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Hideyの「蛍の光の下で」

帰国に伴い長い間ご愛読いただいたこの日記を終了させていただきます。
もうこのサイトに文章を綴ることはありませんが
もしこの先もおつきあいいただけるようであれば
メールをいただければ幸甚です。
皆様、本当にありがとうございました。お元気で。

絵日記

目次 (総目次)   [次の10件を表示]   表紙

2002-08-21 幻のスープを求めて 1
2002-08-11 心の里帰り 3
2002-08-11 心の里帰り 2
2002-08-11 心の里帰り 1
2002-08-04 列車で旅する歓び 2
2002-08-04 列車で旅する歓び 1
2002-07-30 旅に出るということ
2002-07-09 What is strategy? 3
2002-07-09 What is strategy? 2
2002-07-09 What is strategy? 1


2002-08-21 幻のスープを求めて 1

この3年間僕と妻は幻のスープを追ってきた。グラーシュ・スープというもともとはハンガリーのスープである。3年前の7月僕たちは新婚旅行でウィーンを訪れ、このパプリカが効いた汁気の多いさっぱりしたビーフシチューのようなスープに出会い、なかなかいけるねといくつかの店で注文を重ね、ついにウィーンの森と呼ばれる地域の入り口に当たるグリンツィングという町で究極のグラーシュ・スープに出会った。

ヨーロッパに詳しい人ならご存知かと思うが、このグリンツィングという町は、ホイリゲと呼ばれる夏場だけ開いてその年のワインを飲ませる田舎風レストランが鈴なりになっていることで有名な町である。大抵は高い木が屋根のように覆いかぶさる広い中庭にテーブルを並べ、ちょっとした楽器演奏などを聴かせる店になっている。僕たちは50軒以上はあろうと思われるグリンツィングのホイリゲからたまたま選んだ店に入り、パプリカの効き具合といい汁加減といい牛のコクの出具合といい、非の打ち所のないグラーシュ・スープに出会ったのだ。

日本に帰り、二度オーストリア料理店を訪れたことがあった。もちろんグラーシュ・スープに再会するためだった。一度目は有楽町の某店。さらっとして綺麗なオレンジ色をしたスパイシーなスープを心待ちにしていた僕たちは、かなり小麦粉とオイルがどろっと効いた正に濃い目のビーフシチューが出てたのに目を疑った。食べてみると見た目どおり結構しつこい。やはり日本のお店じゃだめだねとがっかりしながら店を出た。二度目は自由が丘の某店だったが結果は同じ。やはりウィーンに行かなければだめなのかと悲しくも納得した。

そして今回、奇しくも3年前と同じ7月18日の夜にウィーンに到着した僕たちは、ガイドブックに「グラーシュ専門店」ということで載っていた店を早速訪れた。沢山の種類のグラーシュがメニューに並ぶ中でスパイシーなハンガリー風と書かれたものを注文。3年ぶりの再会に胸は高鳴るばかりだった。しかし、またもどろりと黒っぽいシチューが出てきたのに我々の期待は軽く打ち砕かれた。やはりあれは幻のスープなのかと二人とも相当落胆してホテルに帰った。

しかしこんなこともあろうかと僕は手を打っていた。あのグリンツィングの同じ店に行けば間違いなく幻のスープに再会できる。しかし問題は似たようなホイリゲが一本道にずらりと並んだ中から果たして3年前と同じ店を探し出せるかということだった。そこで僕は新婚旅行の写真からその店で撮った写真を抜き出し持ってきていたのだ。幸い店の特徴がうまく表れた写真があったのでそれを持ってウィーン二日目の夜に僕たちはグリンツィングへ向かった。

ウィーン大学とヴォティーフ教会の間にあるショッテントーアという停留所からウィーン名物の市電で北西へ30分。リンク(中心街)内とは異なる郊外らしい街並みが見えはじめ、日暮れの低い山を背負ったその小さな町に着いた。記憶の通り、一本道に延々と軒を並べるホイリゲからは温かい灯りがこぼれ、どの店も素朴な美味しさを連想させる小洒落た店構えになっている。僕たちの手にした写真は店先を撮ったようなものではなく、むしろ店の奥でお抱えの楽隊が演奏する小さな舞台の上の梁のようなところに店の名前と思しき文字が刻まれているというものだった。従ってその文字と同じ名前の店を探して歩いたのだがなかなか見つからない。

(つづく)


先頭 表紙

2002-08-11 心の里帰り 3

あとで知った話だがこのモンテフィアスコーネという町こそ、Est! Est!! Est!!!という日本でもよく売っている安くてさっぱりした白ワインの産地なのだ。12世紀のはじめにドイツのハインリッヒ5世が自分の戴冠式のためローマへ向かったときのこと。同行した酒好きのドイツ人司教が従者の騎士フッガーに先回りをさせてあらかじめ美味しいワインを見つけるよう命じた。フッガーはさらに下僕マルティンに下見をさせ、美味しいワインに出会ったらその酒蔵の扉にEst(ラテン語で「ある」という意味)の文字を記すよう命じた。そのマルティンがモンテフィアスコーネで飲んだワインに感動し、Est! Est!! Est!!!と3つ並べて文字を書いたというのがこのワインの名前の由来だそうである。

束の間の一人旅を満喫した僕はその日の夕方妻を連れてもう一度モンテフィアスコーネの山道を登った。今度はすっかり雲も晴れ、斜面を埋め尽くす褐色の瓦屋根が夕陽に輝き、ボルゼーナ湖が夕闇に青を深めていく様を二人で眺めた。

いい雰囲気で文章を締めくくろうかとも思ったがどうしても紹介したいおまけの話がひとつ。ヴェネツィアで例によって朝6時前からひとり散歩に出た僕はサン・マルコ広場から水辺に出たところで信じられない光景に出会った。歳の頃40〜50代の男性中心の日本人の団体20名ほどがいて、ツアー客も朝から大変だなと思っていたら、なんと彼らはラジオ体操を始めた。早朝で人はまだ少なかったものの偶々そこに居合わせた人々は躊躇なく奇異の目を注いだ。僕もあっけに取られて見守っていると、その団体は今度はリーダーの号令に従い何やら誓いの言葉を運河に向かって大声で叫び始めた。余りよく聞き取れなかったものの、その言葉の内容とその後の調べを総合すると、多分彼らは超有名家電メーカーの今は亡き創立者によって設立された私塾のOB・OGではないかと思われる。日本の行く末を憂慮し切磋琢磨するのは立派なことだが軍隊と見まがう彼らの行動には正直寒気を覚えた。志を立てるのにアイコンは要らない。密かに自分に誓えば済むことだ。

兎も角もそんなわけで僕のイタリア人化計画は今のところ順調に進みつつある。今度は妻には悪いがひとりで行き当たりばったりにイタリアの田舎町を巡礼し、さらに一段階歩を進めたいと思う。あのお気楽なメンタリティが備わるのに24年で足りるかどうか、ちょっと疑問は残るけれど。

