで行ってくれたお蔭です。誰にとってもいいTrekとなりました。ありがとうございます。 / Hidey ( 2002-07-04 02:03 )
お疲れ様でした。日本の文化や、過去の痛み、最先端の企業活動そして食。日本を訪れてくださった人たちにいろんな日本の姿を深いところまで見せてあげることができたHideyさんそしてスタッフの方々に敬意を表します。参加者の方々が満足された様子を読んで、本当に心から嬉しくなりました。 / 走る酔人(PAO) ( 2002-06-30 14:14 )
おさむさん、学期の終わりのほうはJapan Trekの準備や試験勉強で日記が疎かになりましたので、夏休みを利用して思い出せる限り学校生活の話を書こうと思います。お楽しみに。 / Hidey ( 2002-06-30 08:53 )
若菜、ずいぶん名前を出しちゃって済みませんでした。お金を預かるということは他の仕事とはまるで違うプレッシャーのかかるもの。それこそ誰にも若菜の苦労は分かり切れなかったと思うけど、耐え抜いてくれてありがとう。またいっぱい遊ぼうね。 / Hidey ( 2002-06-30 08:51 )
Hideyさん、ありがとうございます。Amandaからの連絡はのんびりまっています。Hideyさんの日記はHBSの生の話をリアルタイムで聞けるのは非常に興味深いです。これからもちょくちょく寄らせて頂こうと思ってます。 / おさむ ( 2002-06-29 18:45 )
本当に本当におつかれさまでした。Japan Trekをここまで成功させることができて本当に嬉しいです。Hideyの日記も貴重な証ですね。どうもありがとう! / 若菜 ( 2002-06-29 14:08 )
lim.さん、大変ぬるい文章に最後までおつきあいいただいてありがたいと同時に大変恐縮です。はい、愛しのボストンに戻りました。lim.さん、もうりっぱな大人でしょう(笑)!僕こそlim.さんの平衡感覚、合理性、そのそこにある優しさからはいつも学ばせていただいています。残りの休みはすこし感性を磨くための色々なことをしたいと思います。 / Hidey ( 2002-06-28 23:06 )
パンドラさん、ありがとうございます。僕の心にも種は蒔かれました。いつか世界の色々な場所で花が咲けばいいなと思います。 / Hidey ( 2002-06-28 23:03 )
misatoさん、おかえりなさい。こちらも今後の日記を楽しみに読ませていただきます。ちょっと今回の日記は記録上の義務感で長々と書いてしまい、読むほうにとっても大変辛い文章になってしまって恐縮です。 / Hidey ( 2002-06-28 23:01 )
山中君、ほんとうに色々手伝ってくれてありがとうございました。トートバッグは皆大変重宝して使っていました。企業訪問の際たくさんの資料をいただくのでトートが大活躍。僕もしっかり愛用してました。2年生が始まる前に一度飲みに行こうね。 / Hidey ( 2002-06-28 23:00 )
ガス欠コインさん、ご無沙汰してしまいました。煩悩からは一生逃れられそうにありません。それが原動力にもなっているようだから(笑)。でも部分的にでも悟りの境地に至れればいいでしょうね。ワールドカップもいよいよあと2試合。ますます熱い文章を期待しています。 / Hidey ( 2002-06-28 22:58 )
おさむさん、はじめまして。このところ母と伯母を連れてNY、ボストンの観光ガイドをやっていたので日記のチェックが遅くなりすみません。Amandaには伝えておきます。ただし現在彼女はinternshipの最中だと思いますのですぐにご連絡が行くかどうかはちょっと分かりません。今回のTrekの企画も随分手伝ってもらいました。最後に日程の都合で参加できないことが分かったときは本当に残念そうでした。 / Hidey ( 2002-06-28 22:56 )
みなみさん、ありがとう。冗長な文章に自分で嫌気がさしてしまったのですが、読んでくださった方には感謝です。一生忘れられない旅というのは本当にその通りだと思います。同時に一生の友達がたくさんできました。 / Hidey ( 2002-06-28 22:54 )
akemiさん、一年間色々な国の企業や政府について、いろいろな国の学生達と机を並べて学んだのですが、やはりこうしてある国をいっしょに訪れながら、それぞれの国の事情を比較して話ができるという経験は大きかったです。ぜひ僕も他の国へのツアーに参加してみたいと思います。 / Hidey ( 2002-06-28 22:52 )
ようやく読み終わりました。もうアメリカですか?大人になってもHideyさんみたいに色々な感覚を鋭く受けられる人でいたいです。 / lim. ( 2002-06-28 11:47 )
きっと、Trekはみなさんの心にいろいろな種を蒔いていったのだなあ、と思いました。 Hideyさま、スタッフのみなさん、おつかれさまでした。 そしてカンパイ!! / パンドラ ( 2002-06-25 06:31 )
Hideyさん、おひさしぶりです。しばらくログインしていない間に完結編が!これからじーっくり読ませていただきます♪ / misato ( 2002-06-24 09:39 )
Hideyさん、素晴らしいTrekになりましたね!本当に本当に、御疲れさまでした。 / 山中 ( 2002-06-22 22:13 )
僕も煩悩が多いからなあ。全部読み切れていない部分もあるので、是非ゆっくり読み返したいです。もう、戻られたのかなあ、アメリカへ。 / ガス欠コイン ( 2002-06-22 01:31 )
こんにちわ。偶然このサイトを発見しました。Japan Trekの中で出てきたAmandaと友達(一緒に働いてた)なのですが、彼女が留学して以来連絡が取れなくなっていました。彼女に私に連絡するように伝えて頂けないでしょうか?彼女は私のメールを知ってると思います。 / おさむ ( 2002-06-20 10:34 )
お疲れ様でした! 参加された方には、きっと一生忘れられない旅になったでしょうね。読んでいるだけでも楽しかったです。 / みなみ ( 2002-06-19 22:23 )
本当の意味での国際社会というものが見えてくるような気がしました。参加者および、スタッフのみなさんの目にはそれがしっかりと焼き付いたのではないかな?と思いました。 / akemi@未ログイン ( 2002-06-19 19:24 )

2002-06-19 Japan Trekご報告 14

5月29日。16:00からの東福寺見学までの時間はフリータイム。京都、奈良、大阪、広島の4つのオプショナルツアーを開催。僕は広島を担当した。そもそも広島観光ツアーは、サマージョブの関係でTrekには加われなかったが、途中までスタッフとしてミーティングに参加してくれていた、日本での勤務経験のあるAmandaが提案したものだった。

のぞみでも京都から広島までは1時間半かかるため、原爆ドーム、平和記念公園を廻り食事して帰るだけのコンパクトなツアーになった。恥ずかしながら僕自身広島は出張で訪れたのみで、ドームや平和記念公園はまだ見たことがなかった。ただし大学時代に東京で開催された原爆展は見ており、その出展物の多くが広島の平和記念資料館からのものだったため、外国の学生たちに何を見せられるかは大体予想はついていた。のぞみの往復やタクシー代、食事代を合わせるとほぼ25,000円のツアーだが、それでも15人の学生が参加した。

