26日は、ひさしぶりにひとりで過ごせる日だった。
夕方まで部屋でだらだらして、それに飽きた頃、書店へ行き、写真集や画集をひととおり眺めてから、Pocheを一冊買った。
パトロール後、休憩するために入ったカフェで2階の奥の席に収まり注文を済ませ、早速小説を開いたところで、アトリエのボスに声をかけられてしまった。
ボスは恋人と一緒だったが、さっさとわたしの前に座り、その隣の席に恋人を着かせた。
ボスの恋人は、たいへんな美青年なので、わたしは彼に会うのが大好きだ。
美というものが絶対的な価値であるということを、彼を観ていると強く思う。
そのうち、やはり店にいたらしいボスの知人がやってきて、ボスを連れて行ってしまった。
ボスの恋人と、ふたりきり。
いつもおとなしやかなボスの恋人と残され、ちょっと困っていると、唐突に彼は、シャンパーニュを頼もう、と、言った。
ふたつのクープが運ばれ、喉が渇いていたためすぐに口を付けたわたしに対し、彼は、長い指でクープの脚を玩んでいた。長く、美しい指で。
美しい人は指まで美しいのだなあ。
そう感心していると、またも唐突に、条件反射なんだ、と、言った。
「え?」
「条件反射、だ」
「何の話?」
「シャンパーニュのこと。
この店に来ると、取りたくなる」
「どうして」
彼は、美しい指でクープを持ち上げ、ひとくち、口に含んだ。
口唇も、当然、美しい。
「まだ、仕事を始めたばかりの頃だけど、
よくこの店に連れてきてくれた人が、いつもこれを注文していたんだ」
「ふうん」
「朝でも、だ。
そういう風にする人に、実際に接したのは初めてだった。
彼にはたくさん影響を受けたけど、一番忘れがたいのは、このことかもしれない」
「それって、恋人?」
思わず尋ねてしまったわたしに、彼は、少し瞳を揺らして、そういう時もあったかな、と言った。
「君は、そういうのないの?」
「うーん……、
『How can you mend a broken heart』を聴くと、炭酸が飲みたくなるかな」
「Bee Geesの?」
「Al Greenが歌ったの」
「ああ。
あれを聴くと、炭酸を飲みたくなるの?」
「そう、たとえば、ディアボロ・マントとか、シュウェップスとか。
ちょっと気の抜けた、氷の溶けかかったやつ」
「たとえば、このシャンパーニュ、とか?」
「そうね」
にっこりして、彼はクープを空けた。
少し上がった顎も、首も喉仏も、すばらしい。
彼がその理由を尋ねかけたところでボスが戻り、話はそこで終わった。
ボスとその恋人は、各々わたしにビズをして店から去り、残ったわたしは、煙草に火をつけ、小説を読み始めた。が、すぐに閉じてしまった。
頭の中は、すっかり『How can you mend a broken heart』に支配されていた。
ちょっと気の抜けた、氷の溶けかけた炭酸が飲みたくてたまらなかった。
"Mourir pour la vitrine de chez Paule Ka. C'est delicieux."
これも、条件反射のひとつ(しつこい!) |