先頭 表紙

pandaさん、再度つっこみありがとうございます。どなたかも書いてらしたとおり、今回の問題はどちらかが一方的に悪いとかということではなく、むしろネット上のコミュニティにつきものの普遍的な問題だったのではないかと思います。そういう意味ではpandaさんがある種魁的な存在となってこのひまじんに在籍する我々の十字架を背負っているのかもしれません。僕のできることはその渦に直接巻き込まれなかった幸運なものとして冷たいほど客観的に問題を解きほぐすということだけです。これからも一緒に考えていきましょう。 / Hidey ( 2002-08-23 12:36 )
最後に、Hideyさんの素敵な日記に、このようなつっこみして申し訳ありません。読まれたら、削除してかまいません。 日記の内容に関係ないつっこみ、乱文で失礼しました。 / panda ( 2002-08-22 00:41 )
某氏へのつっこみの中で書かれてたように、私にはつっこみ入れにくいとは思いますけど(事実、私も、ここにこうして、つっこみ入れるのにかなり勇気がいりました。意を決して入れてるくらいです。笑)、私としては歓迎ですので、どうぞ、遠慮なく入れて下さい。辛口つっこみも歓迎。(笑) これからも、よろしくお願いします。 / panda ( 2002-08-22 00:39 )
冷静に、きちんと文章にして的確に相手に伝えることができるということには、本当に心打たれました。 きっかけはあまり良くないですけど(?)、Hideyさんのような素晴らしい方に出会えたことを光栄に思ってます。 それで、あつかましいとは思いますけど、私に対して、今後、この件について、どのように対応していったらいいか、アドバイスして頂けたらと思ってます。 / panda ( 2002-08-22 00:38 )
遅くなりましたけど、某氏の件では、某氏への助言、っていうか、”代弁”ありがとうございました。←代弁っていうのは、私が思っていたことをHideyさんが全て言って下さったからです。 つっこみ、全部読まさせてもらいましたけど、全てと言っていいほど同感だったのです。私のことを全て知ってるのでは・・・と怖くなるくらいでした。(笑) / panda ( 2002-08-22 00:37 )
lim.さん、ダイビングよりも、うっとり中のlim.さんが目に浮かんできました。貸し本屋という方もいればアイスクリーム屋という方もいる。その人らしさが出ておもしろいですね。 / Hidey ( 2002-08-21 23:54 )
ちえちゃん、お久しぶり。エル・トゥーラもピンキオーリも日本のに比べると全然安いんですよ。もちろんイタリアの中では飛びぬけて高いけどね。まあ確かに今回は泡銭が手に入ったお陰でちょっとホテルもいいところばかりでした。ウィーンのインペリアルに妻は大感動。でもチェコ(プラハ)があんなに素晴らしい国だったとは夫婦そろって驚きました。きっとちえちゃん大好きだよ。 / Hidey ( 2002-08-21 23:53 )
ガス欠コインさん、フィレンツェというかあの周りのトスカーナは本当にすばらしいところですね。行きたかったけど今回は諦めた町に、フィレンツェから車で1時間くらいのサン・ジミニャーノという町があります。緑の畑が小高くなっているところにぽつんと現れる、やはり壁に囲まれた小さな町です。Italia 90、やはりKorea Japanを見た後でも僕にとっては一番です。 / Hidey ( 2002-08-21 23:50 )
reiさん、そんな正直に言わなくたって(笑)。。。まあ僕の実像を知ってる人は確かにそう言うかもね。でもパスタ好きは異常なくらいで、この10年、週最低5回はパスタを食べています(カレーもそれくらい食べてるけど)。京都の熟女、いいねえ!(←コーフン) じゃあ、妻と勝負だ。 / Hidey ( 2002-08-21 23:46 )
りぃなさん、モンテフィアスコーネは本当にお薦めしますよ。湖といえば、ヴィテルボに行く途中によったアングィラーラという町も、湖のほとりに坂の美しい瀟洒な建物が段々に並び立つ、よい町でした。イタリアに行ったら絶対レンタカーしたほうがいいと思います。 / Hidey ( 2002-08-21 23:43 )
しゃどうさん、しゃどうさんは毎回タフな旅をなさる方のようだから、行った場所への思い入れもとても強いでしょうね。すばらしい悩みだと思います。アラスカのお話、これからじっくり読ませてください。 / Hidey ( 2002-08-21 23:40 )
azzurriさん、その命名も当然イタリアにはまったところから来ているのかとお察ししますが。azzurriさんのイタリア旅行記、かつて読ませていただいたことあります。本当にあのブドウ畑、ひまわり畑、車窓を流れていくのが印象的でした。そう、貯金が必要なんですよね。。。(急に現実的な悩みが。。。) / Hidey ( 2002-08-21 23:38 )
PAOさん、3ヶ月とは羨ましい!大仕事もイタリアン・ペースでできたらいいですね。まあPAOさんのことだから楽しみつつ仕事もこなされるのでしょうけど。イタリアでも当然PAOりますか!?向こうの軽めのビールもなかなかいけますよね。 / Hidey ( 2002-08-21 23:36 )
misatoさん、パリはもしかしたら僕は仕事で早々に住む可能性もありうるところです。妻もそれならと喜んでしまっている始末。歴史の重みがあって僕も大好きな町です。今度はフランスの田舎町を是非旅してみたい。ペペロンチーノ、みんな大好きですね。僕もたまにシンプルに食べたいときはイタリアンパセリをたっぷり刻んで作ります。さすがに年季が入ってるので味は安定してますよー。相当辛口だけど。 / Hidey ( 2002-08-21 23:34 )
まる子さん、海外の学校も検討されているんですか。TOEFLとかその他の試験とか色々大変ですね。僕もGMATは結構苦労しました。ところで村上春樹はほとんど読んでいるのですが「うずまき猫」はまだでした。ボストンの話が出てくるとは、さっそくNYの紀伊国屋でも行ってみないと。確かに彼はボストンの郊外にタフツ大学に籍を置いていた関係でちょっと住んでいたようですね。貴重な情報ありがとうございます。 / Hidey ( 2002-08-21 23:31 )
まる子さん、ジェラートは嫌いではないですが(というかむしろ好きなほう)、甘いものは一般的に食べないのです。年々野菜の料理が好きになる僕にとってはイタリアはやっぱりあっているのかもしれません。魚もおいしいですしね! / Hidey ( 2002-08-21 23:28 )
ナライフさん、イタリア未体験とは意外!ナライフさんこそ僕にも増してイタリア狂になって突き進んでしまいそうなイメージがありますが。是非近いうち行ってみてください。まずはセリエA観戦ツアーですね。田舎町をお薦めします。 / Hidey ( 2002-08-21 23:26 )
しゃむさん、遠い夢でも、何か目標を持って日々生きられるって大事なことですね。これまで住んだところが好きというのはよく分かります。東京のことなんだかんだけなしながらも、自分の選んだ場所はやっぱり特別。あの風景が今も懐かしいです。ボストンもきっとそのうちたまらない郷愁をもって思い出すのでしょうね。 / Hidey ( 2002-08-21 23:24 )
Emikoさん、ハワイに別荘!僕も参加してみたいくらいです。ハワイって行ったことないんですよね。御多分に洩れず「ダンス・ダンス・ダンス」を読んでからというもの長期ハワイに行くのもいいなあなんて朧げに思ってはいるのですが。来年がチャンスかな。 / Hidey ( 2002-08-21 23:21 )
パンドラさん、素敵に生きるってきっと地道な努力もいっぱい伴うんでしょうけどね。でも夢は大切ですね。そう、イタリアの白ワインは大げさでなく水のようにさらりと。いずれ向こうでお会いしましょう。 / Hidey ( 2002-08-21 23:19 )
Ecruさん、ご主人と一緒にかなえられる夢なら素晴らしいことですね。僕のは今のところ勝手に進行中の夢なので果たして妻のリアクションはどうなることやら。。。? / Hidey ( 2002-08-21 23:18 )
あややん、それは野菜をワインで煮たような料理?(だからまだ言葉はわかんないんだってば!) / Hidey ( 2002-08-21 23:17 )
おとじろうさん、お風邪は大丈夫ですか?プロジェクトM!とっても気になる命名。。。M、M、、、うーん、浮かんでこない。。。 / Hidey ( 2002-08-21 23:15 )