原爆ドーム前に今も絶えず手向けられている花や千羽鶴を見、この建造物は過去のものではないのだと実感した。Seanが現代の日本人の戦争観は昔の日本人のそれとは異なるのかと神妙な声で尋ねてきた。アメリカを敵国とみなし続ける人はほとんどいないし、いたとしても世代的にはかなり高齢で減り続けている。戦後世代である我々の親の代には反戦意識が強いがアメリカにはむしろ親しみを感じている人が多い。敗戦国である日本が敗戦の屈辱から逃れて自己正当化をするには反戦思想が必要だった。同時に戦後の日本の処遇においてアメリカが寛容であったことは多くの人が認識している。しかしその寛容の裏に政治的な意図があることは知識層なら誰でも知っている。政府自民党が親米的な政策をとってきたことによって、教科書上の原爆に関する記述はニュートラルなものになっている。高度成長期すら知らない我々の世代では戦争観自体もニュートラルになりつつあると思う。平和が当たり前の現代の日本人は戦争で死ぬのはまっぴらだと誰もが思っているが、それは強い反戦感情の表れというものでは毛頭なく、むしろ無関心に近いものだ。例えば自衛隊の紛争地域への派遣についても若い世代ほど賛否の意識は薄いのではないか。ノンポリ層でなくても、政治経済問題の綱引きの中で軍事協力を現実的な手段としてニュートラルに捉える現代人は多いのではないかと勝手な見解を述べた。間違っているとおっしゃる方がいらしたらご意見ください。

原爆慰霊碑、平和の灯を拝し、平和記念資料館へ。1時間半後に出口で集合と言って自由に見させたのだが、皆真剣に展示の文章を一字一句読む。30分くらいして心配になり一人先回りして出口までの行程を確認したところ、彼らのペースでは全部見切れなくなってしまうので、残念ではあるがそのように彼らに伝えた。

エノラ・ゲイからのものを含む原爆投下の瞬間の貴重な映像、投下前と投下後の広島の街を再現した模型は衝撃的だった。原爆の犠牲者の遺品や、彼らの最期を綴る文章が心に痛かった。ぼろぼろになった服の持ち主である19歳の女性は、ただれた口で痛々しく彼女を囲む家族たち一人ひとりに「さようなら」と言って亡くなった。静まり返った部屋の隅々から呻きや嗚咽が聞こえてくるかのようだった。次々と出口前に集まった15人の学生たちは皆無言だった。京都に戻るまで誰一人原爆の話は口に出さなかった。しかし彼らがこの訪問をどう受け止めたかはよく分かっていた。Trek後のアンケートで広島ツアー参加者は皆このツアーに最高の評価を与えてくれていた。

(つづく)


先頭 表紙

りぃなさん、広島ツアーはもともととても人気が高く、20人以上の人が希望をしていたのですが25,000円もかかるので最終的には15人になりました。アメリカ人が多かったです。軍備の必要性や是非は各国の事情や思想により意見がまちまちになることは当然ですが、いずれの場合でもあの最も悲しい結末を知っておくことは大変意味あることだと思いました。簡単な問題ではない。だから誰も何も言えなかったのだと思います。 / Hidey ( 2002-06-28 22:50 )
広島へのツアーを選ばれた方に、感謝、かな。。逆の立場だと、多分行ってないと思うし、彼らはちゃんと受け止めてくれたみたいですから。自衛隊は存在そのものが疑問なので、なんとも言い難いですね。 / りぃな ( 2002-06-20 13:37 )

2002-06-19 Japan Trekご報告 13

5月28日。終日京都ガイドツアー。Alexisの出身企業ノエビアの好意によりバス2台と観光ガイドさん2人をご手配いただき、完全にお任せのツアーとなった。我々スタッフもこの日一日は観光客気分を味わった。外国人学生の点呼も原則取らず、途中自由行動をすることも認めたため気も楽だ。訪問企業との連絡、調整など一切を担当していたSunnyも前日のトヨタ訪問以降ようやくリラックスできたようでよかった。本当にお疲れ様。

この日は妻が朝からツアーに加わった。妻はJapan Trekの開始とほぼ同じタイミングで某企業のコンベンションの司会を務めるために帰国していたが、妻も僕も泊まり込みのため東京ではまったく会えず、仕事を終え実家の京都に戻っていた彼女とようやくこの日会えたのだ。京都生まれ京都育ちの妻はかなり上達した英語で学生たちに京都の街の説明をしてくれた。

清水寺、竜安寺、金閣寺、知恩院、退蔵院というお寺巡り決定版コース。予想通り清水と金閣寺が一番受け、最後の方では正直お寺はもう充分という空気が伝わってきた。ただし退蔵院ではお茶会ということではないが、緑茶と和菓子のおもてなしがあり、正式ないただき方を教わって皆感激していた。英語が堪能なガイドさんが英語で解説してくれるのだが、途中適切な表現が浮かばず止まってしまったとき、なんと妻が大きな声で“Avoid the most beautiful side of the cup…”と堂々と言葉を引き取った。びっくりするとともに彼女の成長ぶりを誇らしく思ってしまった。

親戚との約束があった妻は夕方ツアーから離れた。芸子さんを見たいという学生が非常に多く、僕は彼らを連れ立ってバスを途中下車、花見小路へ案内した。「ゲイシャ、フジヤマ、シンカンセン」は未だに日本の象徴であり、Trekはこれらをすべてカバーしたことになる。タイ人の女の子Beeと韓国人の女の子Juneは特にミーハーで、どこからともなく芸子さんが現れるたびにものすごい勢いで駆け出し、写真を撮る。Trekの参加者だけでなく多くの外国人が同じような意図で茶屋の前に陣取っている光景はちょっと異様だった。

帰国後楽しみにしていてまだ叶えていなかったささやかな夢がおいしい鳥料理を食べることだった。妻が、以前から話していた知る人ぞ知る名店「鳥どり」に予約を入れてくれた。カウンターで少人数しか入れない店なので、南青山「椿」以来僕の舌を信じ切ってくれていたBeeとJuneを連れて行ってあげた。のけぞるほど美味しくて安い店なのだが、BeeとJuneは臓物系がどうしても苦手で、ちょっとトライしてはと注文したのだが結局すべて僕が平らげることになってしまった。鳥刺しもパス。店のご主人は妻のことをよく知っているのでさすがに残すことはできず、僕が一人でせっせと片付けた。本当に美味しいんだけど、あれだけ臓物や刺身を集中的に食べるとちょっと辛い。BeeもJuneも京野菜の微妙な美味しさを正しく評価してくれたのが救いだった。

(つづく)


先頭 表紙

たらママさん、お名刺をいただけるとは知りませんでした。通勤途中でなかなかお忙しそうなのでうちの女の子達も追っかけて走るのが精一杯だったようです。 / Hidey ( 2002-06-28 22:42 )
りぃなさん、清水さんって呼ぶんですね。京都らしい。僕も妻との初デートは高台寺というお寺さんでした。あまり人がいなくて静かに話ができたことを覚えています。ところでボストンでは水菜売ってるよ。 / Hidey ( 2002-06-28 22:41 )
真賀砂州子さん、ええ、西陣の鳥どりさんです。ほんとにおいしいですね。今度は適量をいただきたいです。砂州子さんはお元気でいらっっしゃいますか? / Hidey ( 2002-06-28 22:29 )
芸奴さんのお名刺はいただけましたか。あれって外人さんにとっても喜ばれるんですよね。 / たらママ ( 2002-06-23 19:22 )
清水さん、懐かしい♪ 南にある本願寺に、お彼岸の時はいつもお参りに行ってるんです。帰国したら、また行こうかな、と思っていたところなので、びっくりしました。鳥どりさんは、両親なら絶対知ってますね。聞いてみよ♪ / りぃな@京野菜だったらみぶな、らヴ ( 2002-06-20 13:29 )
鳥どりさん!懐かしいです!あの西陣の?Hidey様の日記で またまた京都再発見!日本再発見で砂。 / まがさすこ ( 2002-06-19 16:49 )

2002-06-16 Japan Trekご報告 12

人間心理として、稼働率を高めるためには四六時中止まってしまうラインでの生産よりも作業を一括して目標値を達成するダンゴ生産を選びがちになる。そのほうが個人的なミスをも表に出さずに個人的に帳尻を合わせられるからである。トヨタ・プロダクション・システムにおいてはそうしたミスをひとつ残らず表出化し、飽くなき改善を図ることこそが重要な目標となる。ミスが発生したのはなぜか、その原因はなぜ発生したのか、そのまた原因はなぜ、と「なぜ」を5回繰り返して徹底的に問題をつぶし、今後の問題解決に役立てる。個人のミスではなくそれを生んだ工場の不備を究極的に探り当てるのだ。

このシステムを構築するためには作業員一人ひとりの意識の徹底、それを可能にする人事管理、情報管理、ひいては経営方針が必要になる。このシステムの主旨に沿った作業の改善のアイデアは作業員から月に何千と寄せられ、そのほとんどが採用され実践される。作業員はこうした提案に対し報酬を得る。「できません」という言葉は排除され、何が何でもできる方法を考える癖をつけさせる。経営者の理念がこのシステムに一致していなければこれらのことは実現しない。トヨタ・プロダクション・システムは生産管理方法ではなく、経営哲学なのである。

生産管理の授業で学んだこうした事実を学生たちはその目で確かめた。日本の高度成長期を支え、バブルを超えて今なお世界に冠たる企業であり続けるトヨタはやはり偉大な会社だった。

感慨深げな学生たちを乗せてバスは名古屋駅に到着。海外でも有名な新幹線に乗り込んだ。250km/hのスピードと正確な発着時間に驚きつつ京都に到着。駅前の新・都ホテルにチェックインした。

夕食はフリーにしていたので、我々日本人スタッフは何人もの参加者からおいしい店に連れて行ってくれとせがまれる。しかし7〜8人のブラジル人学生が、今夜だけはつきあえとしつこく我々を誘う。何かと思ったら日本人スタッフ全員を招いてその労をねぎらいたいという。もちろん彼らの奢りだ。僕自身セクション(クラス)の連中に誘われていたが、ブラジル人学生の心意気に応え、セクションの連中を手頃な焼き鳥屋に案内し、オーダーも一通り裁いてからブラジル人たちと合流。先斗町の洋風居酒屋に入った。

どの国の学生もいい連中ばかりだが、ブラジルの学生はことに人情に厚い。彼らの中には同じスタディ・グループで毎朝一緒だったDanielとJoana、そしてサマースクールから一緒のRuiもいた。彼らはこのTrekがいかに素晴らしいかを熱く語り、そしてそれが我々の運営によるものだと感謝の意を表してくれた。我々スタッフも彼らの気遣いに感激し、何度も乾杯をした。最後はブラジル式に腕を組み合って杯を空けた。「Hidey、絶対サンパウロに来い。来たら絶対に連絡しろ。でなければお前は友達じゃない」とDanielは言った。偶然店のスピーカーからうっすらとボサノバが聞こえてきた。世界中のどの音楽よりもボサノバをこよなく愛する僕にとって既にブラジルは永遠の憧れの国なのだと彼に教えた。

旅も終盤に差し掛かり、別れの寂しさを予感した初めての夜だった。

(つづく)

先頭 表紙

↓はやり→やはり / Hidey ( 2002-06-20 00:55 )
lim.さん、うちの学校がgeneral managementを強調する学校なのでなおさらトヨタに関する教え方も上位概念的になるのだと思います。でもそのとおりなのです。効率重視、人格無視、ということに関しては僕の表現があまりうまくなかったかもしれません。トヨタではいい意味で人格を無視、つまりつまらないプライドや恥の意識を無視して、機械と人間を有機的に一体化させ、純粋な効率向上を図っているというのが僕の理解です。でも人間にしかない判断能力、向上能力ははやり残る。それも含めて有機的な一体化なんでしょうね。 / Hidey ( 2002-06-19 16:28 )
夢樂堂さん、つづきの日記に書いたのですが、参加者の半分はもうすぐ世界中のビジネスに散ってゆき、正直二度と会えない人もかなりいると思います。でもきっと皆この11日間のことは一生忘れないはず。再会も是非したいですけどね。 / Hidey ( 2002-06-19 16:21 )
ガス欠コインさん、工場と宣伝ではまた色々違うんでしょうね。なんとなくそういった過去の話は聞いたことがありますが。僕も今後仕事で接するかもしれないなあ。 / Hidey ( 2002-06-19 16:20 )
まうさん、そうだったのですか。本当に彼らは友情や人生を大切にしますよね。むかーしむかしのCMで「ブラジル人は遊びの天才だ」というコピーがあったのですがずっと心に残っています。 / Hidey ( 2002-06-19 16:18 )
りぃなさん、トヨタ・プロダクション・システムについては何冊も本が出ています。Daniel、ほんとにいいやつだし頭もいいんです。彼の案内してくれるブラジルをぜひ見たいです。 / Hidey ( 2002-06-19 16:15 )
akemiさん、お褒めのお言葉ありがとうございます。修学旅行、無事だったようで何よりです。よっしー君にとってもかけがえのない思い出になったでしょうね。 / Hidey ( 2002-06-19 16:13 )
たらママさん、JITは生産管理の基本になってしまってますからね。80人×11日間、もう二度とやりません(笑)。 / Hidey ( 2002-06-19 16:11 )
全員に意識を徹底させる手法、すごいですね。色々な局面でその手法を皆が活用することができれば、作業というものすべての効率が格段に上がって気持ち良いでしょうね。何かを集団でする時、つい効率重視になってしまうのは人格を無視してしまうことに繋がるのでしょうか(笑)? / lim. ( 2002-06-19 08:24 )
旅って出会いもあるけれど必ず別れがあるんですね。でも別れがあっても再会できるチャンスはあるんだよね。 / 夢樂堂 ( 2002-06-17 16:37 )
トヨタの特集は割と最近、TVで見ました。改めて、彼らの強さを痛感したものです。Hidey氏もご存じでしょうが、昔はクリエーターにとって楽しい広告がやらせてもらえず、不満ばかり募るクライアントでしたが。チャンスがあれば、今、フリーランスの身でやりたいなあ。 / ガス欠コイン ( 2002-06-17 04:11 )
私の恩師の一人はブラジル人でした。友情の大切さと人生の楽しみ方を教えてくれた人です。 / まう@着メロはイパネマちゃん ( 2002-06-16 17:32 )
なるほど、スゴイにはスゴイの理由がちゃんとあるんですね。下っ端の意見も吸収して活かせる事ができる会社は確かに強いです。「でなければ友達じゃない」がすごく印象的です。そこまで言ってくれるなんて、何にも代え難いな。 / りぃな ( 2002-06-16 15:16 )
本当に素晴らしい企画・実行力と「各国の友人達に日本を知ってもらいたい」という熱い思いは、参加者にめいっぱい届いているはずだもの!なんか…すごくイイ!って思います。トヨタにも増々感動。血の通ったシステムですよねぇ。  こっちも修学旅行が無事済んで、安堵感とともに精神疲労が…(泣) なのに身内はわかってねぇし。最後が愚痴で正直スマン。 / akemi ( 2002-06-16 13:52 )
10何年前になりますが、私が「カンバン」という言葉を学んだのは実はアメリカ人から聞いたのが初めてでした。自分の無知とjust in timeの世界的知名度に愕然としたものです。それにしても80人を率いてこれだけのツアーを敢行するとは、すごすぎます。 / たらママ ( 2002-06-16 09:49 )