夢樂堂さん、貸し本屋とは!それは本を沢山お持ちだからでしょうか?素敵な方と一緒なら本当に幸せでしょうね。僕もそのときには遊びに行かせてください。 / Hidey ( 2002-08-21 23:13 )
マイケルさん、なんとNew Yorker!僕はそれはちょっとないなあ。仕事で住むことはあるかもしれないけど。トマトの話、なんとなく聞いたことあります。ほんと不思議ですね。それにしてはアメリカのトマト、パスタにはそれほど向かないのは何故?やはりヨーロッパの肥沃な土壌といい出会いをしたのですね。 / Hidey ( 2002-08-21 23:11 )
akemiさん、僕も目下のところ目先の努力で精一杯ですが、それだけに夢を見たいところはあります。現実逃避か(笑)? / Hidey ( 2002-08-21 23:09 )
たらママさん、あらためて、お世話になりました。僕の日記を読みつづけていただけるとのこと、本当に嬉しいです。イタリア、是非行ってみてください。僕も仕事量だけはたらママさんに負けず働いていましたが、それだけに人生観が変わりました。晩年の夢、いつか聞かせてくださいね。 / Hidey ( 2002-08-21 23:08 )
KATSUMIさん、向こうへ行く度に不動産屋のウィンドーいっぱいに貼られた写真つきの物件情報を眺めては、「おー、買えるじゃん!」とにわかに現実感をもたせてニンマリしてます。KATSUMIさんほどフリークではないけどセリエAにおらがチームができたら素敵でしょうね。 / Hidey ( 2002-08-21 23:05 )
私は田舎の南の島で、アイスクリーム屋さんをしながらダイビングして暮らしたいです(うっとり)。 / lim. ( 2002-08-20 07:52 )
おひさしぶり〜!!イタリア楽しめたかな?!私今海外行きたい病がむずむずしてるの。とってもリッチな旅行だったみたいね☆ / ログインできないの、、、ちえ ( 2002-08-19 19:39 )
でも確かに、あのメンタリティを獲得するのに、24年は短いかも知れませんね(笑)。楽しい話しをありがとう。 / ガス欠コイン ( 2002-08-19 03:20 )
だけど、あの'90年のイタリアW杯が、Hideyさんの記憶に深く残っているのが、純粋に嬉しいなあ。 / ガス欠コイン ( 2002-08-19 03:17 )
僕はイタリア人に産み落とされたかったと、'90年のイタリアW杯の時、思いました(爆)。でも、そんな過去を回想してもしょうがないから、24年後、イタリア人として、会いましょうか(爆)。僕はフィレンツェがいいかなあ(笑)。別に僕はイタリア人にならなくてもいいかなあ。フィレンツェ、もしくは南部の街で、ただフットボールを観ていたい(笑)。 / ガス欠コイン ( 2002-08-19 03:15 )
イタリア人計画か...ごめん、あんまり想像できない...でも、60才になってイタリア人計画を実行してるHideyさんの事は、ぜひとも見てみたいわぁ。ちなみに私は京都の熟女計画でどうかしらん。(笑) / rei ( 2002-08-16 07:28 )
進め、プレ・イタリア人♪下手な目標より、わくわくしますね。その湖、ぜひ見てみたいです。人生の歯車にいい影響を与えそう♪ / りぃな ( 2002-08-15 22:35 )
旅に出るたびに、将来住みたいところが、またひとつ、増えてしまうので困っています。贅沢な悩みかしら? / しゃどう ( 2002-08-15 11:46 )
イタリア人計画・・・azzurriも昔、イタリアに行った時にすっかりハマってしまいました。Hidey様のようにゆっくりと旅をする時間はなかったのですが、お金を貯めてイタリアで暮らそう!・・・と計画していたことも。一面のぶどう畑やひまわり畑・・・「今」じゃなくても、Hidey様みたいに老後を過ごすのもいいですね♪(貯金の猶予期間も延びるし) / azzurri ( 2002-08-14 17:02 )
この秋出張でイタリアへ行くことになりそうです。たぶん3ヶ月弱。大仕事が待ってそうなので盆明けから大忙し。 / 走る酔人(PAO) ( 2002-08-13 23:08 )
リタイア後・・。ミサトは今の気分的にだったら巴里人がいいかな(笑)。パリの雰囲気が大好きなので。パスタ、ペペロンチーノにたまに挑戦するのですが毎回微妙に違う味付けになってしまいます。ミサトもリタイア後の人生計画これから本格的に練ることにします♪ / misato ( 2002-08-13 18:11 )
Hideyさんはボストンにいらっしゃるんですね。私も二度目の学校選びは国内だけでなく海外も視野に入れて検討しています。日記、初日分からじっくり読ませていただきます。楽しみです。村上春樹氏の「うずまき猫のみつけかた」には、度々ボストン話が出てきます。面白いです。また読み返したくなりました。 / まる子 ( 2002-08-13 16:14 )
素敵な計画ですね。心から羨ましい。私はまだ目先のことで頭がいっぱいだし、色々と目移りしてしまって、まったく困ってしまいます。(笑)イタリアといえば・・・ジェラート!! これまた羨ましい。(笑) / まる子 ( 2002-08-13 16:09 )
実はイタリアには未だに足を踏み入れたことがなく、サッカー、音楽、ワイン、料理、ファッション等々で僕自身大変お世話になっているのですが… 会社を辞めてイタリア料理屋を始めた友人もおり、Hideyさんの日記を読んで、これまでの自分の30余年を後悔しております。 / ナライフ ( 2002-08-13 09:21 )
美味しく美しい旅行記ですね!私たちもどこに住もうかといつも話しています。これまで住んだ所も好きだし、これからもっと好きになる土地との出会いもあるでしょうしね。 / しゃむ ( 2002-08-13 01:08 )
老後計画?今まで全く考えたことなかったです。以前はSENRI様とハワイに別荘を買う予定だったのですか・・・・ / Emiko@とーってもハワイ好き ( 2002-08-13 00:02 )
最初からずっと、読み進みながらすごくうきうきと、嬉しくなりました。 Hideyさまの笑顔が、イタリアの太陽にむかって大らかに微笑む日のことを想像すると、わくわくします。 Est!Est!!Est!!!はたぶん、飲んだことあるかな。ワインは水のようにさらりと飲みたいね。白ワインをおひさまにかざして飲むなんて最高! / パンドラ ( 2002-08-12 21:41 )
イタリア人化計画、楽しそう。わたしも夫と色々計画しています。皆、それぞれ思いが叶うといいですね。 / Ecru ( 2002-08-12 19:44 )
Ombra mai fu di vegetabile cara ed amabile soave piu. / あやや ( 2002-08-12 15:34 )
いいですね。イタリア人化計画。私も老後設計始めてます。それに向かうためにもプロジェクトMを作りました。牛歩でしか進んでませんけどイタリア人と同じ気分で急がずに出来ることから始めようと思ってます。 / おとじろう ( 2002-08-12 11:38 )
夢樂堂はリタイアしたら、オキナワの離島で貸し本屋などやりたいと思っています。客は一日に5人もくればいいな。 / 夢樂堂 ( 2002-08-12 08:01 )
自分はジジイになったら New Yorker になりたいと思っております。ところで今やイタリア料理に欠かせないトマトはアメリカ大陸発見以前はヨーロッパには無かった、と聞いたことがあります。それ以前のイタリア人はどんなパスタを食べていたんでしょうね。 / マイケル ( 2002-08-12 05:07 )
いいな〜そういう計画、、というか目標?!素敵ですね〜 あたしには今のところ老後の企画はない。毎日目先のことだけでいっぱいいっぱいだ・・・う〜ん^^; / akemi ( 2002-08-12 00:17 )
私も密かに自分の晩年の夢を持っています。たぶんかなわずに終わるとは思いますが。イタリアは行ったことありません。そのうち行きます。 / たらママ ( 2002-08-11 23:45 )
イタリア人になりたいと思うこと、よくあります。でもそのための努力をしたことは無かったなあ・・・(笑)。セリエAに“おらがチーム”を感じたいと思います(BでもCでもよいのですが)。 / KATSUMI@休養中 ( 2002-08-11 22:35 )