2002-06-16 Japan Trekご報告 11

5月27日。二日酔いの頭にはほどよい和食の朝ごはん。余談だがこの日から納豆という食べ物に異常な執着をみせるようになった。現在日本人を実感中。この日は延々バスに揺られて名古屋のトヨタ自動車へ。唯一の雨の日が移動メインの日にあたってよかった。

以前の日記にも書いた通り、ビジネススクールにおいて「トヨタ・プロダクション・システム」は世界最高の生産方式として教えられる。独自のものづくりの思想が経営理念にまで昇華され、それがさらに細かい企業活動のひとつひとつに還元される。それらの企業活動が有機的に絡み合うことにより模倣が不可能な企業戦略が構築される。それこそがこの不況のさなか過去最高の経常利益1兆円を記録した世界の超優良企業の秘密であろう。そのトヨタ・プロダクション・システムを目の当たりにできる貴重な機会に、温泉ですっかりリラックスしたはずの学生たちは神妙な表情を取り戻していた。

はじめに広大なショールーム「トヨタ会館」を見学する。環境、安全、ITSを主眼にした様々な展示やデモンストレーションを見て廻ったが、正直なところ皆一番目を輝かせていたのはフロア一面に配置された実車だった。学生たちは各々の憧れの車に乗り込み、記念写真を撮りまくっていた。

次に会議室に案内され、なんと1時間半にわたるQ&Aセッションをもった。はじめは1時間半という長さに面食らったのだが、結果的には企業が話したいことよりも学生たちが知りたいことに焦点をあて、より多くの学生がより積極的に参加することが可能になり、大変有意義な時間となった。大変素晴らしい試みだが、これを可能にするにはどんな質問にも率直に答える懐の深さと、単純な話英語によるコミュニケーション能力が必要となる。驚いたことに担当の日本人役員の方がほとんど一人でそれをこなされた。

そしていよいよトヨタ・プロダクション・システムの実際を学ぶべく高岡工場を案内していただく。トヨタ・プロダクション・システムには「Just In Time生産方式」と「自働化」という2本の柱がある。Just In Timeとは、必要なものを必要なときに必要な数だけつくり、最大限無駄を排除するという概念。自働化とは単なるオートメーションではなく、不良品や異常事態を決して次の工程にまわさないという理性と判断能力を伴う自動化を意味する。Just In Timeを完全なものにするための大切なツールが「かんばん」と呼ばれる部品の指示書で、これにより現在どの部品をどれだけ使ったことによりどれだけの不足があるか、逐一管理することが可能になる。自働化を補助するのが「アンドン」と呼ばれ作業員の頭上に張られているロープである。異常が発生すると作業員はこの「アンドン」を引っ張り、自動的に生産ラインが停止、監督者が駆けつけトラブルに対処する。それだけのことかと思うかもしれないが、これこそが部品在庫を極限まで削り、工場に潜む問題点を何一つ隠すことなく顕在化させる究極のシステムなのだ。

実際の作業がどれほど難しいか考えてみてほしい。同一のラインで異なるモデル、異なるカラーやスペックの自動車が生産され、その何万という部品は物によっては地理的に離れた部品メーカーから供給される。その中で、一つひとつの車両に対し必要な部品が間違いなく同じ順番に現場に届き、その部品の供給はさらさらと水のごとく流れ、どこにも溜まりが発生しないのだ。

(つづく)


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2002-06-16 Japan Trekご報告 10

5月26日。もはや住み慣れた京王プラザを後に箱根へ。予想通りバスの出発が若干遅れたが、チェックアウト→集合→乗車→点呼の流れにさしたる混乱はなし。訪問企業への礼節と80人という参加者数から日本式点呼を厳しく徹底していたのがようやく彼らの身についたようだ。スタッフに迷惑をかけない動き方はさすがに大人。

我々スタッフもこの日は観光のみのためそれまでの企業相手の日々の緊張からは解放。参加者たちが早速眠りに入る車内でも、同じバスに乗車したWakana、Sunny、Alexisともどもリラックスした表情でバカ話をし続けた。現在恋人募集中のWakana嬢にSunnyが2時間くらいかけてあれこれ相手を紹介しまくっていた。さすがに僕の身の回りにはもう持ち駒がない。とてもいい子です。誰かいい人いませんか?

幸い気持ちよく晴れた日曜の朝で、富士山がきれいに見えた。Mount Fujiは今も変わりなく日本の象徴であり、参加者も特別な感情を持って眺めていた。サービスエリアは別の意味で彼らも興味津々。謎の食べ物と映ったに違いない漬物やら佃煮やらを食い入るように眺める。懐かしの御殿場プレミアム・アウトレットのそばも通過。ボストン郊外にあるWrentham Premium Outletsの姉妹店だと言うと皆妙に納得していた。

箱根大涌谷にて硫黄温泉水で真っ黒にゆでた卵をほおばり、ロープウェイに分乗して桃源台へ。芦ノ湖湖畔のただの観光食堂にしては妙に豪華なランチをいただいてから遊覧船に乗船。ほとんど場つなぎ程度に箱根関所跡を見物し、再びバスに乗り箱根湯本の温泉ホテル「箱根パークス吉野」へ。さすがに予算上ひなびた日本旅館というわけには行かないが、参加者にとっては初めての和室での滞在。なにより露天風呂が充実しているのが嬉しい。

既に16:00になっていたのでさっそく温泉へ。裸で他人と風呂に入るということに関し外国人は多かれ少なかれ抵抗のあるものだが、事前の教育のお陰で皆結構楽しんで入っていた。白人、黒人、黄色人種、皆同じお湯に浸かってのんびり語らったあの光景は多分一生忘れない。

もっと凄かったのは19:00からの大広間での宴会。80人全員が浴衣姿で集まり、大変壮観だった。純和式で皆ビール瓶を持ってお互い注いで廻る。スタッフには特に大勢集まってくるのでこの夜はやたら飲んだ。カラオケクイーンWakana嬢のキックオフでカラオケ大会が始まる。はじめは遠慮気味の彼らも次々と曲を入れだした。僕も強制的に歌わされ、持ち歌「Just the Way You Are」を披露。目をつむったり情熱的なアクションを交えたりしながら歌って見せる僕の姿はかなり新鮮に映ったようだ。書いていながら恥ずかしい。

と言いつつ日本人スタッフのみ小さなカラオケルームで二次会。外国人とのカラオケではどうしても全員が合唱できるよう英語の歌になってしまうので(サザンなんかを入れてみても結局あまり受けない)、8人の日本人(またはそれに準ずる)スタッフは溜まっていたものをすべて吐き出して熱唱。都合によりこの夜が最後のHarukiも甘い歌声で我々を驚かせた。彼の代わりに引率を任された奥様のToko嬢もカラオケ、カラオケと憑かれたように言っていただけあって相当入れ込んでいた。

かくしてこの日は半ば気を失うように布団に倒れこんで寝た。何人かの参加者はすっかり病みつきになったマッサージを手配し長旅の疲れを取っていたようだ。

(つづく)


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パンドラさん、お恥ずかしい。一つ覚えなのがばればれですね。しかもかなり古い。浴衣の美女連、左はタイ人のBeeで右はアメリカ人のMonikaです。 / Hidey ( 2002-06-19 16:10 )
りぃなさん、あんまは最高だよね。僕がまた自分でいうのもなんだけど上手いのです。僕は京王プラザで二日連続で頼んで出費がかさんでしまったので以後控えました。カラオケ、ずっと海外にいるとなおさらかもね。 / Hidey ( 2002-06-19 16:09 )
邪夢猫さん、カラオケもそうだけどかなりの勢いで飲んでしまいました。お陰で翌日はぼーっとしてました。デジカメもなくしかけたし。しょせん古い歌しか歌えないのです。 / Hidey ( 2002-06-19 16:07 )
「Just the Way You are」! スゴイよ、今もはっきり耳に残っているもの^^ 浴衣姿の美女連、いい感じだなあ! / パンドラ ( 2002-06-17 23:30 )
リフレクソロジーもアロママッサージもいいけど、やっぱり日本のあんまが一番だと思います。オクラホマで、そういうあんま系マッサージがないか探してるのですが、どうも英語だと分かりません。。日本人だけのカラオケって、確かにいいです!早くやりたいです!! / りぃな@親友と2人で5時間がお決まり♪ ( 2002-06-16 15:10 )
浴衣コスプレ楽しそうですね。温泉、大広間でのカラオケ宴会って本当に日本のものですものね。その後に日本人だけでまたカラオケっていうのも分かる気がする(笑)。"just the way you are"が十八番なのですか?なんかすごいなぁ。。。 / 邪夢猫 ( 2002-06-16 04:25 )

2002-06-11 フィー子家にて日本対ロシア観戦

オフ会の翌日の6月9日はまたオフ会。というより実は祝再会兼日本戦応援パーティーがあった。解説フィー子嬢、ゲストちえ姫という豪華キャスト。特別ゲストとしてちえ姫の愛犬アリエルちゃんも登場した。ついでだがフィー子夫もいた(笑)。都内某所フィー子家での出来事。

ちゃんと書くのは初めてだが、そもそもフィー子夫と僕は高校で三年間同じクラス、同じクラブに所属、同じ留学機関で米国留学、大学で四年間同じクラス、同じクラブに所属したという20年来の親友同士。何度か書いたスタンフォードに留学中の親友といつもトリオを組んでいた。フィー子夫は高校での留学以来一度も海外で暮らしたりしたことはないものの、誰もが認める英語の達人。TOEICだろうとTOEFLだろうと受ければたやすく満点を取ってしまうだろう。

フィー子夫がフィー子さんとつきあって数日後に僕はフィー子さんに紹介されていた。もうそれから8年の月日が経とうとしている。フィー子さんと出会ってから数年後にはちえちゃんに出会い、以来他数人の友人達とともにいつも一緒に遊んでいた。そして2年程前からフィー子さんとちえちゃんが相次いでひまじんに執筆しはじめ、専ら読者であった僕も昨年からこうして日記を書き始めた。

夕方5時ごろから集まり、試合前にしっかりディナーをいただいた。フィー子さんがまだ本調子ではないため、インドカレーとピザを宅配してもらった。フィー子夫婦は有名なエスニック夫婦だし、ちえ姫は味覚異常のキレンジャー、辛いものには目がないのだ。ご存知のとおり元パキスタン人の僕も無類のカレー好き。しかしそれを上回る勢いでインドカレーの皿を舐めまくっていたのがアリエル嬢。彼女は自分を人間だと思っているらしく、ドッグフードには目もくれない。なんでもワインを美味しそうに飲むそうである。

試合が始まると、多くは語らないもののフィー子さんがさりげなく言葉を発する。ほんのひとことが解説者の長々とした言葉に増して深くて切れる。「伸二がフリーだね」「上がれ明神」とか、視野の広さと読みの深さを感じさせるコメントを連発。日本チームがロシアのゴール前でフリーキックを獲得すると、「俊輔―っ!」これはちょっとしつこい。

ピンチやチャンスのたびに4人で立ち上がり奇声を発する。そのたびに可哀相なアリエルは飛び跳ねてびびる。多分30回くらい飛び跳ねたような気がする。日本中が大声をあげたであろう稲本のゴール。その直前に4人揃って「柳沢は働いてない」とけなしまくっていたので彼の美しいアシストに、テレビに向かって陳謝。

この勝利で僕が日本チームを生で見られる可能性がぐんと高まった。日本が1位通過の場合は6月18日に宮城で、2位通過の場合は6月17日に神戸での観戦を予定している。6月14日が待ちきれない。

ちえ姫と帰りの上り電車を待っていたら、下り電車が先に到着。青の軍団がニッポンコールを繰り返しながらプラットフォームに溢れた。新宿駅や最後に降りた中野駅でもサポーターの群れ。90年、ドゥオモ前広場でイタリアチームの勝利を祝うミラノの群衆に驚き、98年、着々と優勝に歩を進めるフランスチームの勝利に酔うパリの群衆に混ざりシャンゼリゼをさまよった。ようやく自分の知っていたワールドカップが東京にやってきたと感じた。6月14日日本決勝トーナメント進出の暁には僕もひとり新宿あたりに繰り出してみようかと思っている。がんばれニッポン!