2002-08-11 心の里帰り 2

ワールドカップの作業の拠点となったのはローマの北側の丘の上のカヴァリエリ・ヒルトンというホテルだった。ローマの街が一望でき、右手にはサン・ピエトロ寺院が見えた。朝は緑の美しいジョギングコースを走り、仕事を終えた夕方は中庭のプールで泳いだ。結局はバブリーで人工的な桃源郷だったのだが(当時ワールドカップの利権を一手に握っていたうちの関連会社も既に倒産してしまった)時に洗われて今は綺麗な思い出として記憶している。ローマから田舎町へ行く前に、レンタカーでこのホテルとその近くにあったやはり眺望の美しいリストランテを目指したのだが、ぐるぐるそれらしいところを廻ったものの見つけることはできなかった。丘は思っていた以上に広く道は複雑だった。それでも、大会の拠点となり最近ではASローマ在籍当時中田英寿がそのホーム・スタジアムとして活躍したスタディオ・オリンピコは容易に見つかった。丘の陰からぬっと姿を現した白い屋根や巨大な石像に、埋もれていた思い出がいくつも蘇ってきた。ローマの街も同じだった。ふとした街裏の情景に、現地スタッフたちと夜遅くまでバールで騒いだことなどを思い出した。相棒のダリオは今はどこでどうしているだろうか。

ローマに2泊した後僕たちはレンタカーで1時間半くらいのヴィテルボという街を訪れた。幾重ものなだらかな丘を成して緑の畑が傍らに続く一般道を小さなルノーで延々走った。途中に通った、真っ直ぐな並木道に沿って建てられた家並や崖と崖の谷間にひっそりと佇む集落も風情があった。ようやく着いたヴィテルボは中世に栄えた町らしく周囲を石壁に囲まれ、その中に住宅地や商業地区や教会を秩序正しく配していた。この町が他の町と違うところは、かつて教皇が繁くこの土地を訪れ今もその館が残っていること、そして中世の石造りの家々の佇まいをそのまま留めたサン・ペレグリノという地区があり、人々が今もそこに住み続けているということだ。僕たちはこのヴィテルボから北に少し離れたところにあるコテージ風のホテルに泊まった。

ホテルに着いたときから気になっている風景があった。ヴィテルボと反対の方角に遥かに続く平原の果てに、段々に重なる家がそのまま町を成す小さな山が見えた。二日目の雨まじりの朝、妻がまだ寝ている間に僕はひとりで車を走らせその山を目指した。山は突然始まりそれとともにモンテフィアスコーネという名のその町が始まっていた。上り坂を何度かターンしながら程近い山頂へ登っていった。頂上近くにある町の中心には古い噴水があり、そこから何本か坂に沿って降りていく道に小ぢんまりとした店が並んでいた。

車を停めてさらに上まで階段を上がっていくと山頂には庭園があった。綺麗に手入れされた花壇に白い靄が漂う。先程からたちこめている低い雲に覆われた山頂は完全な静寂に包まれ、僕の他に誰も姿は見えない。庭園の奥にはかつての教皇の城塞がひっそりと聳えている。振り返ると白い雲が眼前を足早に通り過ぎ、突然手に触れるほど間近な距離に大きな丸い聖堂が浮かび上がった。山の頂に超然と立つサンタ・マルゲリータというその聖堂はまるでこの世のものではないかのように流れる雲の中に浮かんでは消えた。

登ってきたのとは反対側の斜面に沿って小さな階段を降りた。そのままなだらかな坂を下っていくと、斜面に遮られて見えなかった山向こうの眺望が開け、巨大な湖が眼下に広がった。ボルゼーナ湖というイタリアでは五番目に大きいという湖だった。相変わらず周囲に人影はなく、僕はその雄大な風景を独り占めしながらしばらく湖と対峙していた。

(つづく)

先頭 表紙

2002-08-11 心の里帰り 1

僕は既に自分の老後の生活についてはっきりと心に決めてしまっている。六十になり仕事を辞めた後僕はイタリア人になるのだ。観光客でごったがえす街を避けて緑豊かな片田舎に暮らし、太陽の恵みをいっぱいに吸い込んで真っ赤に熟したトマトを朝市で仕入れ毎日美味しいパスタをつくって食べるのだ。綺麗に花で飾りつけられた窓ごしにマンマが子供たちを怒鳴りつける声が聞こえてくる古い家を気ままにスケッチするのだ。そして群雲が月と戯れる静かな夜には安物の白ワインをグラスに注ぎ、大好きな音楽や映画に耽るのだ。

この遠い夢が天啓のように僕に舞い降りたのは、以前日記にも書いたように1990年のワールドカップイタリア大会の作業で40日間イタリアを訪れ、シチリアの浜辺で熱い太陽の下に寝そべっていたときのことだった。以来僕は着々とイタリア人化計画の準備に取り掛かっており手始めに料理を学びつつある。次は語学だがいずれもゆっくり取り掛かる。イタリア人はことを急いてはいけないし何しろまだ24年も先の話なのだ。いずれにせよ聖地を定期的に訪れることは欠かせないし今回も都合一週間ほどイタリアに滞在した。

今回の訪問の目的は取りも直さず本物のパスタの味を舌で確かめ直し、12年前ワールドカップ作業の拠点としてもっとも長く時間を過ごしながら以後一度も訪れていなかったローマの街を久しぶりに歩き、いずれ僕が移り住む町の参考にローマ郊外の田舎町をいくつか訪れることだった。

12年前イタリア料理と決定的な出会いをしたスペイン広場裏手の小奇麗なリストランテを探したが頼りない記憶だけでは上手くいかなかった。しかし諦めて入った何のことはない店で食べたスパゲッティ・アル・ポモドーロに僕はこの国の偉大さを再認識した。店構え同様何のことはない料理なのだがちゃんと美味しい。所詮はトマト、玉ねぎ、にんにく、オリーブオイルだけでできるソースに程よく茹でたパスタを絡めるだけの単純な料理なのだ。だからそこそこの店に入れば程度の差こそあれちゃんと美味しい料理になる。その偉大なる単純さを発見したこの国の人々を称え、その単純な料理法に堪える食材を産みつづけるこの国の肥沃な大地に感謝を捧げた。

12年前そうしたのと同じように、毎日必ず一食は単純なスパゲッティ・アル・ポモドーロかスパゲッティ・アッララビアータ(spaghetti all’arrabiata)を食した。店によってはオイルが若干強かったりバジルやオレガノが加えられていたりしてそれがまた微妙に異なる味わいを醸して嬉しい。このイタリアで最高峰といわれる店の味もやはり知っておかなくてはと、ローマではエル・トゥーラ、フィレンツェではエノテカ・ピンキオーリに入った。アンティパストの繊細な味わいや、大胆な食材の取り合わせを完璧な料理に仕上げるシェフの腕前には唸らざるを得なかったが正直僕が本当に幸せを感じるのは単純なポモドーロや、ハーブとレモンを上手く使っただけのチキンのエスカロップだったりするのだ。もともと余り金のかからない体質なのかもしれない。でも「イタリア料理なんて高い金払って食うもんじゃない」というラ・ベットラの落合務師匠の言葉の意味が本当に分かったような気がする。ただしさすがエノテカ・ピンキオーリ、4種のお薦めトスカーナ・ワインをセレクトしてもらった際に出てきたバタールは絶品だった。

(つづく)

先頭 表紙

Rさん、この日我々のテーブルについてくれたのはイタリア人のソムリエだったのですが、帰り際に日本人の若い修行中のソムリエの方が出てきて、「日本のピンキオーリにも行っていただいたとお聞きしたので、お礼に」と赤ワインを1本いただきました。店外だったので歯を見せて爽やかに笑ってましたよ(笑)。 / Hidey ( 2002-08-21 23:02 )
ピンキオーリ、やたらと日本人ソムリエを増やしていますね。あの、絶対に歯を見せないソムリエっぽい微笑みって、海外で見るとなんとも奇妙でたまりません(笑)。 / R ( 2002-08-16 00:38 )

2002-08-04 列車で旅する歓び 2

ウィーンからブダペストへの比較的短い路線でその少女は僕たちと通路を隔てた座席に座った。オフホワイトのシャツに膝上まである綿の半ズボンを穿き、荷物の詰まった大きなスポーツバッグを抱えていた。肩まで届く亜麻色の髪で小さな眼鏡をかけていた。十六、七歳といったその少女は端整な、少年のような顔立ちをしていた。列車が走り出すと彼女は体を横に向けて窓の外を眺めはじめた。彼女は一時間以上そうしていた。彼女の背後から、流れ行くハンガリーの草原を追う彼女の瞳を想った。黄金色に輝くハンガリーの草原も美しいが若くひたむきな彼女の後姿はそれにも増して美しかった。あの年齢特有の心の震えが彼女を捉えているんだろうなと思った。彼女を現実に引き戻したのは彼女の足元に歩み寄ってきた三歳くらいの男の子だった。彼女は深い笑みを浮かべながら彼女の組んだ足と戯れる男の子を見遣り、足を左右に軽く振ってみせた。

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最後に現実的な旅の知識。今回僕がヨーロッパの列車を乗り継ぐにあたり利用したのはユーレイル・セーバーパス(一等)というもの。15日間17ヶ国内の一等車両乗り放題で大人ひとり486ドルだ。二人以上で同じ行程を旅する場合はひとり572ドルのユーレイルパスと比べてお得なセーバーパスが利用できる。日本でも旅行代理店を通じて購入できるが、今はレートがいいので国際料金で買った方が日本国内料金の67,100円と比べて一万円近くお得だった。短い日程で少数の国のみ旅行する場合は人気5ヶ国のみ利用可能なユーロパスというものもある。

もうひとつおまけ。列車の旅と言えばいい映画があるのでご紹介したい。タイトルの邦訳はひどいが「恋人までの距離(ディスタンス)」(原題:Before Sunrise)は秀逸だ。イーサン・ホーク演じるアメリカ人青年と、僕がこよなく愛するジュリー・デルピー扮するフランス人学生がヨーロッパの車中で出会い、翌朝には別れることを前提にしながらウィーンの街を散策し、さりげなくも繊細な会話を重ねつづけるというもの。ほとんど会話だけで構成された実験的な作品になっている。余りに好きなのでもう4回くらい観たと思う。なかなか言い得た解説文があったのでご興味ある方はこちらまで。