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りぃなさん、新宿行ってきました。ミラノやパリで見たものと同じなのですが何かが違う気がしました。しばらく眺めて帰ってきてしまいました。そのことについてはまた改めて書いてみたいと思います。 / Hidey ( 2002-06-19 16:05 )
で、新宿に行かれましたかー?(笑)普段は観戦はしないんですが、電話の相手が見始めたので、前半だけお付きあいして観ましたが、はらはらしました☆ / りぃな@ひたすら痛い痛いって騒いでました ( 2002-06-16 15:05 )
Hirokoさん、お久しぶり。やはりご旅行だったのですね。抜け出せていてよかった。Trekの話はもう少しだけ続きます。我慢しておつきあいくだされば幸いです。 / Hidey ( 2002-06-16 03:52 )
ペコさん、カンパーイ!!バンザーイ!!お久しぶりです。次は18日。生で大声あげて応援してきます。また乾杯しましょう! / Hidey ( 2002-06-16 03:50 )
ナライフさん、21日静岡はフィー子さんと同じですね。僕はその頃はNY。ESPNで観ます。会社でお会いすることもチラッと考えたけど、やっぱり照れくさくてやめときました(笑)。 / Hidey ( 2002-06-16 03:49 )
おとじろうさん、それはさぞ不気味でしたでしょう。あまり多くの人が経験できない(したくない)ことを経験されましたね(笑)。 / Hidey ( 2002-06-16 03:48 )
lim.さん、鈴木とは意外とワイルド好き?雑草魂というのは納得ですね。またそれをこれ見よがしに言ったりしないところもいいですね。僕は5年前から中田ファンです。知性派が好きみたい。あとは個人的に海外で自分を追い込んで高めている人は好きです。 / Hidey ( 2002-06-16 03:46 )
ちえちゃん、味覚異常のキレンジャーとか書いてごめん(笑)。でも絶対パキスタン人の僕より辛いの強いよ。14日はまたアリちゃん飛び跳ねましたか?18日は宮城に行ってきます。 / Hidey ( 2002-06-16 03:43 )
たまたまさん、日本には20日まで。はらぽ〜んとも連絡をとっていたのですが彼も忙しいのか連絡が途絶え、僕のほうはびっしり予定が埋まってしまいました。今回は会えなくてごめんなさい。でもそのうちボストン来るよね? / Hidey ( 2002-06-16 03:41 )
ガス欠コインさん、フィー子さんがまたぼそっというから面白いんです。イングランド対デンマーク行かれたんですよね。フィー子嬢も観にいっているはずです。彼女、体は大丈夫だったかな? / Hidey ( 2002-06-16 03:39 )
パンドラさん、14日は無事テレビが観られましたでしょうか?次も平日昼間ですね。僕は生応援。ああ、怒らないで! / Hidey ( 2002-06-16 03:37 )
マイケルさん、それは悲しい。僕は実際新宿に行ってみました。勝利の喜びを分かち合えたことは嬉しかったし、海外で見たものと同じだったのですが、今の日本の社会ならではの様々なニュアンスが読み取れてきて、ちょっと嫌な気持ちになって帰ってしまいました。 / Hidey ( 2002-06-16 03:35 )
KATSUMIさん、それは贅沢な悩みです(笑)!チュニジア戦の最中、「やっぱり生で観たい!」とぶつぶつ心の中でつぶやいてました。でも今度はその夢がかないます。KATSUMIさんもきっといらっしゃるでしょうから、ともに声を張り上げて応援しましょう。 / Hidey ( 2002-06-16 03:33 )
夢樂堂さん、本当に凄い試合でしたね。次は僕も観に行く18日宮城。さらに気持ちを高めて闘ってほしいですね。 / Hidey ( 2002-06-16 03:31 )
お久し振りです。Trek成功おめでとうございました。↓楽しく読ませていただきました。日本チーム、一位通過しました。宮城でトルコと対戦ですね。頑張って欲しいです。 / Hiroko ( 2002-06-15 02:39 )
カンパーイ!!バンザーイヽ(゜▽゜*)乂(*゜▽゜)ノ バンザーイ♪ / ペコ ( 2002-06-14 19:56 )
きっと大変な盛り上りだったでしょうね。日記ではご無沙汰していたフィー子さんの近況も伺えて嬉しかったです。僕も21日静岡準々決勝に行くのですが、出来ればそこで日本代表に再会したいのですが… / ナライフ ( 2002-06-14 09:53 )
試合終了後電車が混み合うのを避けて前半終了後実家から自分の家に帰りました。外には人も車もほとんど見あたらず、不気味な静けさがありました。 / おとじろう ( 2002-06-13 12:43 )
ロシア戦は私も珍しくテレビをつけていました。個人的に鈴木を応援してます。雑草魂が素敵なんです。 / lim. ( 2002-06-13 07:28 )
久しぶりに皆に会えて楽しかったね。しかも日本勝利!14日はお家でアリと観戦だけど、また勝利を願って! / Chie ( 2002-06-12 17:32 )
14日はしい会社設立のプレゼン日ですーー。休めない。それも15時からだって、、、早く取締役を説得してプレゼン終え、役員室のテレビで観戦しまーーーす。そうそう、いつまで日本にいるんですか?はらぽ〜んさんともども連絡取りたいっていっています! / たまたま@外出先 ( 2002-06-12 12:53 )
まだまだ何も決まった訳ではないですが、期待が膨らみましたね。フィー子さんの気持ちわかるなあ。2本あったFK、俊輔なら 80%以上の確率で1本は決めていたと思うから。しつこいっちゃ、しつこいけどね(笑)。 / ガス欠コイン ( 2002-06-12 08:05 )
土曜日に続いてこの日もコーフン! ワタシもTVにくぎづけ、ゲームが終わったあとはどっと疲れました(笑)   この日も楽しい再会、よかったですね。フィー子さんのご様子もうかがえて、少しほっとしています。^^ / パンドラ@14日カイシャなんて休みたい〜 ( 2002-06-12 00:48 )
チュニジア戦は会社の研修と重なっていて、リアルタイムでは試合が見られないのです。どうせ家に着く途中で結果を知ってしまうのだろうし...僕もその日は新宿辺りをうろついていることと思います。 / マイケル ( 2002-06-11 23:15 )
みんなで見るとより楽しいですよね。生観戦を一人でしていると、それだけが不満です。贅沢な悩みかもしれませんが・・・(笑) / KATSUMI@W杯モード ( 2002-06-11 17:14 )
昨日チュニジアがベルギーと引き分けたことで、日本代表も気持ちを引き締めると思います。14日もすごい試合を見せて欲しいぞ。 / 夢樂堂 ( 2002-06-11 16:23 )

2002-06-09 夢のオフ会

それぞれの言語にはそれぞれの美点がある。自と他を明快に区分し、主体と客体の間に存在する因果関係を正確に第三者に伝達するのに秀でているのが例えば英語であるとすれば、日本語の美しさは、表現する者を、その目に映らない思念とでもいうものを、澄んだ泉に映しこむがごとく精緻に再現できるところにある。昨夜僕は五人の優れた日本語の使い手さんにお会いする機会を得た。

助詞ひとつの使い分けで表しうる機微についてその人は語った。その人の文章から学んだことは、言葉の選び方、文の長短を自在に操り作り出す軽妙なリズム感ということはもちろんだが、何を書かないか、それにより何を先鋭化するかということでもあった。技巧にとどまらずその言葉に見え隠れする清清しい生き方で僕を魅了し続けるのが、あややさんである。

その人は決して難しい言葉を使わない。しかしその平易な言葉に至るまでには幾層にも重なる思いと深い洞察があり、それがその人の文章に背筋を与えている。何ものをも抱擁する柔らかな言葉、読む人の心にまっすぐに届く優しさ。そんな文章を書かれるのがパンドラさんだ。