先頭 表紙

ナライフさん、僕も今回何冊か本を持っていきましたが、あれだけ長い車中も容易に本を読む間など与えてくれませんでした。安易に日本を卑下するわけではないけれど、実際のところ家並みの統一感、風景の中でのバランスなど、ヨーロッパは10ランクぐらい上ですね。毎日見ていてもうっとりします。 / Hidey ( 2002-08-21 22:58 )
私も学生時代に1人でヨーロッパを電車で旅したことを思い出しました。暇つぶしにと思って用意していた本にほとんど手をつけず、景色を眺めたり客と喋っていました。日本だと少なくとも新幹線にはこの趣はないですね… / ナライフ ( 2002-08-13 09:08 )
たらママさん、以前たらママさんがヨーロッパに行ったときのことを書いた日記を思い出しました。毎日のように英語を使われながらパスポートがないってちょっと悲しいですね(笑)。でもそのうち時間的余裕ができたら是非たらちゃんの見聞のためにもまたヨーロッパにいらっしゃれればいいですね。僕は個人的にアメリカの100倍くらいヨーロッパが好きです(笑)。 / Hidey ( 2002-08-11 21:34 )
ガス欠コインさん、僕もイタリアで電車に乗りながらコインさんのペルージャの旅のことを想ったりしました。ペルージャはちょっとだけ方向が違うんですよね。あそこもサッカーを別にしてもとてもよいところだそうですね。次回のイタリア巡礼一人旅では候補地のひとつです。イングランドトレイン、日本で外国を感じる二度とない経験になったのでしょうね。僕は98年にパリ〜ナント間のTGVジャパン・トレインに乗りました(笑)。 / Hidey ( 2002-08-11 21:31 )
azzurriさん、今回ユーレイルのためユーロスターだけは乗れませんでした(笑)。あれがあればもうちょっと時間を短縮できたのですが。自転車が積める車両、いくつか遭遇しました。ご存知のとおり何の障害もなく駅の中に入れるヨーロッパではプラットフォームを自転車が走るという風景は日常茶飯事ですね。北海道、いいな。今は日本の旅こそ渇望しているの状態です。 / Hidey ( 2002-08-11 21:27 )
夢樂堂さん、シベリア鉄道!僕の中学時代からの夢でした。トルストイ巡礼の旅をしたいとずっと思っていました。生半可にできることではないのでじっくり計画中です。無樂堂さんの旅日記も楽しく読ませていただいています。 / Hidey ( 2002-08-11 21:23 )
Ecruさん、僭越ながら羨ましさを通してでも何かを刺激することをさせていただけていたら本望です。旅行願望は人間の本能なのかもしれませんね。映画、ほんとお薦めです。僕も自分で書いた後にまた久しぶりに観たくなってまた借りてきてしまいました。是非お楽しみください。 / Hidey ( 2002-08-11 21:21 )
 ぶちょー、おっしゃるとおりツールの真っ最中でした。「ツールを追いかけて...」っていうの、ぶちょーらしくていいですね。老後と言わず部分的にでも夢がかなっていくといいですね。僕は自分の旅に精一杯でホテルで夜スポーツニュースを見てると毎日トップニュースでやってるな、という感じでした。街角の自転車屋に電動自転車を未だに探したりはしてしまったけど。 / Hidey ( 2002-08-11 21:18 )
reiさん、そうだね、車の旅も確かにいいものです。大学時代に親友と3人で代わる代わる運転して北海道一周のテント生活をしたのが懐かしい。飛行機の旅の楽しみはあの独特の疲れのために最近枯渇しつつあるけど(笑)。関西旅行、楽しんできてね。僕も次はひとりで車に乗って日本を巡りたい。ジュリー・デルピー、納得されちゃった?あの清らかさと妖艶さ、天使と悪魔が同居した感じが大好きなのです。 / Hidey ( 2002-08-11 21:14 )
たまたまさん、またまた本文に関係のない話をありがとう(笑)。確かに商社は厳しいみたいね。だからこそ商社出身でMBAを目指す人も後が絶えないみたいだけど。 / Hidey ( 2002-08-11 21:10 )
綺羅さん、そう言っていただけると嬉しいです。とかく個人的なものになりがちな旅行記をいささかでも普遍的に楽しんで読んでいただけるようにできればと心がけました。 / Hidey ( 2002-08-11 21:08 )
KATSUMIさん、まさに手段が目的ですよね。漱石か誰かが小説で書いていたような記憶がありますが、僕も移動は目的でなければ気がすまない人です。卒業旅行でのユーレイルでは12時間以上の旅はざらでした。今回は妻も一緒なので最長は9時間くらいだったかな。それだけ時間があっても本を読むのももったいなくて憚られるくらい旅の風景っていいものです。 / Hidey ( 2002-08-11 21:06 )
ウサ子さん、いらっしゃいませ。イタリアとオーストリアの国境ですぐさま家の感じが変わったのが印象的です。イタリアのあのひなびた感じも好きだけど、オーストリア(&ドイツ)の小ぢんまりと清潔な感じも大好きです。正に移り変わる風景がヨーロッパという大陸の複雑な歴史を感じさせてくれるので、鉄道以外の旅はなかなか考えられないですよね。 / Hidey ( 2002-08-11 21:02 )
あいちゃんさん、いらっしゃいませ。ウィーンの情景、本当に美しかったですね。雨の後の夜の石畳なんか見てると、これだからやっぱりヨーロッパじゃないと!って思ってしまいます。アメリカではあの風景は残念ながら成り立たないのです。 / Hidey ( 2002-08-11 20:58 )
misatoさん、嬉しい言葉をありがとうございます。僕は原則的に風景写真は撮らないのですが、それはせっかくの旅の記憶が中途半端な腕前の写真を通してしか思い出せなくなってしまうから。目で見た感動が永遠に失われてしまいますよね。その代わり文章で残しておけば心の記憶が瑞々しいまま保存することができるので、この日記でも自分のためにも情景の浮かぶ文章を心がけました。映画、是非観てみてください。なかなか知的な雰囲気が漂っていいです。 / Hidey ( 2002-08-11 20:56 )
lim.さん、「青春」という名のつくあの切符ですね(笑)。僕も三度ほど利用しました。高校で一度、大学で一度、なんと社会人で一度。いずれもかけがえのない友人たちと関西や四国方面への旅でした。たしかにあの切符の旅は心に残ります。卒業旅行での初めてのユーレールは18切符の3倍くらい過酷な日程の一人旅。強烈な印象が残っています。 / Hidey ( 2002-08-11 20:50 )
pandaさん、僕は逆に(イギリスを除く)ヨーロッパのほうがお互い英語は第二外国語であるもの同士ということで帰って気楽です。それにほとんどまったく英語の通じない環境で四苦八苦するのもコミュニケーションの原点を感じてなかなかいいものだと思ってしまいます。 / Hidey ( 2002-08-11 20:45 )
ヨーロッパが私を呼んでる!とっても行きたくなりました。でも、行けるメドなし、パスポートもなし、の身であります。 / たらママ ( 2002-08-09 23:39 )
何だか、ローマ→ペルージャ、ペルージャ→フィレンツェの旅を思い出しながら、楽しく読ませてもらいました。『恋人までの距離』、多分観た記憶があります。確かに、ひでえ邦題ですね(笑)。最近、最も印象に残っている列車の旅は、新潟まで行った“Maxイングランド・トレイン”かな(笑)。帰りの在来線も楽しかったけど。 / ガス欠コイン ( 2002-08-09 21:47 )
先日、北海道を電車での〜んびりと旅をしました。ヨーロッパの列車旅は是非ともしてみたいと思っています。まだユーロスターにしか乗っていないので。そういえば、ヨーロッパの列車には自転車を積み込む車両があると聞きました。時間があれば、列車と自転車の旅もいいなぁ〜。 / azzurri ( 2002-08-07 16:21 )
大陸なら列車の旅もいいですね。シベリア鉄道とかカナダ横断を一度電車でしたい気分です。く、 / 夢樂堂 ( 2002-08-07 12:04 )
もうずっと旅行に行ってないので、羨ましく読んでます。映画、何やらひどく好みっぽいので、週末にでもビデオ屋さんで探してみようと思います。 / Ecru ( 2002-08-06 20:06 )
ひょっとして、Hideyがヨーロッパいったのはツールドフランス中なのでは?日本ではJ‐sky3で全行程生中継でした。ツールを追いかけてフランスを旅するのが子供の頃からの夢でした。できればそれにモナコGPとル・マン、できればマン島TTも・・・まあ老後の楽しみか?フランス全土が1ヶ月に渡って熱狂自転車レース、Hideyは何か片鱗でも感じたりしましたか? / ぶちょー ( 2002-08-06 10:15 )
misatoさん同様、頭の中でいろいろイメージしながら、楽しく読ませてもらいました。ありがとう。やっぱり旅はいいなぁ。電車でも、車でも、飛行機でも、それぞれの良さがあるよね。私も今年の冬に友人と電車で関西旅行を計画中です。(日本人なのに、国内旅行をあんまりしたことがないの。温泉も行ったことないんだよ。)それにしても、ジュリー・デルピーをこよなく愛しているっていうところ、やけに納得しきってしまいました。(笑) / rei ( 2002-08-06 09:42 )
全然、海外駐在の話がでないよーー。MBA枠もうちのカンパニー(部門)だと厳しいらしくて、、、、、そうこういっているうちにメーカーの友達が駐在きめまっくてる!!あーあ、商社冬の時代。Hideyさんの奥さんと今度はダブルDしましょ。 / たまたま ( 2002-08-06 09:19 )
なんだかキレイな風景が浮かんでくるようです。きっと楽しい旅だったのでしょうね(^^) / 綺羅 ( 2002-08-06 00:37 )
列車で旅するのは昔から大好きです。8時間各駅停車に揺られるとか、時間が出来るとしています。移動手段なのに、そこも目的地だったりしますよね。 / KATSUMI@休養中 ( 2002-08-05 23:26 )
ヴェネツィアからウィーン何回か乗りました。懐かしい。ヨーロッパではまず鉄道な私です。移りゆく風景をのんびり見るのは楽しいものです。 / ウサ子@はじめまして ( 2002-08-05 18:21 )
お邪魔しに来ました〜!「恋人までの距離」みましたよ!!!とにかく情景がとても綺麗な映画だったことを覚えています。。。 / あいちゃん ( 2002-08-05 17:24 )
いつも思うのですけれど、Hideyさんの文章は読んでいくうちに様々な情景が色をつけながらどんどん目に浮かんできて、とても惹き込まれます。今回の日記拝読して次回はぜひ列車の旅をしてみたいと思いました・・。ところで早速映画の解説HP見てみました!Hideyさんの文や解説文を読んで、かなりミサトが好きな雰囲気の映画に違いないという気がしています。どうでもいい何でもない会話にこそ意味があると思っているし(笑)。ビデオやさんで探してみます。 / misato ( 2002-08-05 17:03 )
おかえりなさい。列車の旅といえば、大学時代に友人や後輩数名と、18切符を勝って一日中電車で行動したものです。懐かしいです。すごく楽しかった記憶しか残っていません。 / lim. ( 2002-08-05 13:29 )
列車の旅って、いいですよね。車と違って、のんびり風景を楽しめるし。 ヨーロッパ、一度行ってみたけど、言葉が通じないから気が引けてしまって…。(笑) なもんで、旅日記見て楽しませてもらってます。 / panda ( 2002-08-04 09:34 )

2002-08-04 列車で旅する歓び 1

昔よく日本地図を広げては聞いたこともない町の名前にまだ見ぬ風景を浮かべ、車を走らせてふらりと旅に出ることがあった。ヨーロッパの地図の場合は少し想像と現実がかけ離れる場合はあるものの要領は一緒だった。そうして僕は二週間の卒業旅行に出、はじめてヨーロッパの大地を踏んだ。異なるのはそれが車ではなく列車の旅だということだった。

以来ヨーロッパの国々は何度も訪れたが、今なお見知らぬ町は見知らぬ表情を浮かべて僕を迎える。いつまでたっても朧げな町と町の位置関係が、トーマスクックの時刻表の路線図のページを開いた途端何本もの線で結ばれて綺麗に座標を定める。面白そうな町と路線を選び出し時刻表のページをめくる。聞いたこともない町の名前がずらりと縦に並ぶ。近未来の自分の姿を浮かべながら時間の辻褄をあわせて旅程を組み上げる。旅には明らかに旅すること以前の楽しみが存在する。

どんなに克明に調べ上げて旅を組み立てても、列車は地図にも路線図にも名前の見当たらない町をいくつも駆け抜けてゆく。僕はそんな「名前のない町」を車窓から眺めるのがたまらなく好きだ。この旅でも僕はいくつもの「名前のない町」に出会った。

ローマからフィレンツェへ向かいキウージやモンテプルチアーノを過ぎた辺りだろうか。トスカーナらしい見渡す限りの麦畑にイトスギがまばらなシルエットを描く。その果てににわかに堆くなった丘がぽつんと佇む。緩やかな丘に沿って家並が見える。丘の天辺に守護聖人のように教会が聳える。広い大地を慎ましく切り取りこの丘を領地と定めて町を守ってきた中世の人々が目に浮かぶ。そして今なおこの町を守りつづける人々が浮かぶ。

ヴェネツィアから北東のウィーンを目指し六時間ほど、ミュルツツシュラークの程近く。緑の畑を切り裂きながら列車は旅人のまだ見ぬ村に道を拓いてゆく。山々が複雑なカーブの稜線をその村へ注ぎ、列車はカーブに沿って山肌を削りながら等しく距離を置いて村を迂回する。僕は壺の底に置かれたようなその村を窓から見下ろす。名前のない村に人々は田畑を耕し褐色の小さな屋根の下に仄かな灯りをともす。山々の陰影が教会や役場や集会所を覆ってゆき、村が夕闇に馴染んでいく。列車は言葉をかけることもなく村を半周して通り過ぎてゆく。

時折列車は予兆もなく僕の心の中にだけあった風景を眼前に広げてみせる。プラハを出た列車は曇天に押し潰されながらドイツとの国境を目指し西へ走った。街を離れ大地が大きく波打ち始めた。夏というのに枯れた野原にところどころ黒い岩がむき出している。背の低い木々が不吉なざわめきを立てる。緩やかに隆起した大地はその天辺で枯草が暗く淀んだ空とせめぎあいながら明確な地平を描く。しばらく走ると大地の起伏が失われ、枯草が見渡す限りの平らな地面を覆い始めた。遥か向こうに黒々とした森が死の入り口のように静かに横たわっていた。ここからが森なのだとはっきりと分かるほど森は唐突に始まっていた。それらの風景を僕は見たことがないはずなのに異様な既視感が僕を襲った。それは何かの小説だったかもしれないし僕の心そのものかもしれない。いつも靄の向こうに見え隠れしていた光景がくっきりした輪郭をもって現れる様を僕は胸苦しくなりながら見つめる。列車はそんなことにはお構いなしに次の駅を目指して走り続ける。

(つづく)

先頭 表紙

りぃなさん、多分本当に目で見たことはなかった風景なんだと思います。僕自身がある心模様になったときに浮かべていた、僕の心そのものだったような気がします。そういう意味では心象を実際の風景の中に見たという逆説的な体験になりました。 / Hidey ( 2002-08-21 22:55 )
どこか遠い昔に見覚えのある景色なんでしょうね、きっと。自分じゃないけど、確かに自分が覚えのある。んふふ、謎かけになっちゃいましたね。私も、そういう感覚は覚えがありますよ。 / りぃな ( 2002-08-15 22:29 )

2002-07-30 旅に出るということ

そろそろ旅に出る必要があった。平日は睡眠時間3〜4時間程度、休日は平日の疲れをひたすら癒し、妻との時間を大切にしながら日々の記録を日記という形で残すべく努めてきた。あれだけ渇望していた知識のインプットはとりあえず量的には十二分に摂取したこの一年。そのしわ寄せが心の充実に及んだのは言わば当然のことだ。文章を書きながらも限られた数の絵具でかすれた絵を描いているような気分だった。新しい絵具が必要だった。

これから記すことになる17日間のヨーロッパの旅の道連れにたまたま選んだリルケの「マルテの手記」(新潮文庫、大山定一訳)にこんな件がある。「人は一生かかって、しかもできれば七十年あるいは八十年かかって、まず蜂のように蜜と意味を集めねばならぬ。そうしてやっと最後に、おそらくわずか十行の立派な詩が書けるだろう。」そうしてリルケは人が潜り抜け得るあらゆる心的体験を書き並べ、詩人とはこれらを追憶し、忘却し、いずれ自分自身の一部として再帰させるのだと書いている。僕は詩人ではないしそれほど切実な気持ちでいるわけではないが、リルケの言わんとしているところは分かる気がする。

時空の縛りを逃れ、名前のない心ひとつ抱えただけの男になる。この星に生を受けた一切の生けるものの片割れとして草木に向き合い雲を仰ぐ。夕暮れの車窓を通り過ぎる草原の小さな家からこぼれる灯りに顔も知らぬ人々の生の営みを想う。学生時代に覚えたそんな旅の形から、リルケが語ったような心的体験をひとつでもふたつでも得られればと思った。

とは言え妻を連れての普遍的な海外旅行だ。訪れる都市も宿も食事もすべてが妥協の産物になる。隣に人を連れて歩きながら心を解放することはなかなか難しい。ストイックでシュールな旅というわけにはちょっといかない。観光名所も巡りショッピングもし家族的な微笑を浮かべる。それでも旅はできる。

今回はローマ、ローマ郊外のヴィテルボ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ウィーン、ブダペスト、プラハ、ミュンヘンを訪れた。ローマからレンタカーでヴィテルボへ行ったほかはすべて鉄道の旅だ。卒業旅行以来ヨーロッパの鉄道の旅に心酔しており、ハネムーンもチューリッヒ、ポントレジーナ、ザルツブルグ、ウィーンと列車で廻った。今回フィレンツェとヴェネツィアは特に考えていなかったのだが、ローマからウィーンの道のりが余りに長すぎるためそれぞれ一泊だけした。

そもそもが心象体験的な旅という主旨のためくどくどと見たものしたことを書くつもりはない。今思い起こすに今後確実に僕の血になっていくであろういくつかの旅の記憶を言葉として残すに留めたい。そしてひとつだけお断り。妻は原則的に自分のプライバシーをこの日記で明かされることを好まないので、彼女に関する記述は極力避けさせていただきたい。では乞うご期待。