行間を読むというが、その人の場合は美しい写真の余白から、世界への愛に溢れたその人のまなざしが見えてくる。確かな視点に裏打ちされた簡潔で凝縮された文章には余裕すら感じる。お人柄そのままの温かい表情は初対面の僕をも安心させた。浮世に心をたゆたわせ何気ない日常から趣を切り取るその人は、ひまじんの良識、夢樂堂さんだ。

フットボールを愛してやまないその人の文章は、フットボールを知らない者の心をも激しく揺らす。それはその人がフットボールを通じて喜びを、悲しみを、あらゆる普遍的な人の営みを書き続けているからだ。僕の仕事とも少なからず接点があり、間違いなくどこかですれ違っていたであろうその人は、言葉の達人ガス欠コインさんだ。

その人は日々接する物ごと一つひとつを真摯に両手にすくいあげ、その意味することを見極め、心の奥深くに昇華させる。なにひとつなおざりに見過ごすことなく、目に見えるものの裏に潜む目に見えないものを訪ね、繊細な言葉に託す。その優しい瞳の向こうには小宇宙が広がっているようにさえ思える。それが僕の見たみなみさんだ。

言葉は万人の所有物であり、その表現の仕方は自由であっていい。それゆえ読み手も選り好みを許され、一定の性向をもつ書き手の文章に心酔する。ひまじんというコミュニティの捉え方も様々だろう。現実逃避や生活の中では口にできない様々な感情の吐露の場としてひまじんを認識している人もいるだろう。それはその人の自由だ。また二次元のコミュニティである限りひまじんという優良なサイトですら二次元の世界特有の病的な匂いから免れることはできない。

しかしこのひまじんというコミュニティには三次元の世界にしっかり足を下ろし、日々汗をかき現実の世を強く生きている方がとても多い。そして僕は日本語の力を信じ、その行間に書き手の方の三次元の生き様を見据え、選り好みをする。オフを開いてまで会いたいと思う人はそういう人である。誰彼なく会うということは三次元同様するつもりはない。選り好みの末会えた方とは、二次元では不可能な、時間の共有と対話という別種のコミュニケーションが可能になるのだ。

昨日会えたのはそんな方ばかりで、僕なりに行間を読み込んだだけあって、会いたいと思った通りの方に会えた。初対面とはとても思えず、いつもの会話の続きといったような親密な会話ができた。みなさん、夢のような時間をありがとうございました。

先頭 表紙

akemiさん、でも本当にいちど味わってみたいのです。 / Hidey ( 2002-06-19 16:03 )
いや、うちの店は…いいっすよ(笑) どうぞ、お気づかいなく^^; / akemi ( 2002-06-16 13:54 )
みなみさん、中野のデートも含めて本当にありがとう。心に残る出会いになりました。みなみさんのひたむきな文章が大好きですが、お会いしてその魅力はさらに増しました。いい出会いに乾杯! / Hidey ( 2002-06-16 03:29 )
あややん、お会いできて本当に、本当に光栄でした。色々な、日記上では確認できないことを確認し合えました。文才だけでなく、女性としての魅力、気遣い、そしてあえて文章にされなかった悩みなど、色々見せていただきました。またぜひ一年後に会おう! / Hidey ( 2002-06-16 03:27 )
みかりんさん、狂乱のカラオケボックスからの電話で済みませんでした。でもみかりんさんの麗しの声が聞こえてよかった。次は本当にお会いしましょう。四万十川、いつも心が求めています。 / Hidey ( 2002-06-16 03:21 )
パンドラさん、こちらこそありがとうございました。メールも嬉しかったです。これからまた時々個人的なお話も交換できればいいですね。 / Hidey ( 2002-06-16 03:20 )
PAOさん、先日はお声を聞かせていただき光栄でした。思ったより若々しい声(失礼!)でした。ボストンに早く帰りたいなんて思っていましたが、いざ出発が近づくと名残惜しいものですね。あと数日ですが充実させたいと思います。 / Hidey ( 2002-06-16 03:18 )
ガス欠コインさん、お返事が遅くなってすみません。僕もいよいよ正式に宮城です。17日の神戸は僕よりもっとその試合を見るにふさわしい友人にチケットを渡しました。いずれ日本対ブラジルが見たいですね。 / Hidey ( 2002-06-16 03:16 )
夢樂堂さん、お互い、そうですね。ちょっと照れるけど。 / Hidey ( 2002-06-16 03:15 )
akemiさん、本当はakemiさんのお店にも行きたかったのですが日程的にその余裕がありませんでした。ごめんなさい。いずれぜひお邪魔してみたいです。 / Hidey ( 2002-06-16 03:14 )
お誘いいただき、どうもありがとうございました! またぜひお会いしたいです!(^^* / みなみ ( 2002-06-11 22:19 )
思い通り、いいえ、それ以上のHideyさんに会えてとてもうれしかったです。おかげで思いがけない人々にお目にかかることができ、とても楽しく、興奮した時間をすごせました。どうもありがとう! / あやや ( 2002-06-10 14:15 )
昨夜はありがとうございました。いつかきっとお会いしたいです!歌も生で聴きたいですよ^^ / みかりん ( 2002-06-09 23:53 )
Hideyさま、昨日はホントにありがとう。まだ今日も夢のつづきだよ。^^ / パンドラ@またお会いしましょうね! ( 2002-06-09 22:55 )
一人一人の目をきっちり見て、一言一言をきっちりやりとりできる、いい雰囲気がつたわってきます。残りの日本の生活も楽しんでください。 / 走る酔人(PAO) ( 2002-06-09 22:19 )
昨日(今日)はお疲れさま。一緒に国立に行く予定だったしまおも体調がやや悪く、今日は静かにテレビ観戦となりました。ほっとしています(笑)。それにしても、楽しかったですね。いろいろと、ありがとう。またお会いしましょう。 / ガス欠コイン ( 2002-06-09 19:17 )
WAHAHA、すんごく照れてしまいます。でも、自分で気がつかなかった自分の良さが判って嬉しかったかな。 / 夢樂堂 ( 2002-06-09 18:23 )
わわ〜良かったですねえ〜(^^) ライブって大事です。バーチャルだけでとどめておいていいものと実体を確かめてより深く知りたいということもあります。もちろん相手によってね。。しかし、日本語って難しいですよ本当に…。あ、あたしも今まさに汗だくで店から戻ってきました。(笑)  / akemi ( 2002-06-09 15:57 )

2002-06-08 Japan Trekご報告 9

5月25日。この日は一日東京フリータイム。しかしほとんどの連中は我々スタッフが個別に主催したオプショナルツアーに参加した。中には三つのツアーを梯子という者もいた。

開催したツアーは、隅田川クルーズ&浅草ツアー、渋谷&原宿ショッピングツアー、東京グルメツアー、鎌倉お茶会&観光ツアー、奥多摩澤乃井酒造見学ツアー、西武vs.近鉄戦観戦ツアー、大相撲五月場所観戦ツアー、屋形船乗船ツアー、東京アンダーグラウンドツアー(パチンコ、マンガ喫茶等)。

僕は野球と大相撲のチケットを手配。巨人や阪神の試合が東京ではなかったため西武vs.近鉄になったのだが、4対4で迎えた9回表、ローズの満塁ホームランで近鉄が勝ち越しというなかなか豪快な試合になってよかった。野球はチケットだけ手配して勝手に球場に行ってもらい、大相撲は26人と大勢で、前のツアー、後のツアーに参加するメンバーの受け渡しがあるため、僕も一緒に観戦した。

うちの会社のスポーツ・マーケティング局にてチケットを手配。実は僕の入社後初めての仕事は大相撲だった。相撲協会から直接購入したのだが、海外の学生などが団体で観戦する際は、恒例でNHKがテレビ放映中その団体を映し簡単に紹介するとのこと。実家で録ってもらったビデオを観たが、「今日は○○○○○大学の日本を研究している学生さんが20名ほど来ています」との紹介だった。うーん、ちょっと違う。しかも映像は全然違う人たちだった。

Sumo wrestlingのことは知っていても、実はルールとなると誰も知らない。ルール解説に始まり、年に5つの場所がありそれぞれ15日間戦うこと、対戦相手の決め方、番付、現在誰が優勝戦線にいて、今日誰が誰に勝ったらどうなるかなどを詳しく説明。疲れる。東関部屋で間近に見た高見盛が武蔵丸を追う千代大海と対戦。あの温和な顔に似合わないものすごい勢いで自分の体をバンバン叩き、千代大海の優勝の望みを断つべく突進したが、敢えなく敗退。結局武蔵丸が栃東を破って千秋楽を待たず自力優勝。別の班で武蔵川部屋を見学した連中は大喜びだった。

26人のうち半数ほどがWakana率いる19:00からの屋形船ツアーに参加するため、彼らを勝鬨橋まで引率。僕はサッカーの日本vs.スウェーデンが気になって仕方なくホテルへ急ごうとしたが、担々麺のおいしい八丁堀の「支那麺はしご」(銀座にもあります)が近かったため、食い意地に負け速攻で食べてホテルに帰り、何とか後半戦に間に合わせた。40人弱で行った屋形船は怒涛の盛り上がりだったようで、皆船の屋根によじ登って踊り狂ったという(ちゃんと屋根の上にも安全な設備があるそうです)。さすがはWakana女史。

この日も希望者は西麻布のクラブ「Muse」に22:00に集まることにしていたが、ビールを飲みながらサッカー中継を観ていたところ最後の5分で沈没。結局東京のきらびやかな夜を楽しむ機会は僕には与えられなかった。もうオジサンだから別にいいんだけど。

ああ、忘れるところだった。この日大相撲に行く前の昼ごはんは、帰国の目的の大事なひとつ、僕が世界中で最も愛する高田馬場のパキスタン料理屋「ラージ・プート」で懐かしの「クライ・チキン」を食した。「アジャンタ」もよかったがやはり「ラージ・プート」が最上。聖なる儀式なのでこの日もひとりで脇目も振らず食べる。帰国まで何回行けるかな。

(つづく)

先頭 表紙

こっこさん、もし昼に行くのならバイキングになっちゃってますがアラカルトもあります。正直つくる人によって味にばらつきがあるのでちょっとだけ不安はあります。ご主人のハッサンがいたらいいんだけど。僕は妻と行くときはクライチキンとチキンカレーをとってシェアします。NYのインド・ネパール、教えてください。 / Hidey ( 2002-06-12 05:46 )
りぃなさん、その船は外国人用に英語をしゃべるお姉さんも乗っていたので、カラオケで盛り上がって屋根に登ることは大いに想定しての船のつくりなのだと思います。気持ちだけはまだまだ若いです。 / Hidey ( 2002-06-11 16:05 )
ステキなRさんは涎なんか垂らしちゃダメです(笑)。パキスタン料理、よりスパイシーと言いますが、要はその家その家でスパイスの調合も全然違うので、一概にどこがどうとは言い切れないところが奥が深いです。 / Hidey ( 2002-06-11 16:03 )
邪夢猫さん、それほど多くは知りません。単に思い入れが強いだけかも。東京にお帰りの際はいろいろお教えしましょう。 / Hidey ( 2002-06-11 16:01 )
まうさん、正直マーラバールという店は分かりません。あまりにラージプートに惚れすぎていて、新しい店の開拓がなかなかできないのです。 / Hidey ( 2002-06-11 15:59 )
マッキ〜さん、早稲田通り沿いですけど小滝橋方面に3、4分上がって、ロイヤルホストを過ぎたところのパチンコ屋の向かいにあります。「窓ガラスから…」という話はちょっと合致しないのですが、なんか最近2号店もできたみたいだからそっちの方がそうなのかもしれません。できれば1号店でご主人のハッサン氏本人が作ってくれたものがいいのですが。 / Hidey ( 2002-06-11 15:58 )
しゃどう猫さん、そう、アメリカ在住の型がうらやむような書き方に努めました(笑)。そうですね、誰にとっても忘れ得ぬ旅になったと思います。 / Hidey ( 2002-06-11 15:55 )
どれも魅力的なツアー!屋形船で、屋根にまでよじ登ったところ、見てみたいな。止められないなら、せめて安全策を用意しておこう、なのかな。盛り上がると、ノリでよじ登る人が多いのかな(笑)オジサンなんて言っちゃだめですよ〜。まだまだわかーいっ☆ / りぃな@実は・・・ねぇ。。 ( 2002-06-09 13:43 )
偶然!水曜日に学校の友達と「ラージプート」へ行く予定です。Hideyさんお勧めのクライチキンを頼んでみます。こっこはNYで食べてたインド・ネパールカレーの味が忘れられません。 / こっこ ( 2002-06-09 09:08 )
わたし、もう涎垂らしそうです。困った。インド料理は大好きで神楽坂のマラバールによく行きますけど、パキスタン料理ってどう違うんですか? / R@インド料理は世界三大料理のひとつ〜。個人的には、だけど。 ( 2002-06-09 04:29 )
ほんとうに、ここぞとばかり、おいしいもの食べてらっしゃいますね。羨ましい。それに美味しいお店をよく知ってらっしゃるのね。浦島な私には絶対に真似できないわ(涙)。 / 邪夢猫 ( 2002-06-09 03:17 )
ラージプート、チャイとラッシー飲み放題万歳な店ですね?週一回は行ってます。 ↓ナンを焼いてるのは、マーラバールという店だったかと。 / まう@横レス失礼 ( 2002-06-08 20:21 )
ラージ・プートって、馬場の早稲田通り沿いにあって、窓ガラスから作ってる様子の見えるところでしょうか?前を通ることはあっても入ったことはないのです。でも美味しいなら一度いってみたい! / マッキ〜 ( 2002-06-08 17:31 )
わーい、一番のりですわ。JapanTrek、ほんと、みなにとって忘れられぬ旅、になっていることでしょう。でも、特に、食事のところ、特に、くいいるように読んでしまうわたくし。あぁ、もう、すっごく羨ましいです。 / しゃどう猫@ロブスター食べたい。 ( 2002-06-08 17:02 )

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