先頭 表紙

たらママさん、すみません。今は妻の両親がきていて観光に連れまわしてNYやら色々廻っているのでまだ旅気分です。でも昨日辺りから急に真剣に来年以降の身の振り方を考え始めています。 / Hidey ( 2002-08-04 03:11 )
ガス欠コインさん、それは長くて貴重な旅でしたね。また少しして落ち着いたら心の洗濯に出かけてみてください。 / Hidey ( 2002-08-04 03:10 )
パンドラさん、ただいま。ボストンはまだまだ異常に暑いです。昨日の夜はreiさんの日記にもあるように滝のようなものすごい雨が降ったので今日からすこし和らぐといいんだけど。。。今日はタングルウッドという緑の綺麗な田舎でボストンポップスのコンサートを観てきます。 / Hidey ( 2002-08-04 03:08 )
misatoさん、絵具は旅でなくても沢山得られると思うしそのように日々努力をしているのですが、やはり旅に出ると効率的ですね(笑)。一人旅だともっと効率的だけど。本当に自分以外が外界と化す分、すべてが目や耳に刺さる刺激になりますね。温泉はかえって妻の方が大感激でした。僕は温泉は日本のひなびた感じのところが好きです。 / Hidey ( 2002-08-04 03:06 )
俺様さん、僕も実は次に書く日記のことを思い、まるで「世界の車窓から」だなと思っていたところでした。そしてタイトルは「世界の車窓から」には絶対しないぞと誓っていたところでした(笑)。 / Hidey ( 2002-08-04 03:02 )
りぃなさんも結構旅人だよね。今度はソウル。僕も友達がいっぱいいるので行ってみたいです。旅行記引き続き楽しみにしています。 / Hidey ( 2002-08-04 03:00 )
ぶちょー、「奥の細道」ですね。芭蕉は永遠の旅の師。今度は徒然なるままに日本を旅してみたいと思っています。安宿と美味しいものめぐりかな。 / Hidey ( 2002-08-04 02:59 )
makiさん、お久しぶり。ローマは僕は12年ぶりでした。かつて仕事で長いこといた場所なので心の里帰りといったところです。その辺の話はまた書くかと思います。 / Hidey ( 2002-08-04 02:57 )
りりさん、ただいま。そうですね。どの都市も楽しめて夫婦そろって非常に充実した旅になりました。特にチェコは夫婦そろって大感激でした。 / Hidey ( 2002-08-04 02:55 )
フィー子さんほんとそうだよね。最高の幸せでしょうね。これからは子育てを通じて今まで夢にも見なかった沢山の体験が待ってますね。女性にしか許されない貴重な体験が。僕もいずれ子育てを通じて人生を学び直したいとは思っています。 / Hidey ( 2002-08-04 02:54 )
たまたまさん、学校の仲間は今みんなインターンで日本で働いているので全然会っていません。この休みは妻の顔ばかり。ま、それもたまにはいいけど(笑)。 / Hidey ( 2002-08-04 02:52 )
reiさん、ただいま。たしかに、あれからもう一ヶ月だね。仕事をしていると余計そうでしょう。本当は落ち着いた気持ちでいれば普段の生活にも発見や感動は沢山あるはずなのですが、まあこの機会になかなか行けないヨーロッパへ行ってみました。アートをやっている人にはやっぱりいいところだと思うよ。 / Hidey ( 2002-08-04 02:51 )
夢樂堂さん、ほんとにそうですね。夢樂堂さんと比べるとまだまだ若輩ですが若い頃の旅が糧というのはとても共感します。今回は余り自然に踏み込んでいく機会がなかったのが残念です。やはり一人旅も必要です。 / Hidey ( 2002-08-04 02:48 )
ゴリラさん、ただいまです。「世界の車窓から」はもちろんよく知っていますが、テーマ曲というとぜんぜん浮かんできません。グルグルパーさせてしまって済みません(笑)。 / Hidey ( 2002-08-04 02:46 )
旅と言えばHirokoさんですが、拙い僕の旅行記を読んでいただいてありがとう。ほんと、ヨーロッパは列車に限りますね。でもさすがに距離があるので妻が行きたいと思っていたパリは今回断念しました。他の場所が割とかたまっていたので。 / Hidey ( 2002-08-04 02:45 )
マイケルさん、人によっていろいろな捉え方があって面白いですね。最近マイケルさんの過去日記の卒業旅行の文章を大変興味深く読ませていただきました。これからも色々な紀行文楽しみにしています。 / Hidey ( 2002-08-04 02:43 )
プルーさん、イタリア、めちゃくちゃ暑くて死にました。ウィーンもブダペストも昼は暑かったです。チェコは快適。ミュンヘンは7月だというのに真昼でも長袖でないと歩けないほどでした。ブダペスト、一泊だけだったのでそれほど楽しめず残念です。ヘレンド、多分プルーさんは好きだろうなと思っていました。 / Hidey ( 2002-08-04 02:41 )
綺羅さん、ただいまです。まあ妻のことを書かなければいいだけなので大丈夫。それより今、妻の両親が2週間遊びにきておりその後は妻の親友が1週間いるのでなかなか落ち着いて文章がかけません。 / Hidey ( 2002-08-04 02:38 )
みなみさん、乞うご期待と書いておきながら極めて個人的な経験ですので不安です。ツボってみんな違うからね。でも絵具は増えました。 / Hidey ( 2002-08-04 02:37 )
17日間、ヨーロッパ!羨ましいです。よく考えたら17日もプライベートの旅行できたことなかったです。 / たらママ ( 2002-08-03 21:36 )
楽しみにしています。僕はW杯が旅だったようなものだから、当分、お預けかな。 / ガス欠コイン ( 2002-08-03 21:24 )
Hideyさま、おかえりなさい! ああおそくなっちゃった。Bostonの夏は暑いのかな?トウキョウはうだるような暑さですよ!  ・・・ところで、「この星に生を受けた一切の生けるものの片割れとして草木に向き合い雲を仰ぐ」、この言葉に胸が熱くなりました。 旅の幸せですね。 最近、いつもそんな気持ちでいられたらいいのに、とよく思います。 / パンドラ ( 2002-08-02 20:59 )
りぃなさん、おしいです。以下原文ママ。月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯 をうかべ、馬の口とらえて老をむ かふる物は日〃旅にして旅を栖とす。 古人も多く旅に死せるあり。 予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて、漂白の思ひやまず、海濱にさすらへ去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひてやゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、そゞろ神の物につきて心をくるはせ、道祖神のまね きにあひて、取もの手につかず。 / ぶちょう ( 2002-08-01 12:31 )
「旅に出る必要が・・」という所、すごくわかります。旅はいいですね。そしてHideyさんがお書きになっている新しい絵の具が、、ってフレーズ、読みながらそうそうそうなのよね〜って深く頷いちゃったー!本当に色々な新しい絵の具が追加される感じ。ヨーロッパの温泉に興味津々。以前カナダで温泉に入った事があったんですけど、日本と比較にならないほど調子がよくなったこと覚えています。 / misato ( 2002-08-01 09:02 )
俺様もゴリさんと同じく読みながら「世界の車窓から」のテーマ曲が流れてました(笑)ヨーロッパ方面は憧れつつも行ったことがないので、楽しみダス!期待してまんがな。。 / 俺様 ( 2002-08-01 04:20 )
下のぶちょー様に引き続きますが、日々旅をし、旅を住処とす、にかすかに憧れています。 / りぃな@引用、間違ってそう。。 ( 2002-07-31 19:18 )
月日 は 百代の過客にして、 行きかふ年 も また旅人なり。心を開いて粋な旅を! / ぶちょー ( 2002-07-31 16:16 )
おひさしぶりです☆いいなぁ〜。海外、行きたいです。特にローマ。羨ましい☆ / maki ( 2002-07-31 15:47 )
お帰りなさい。素敵な場所ばかりですね。続きを楽しみにしてます〜。 / りり ( 2002-07-31 14:04 )
10行の立派な詩が書けたら本当に幸せな死を迎えられるような気がします。でも、私は蜂のようにはできないなあ。困ったもんです。 / フィー子 ( 2002-07-31 13:06 )
↓レイさんともども、わたしも忘れないデー。マジこっちは暑いよ!!!そろそろ海外が恋しくなってきました。昨日、柏森さんをよーく知っている人に会いました!!学校の仲間はみんな元気ですか??? / たまたま ( 2002-07-31 12:59 )
お帰りなさい。Hideyさんがすでに旅行から帰って日記を更新しているのをみて、時が経つ早さにただただ唖然としています。普段慣れてしまった生活を少し離れてみると、見えてくることや新たに実感する事が結構ありますよね。続きを楽しみにしてます。 / rei@ボストンでは本当にごちそうさまでした。 ( 2002-07-31 12:52 )
お帰りなさい。いま思えば、若い頃の彷徨が夢樂堂の精神的な糧になっています。いろいろなことを多くの人や風景に教えてもらいました。 / 夢樂堂 ( 2002-07-31 07:27 )
おかえりなさいです。何だか『世界の車窓から』のテーマ曲が頭の中をグルグルパーしてます。あ、世界の車窓から。という番組ご存知ですか? / ゴリラ ( 2002-07-31 02:27 )
ご無沙汰しています! 夏のヨーロッパに行かれたのですね。しかも列車の旅とは、さすがHideyさん♪ せっかく陸続きなんですもん、飛行機なんて使うより情緒があって、旅情が掻き立てられますねー♪ 続きも楽しみにしています♪ / Hiroko ( 2002-07-31 01:30 )
死ぬ直前に一生の出来事が走馬灯のように巡る、といいますが、僕はそんな短編映画を人生の最期にただ一人の自分という観客に対して上映する為に、今はカメラを回しているのだなぁ、と思うことがあります。 / マイケル ( 2002-07-30 23:11 )
お帰りなさい。旅行はいいですね、マインドリフレッシュ出来ますから。 イタリアは暑くはありませんでした? お買い物的には興味アリです(笑)。 ブダペストは行ってみたい街なのでとても興味があります。陶器で有名なヘレンドにも。旅行記楽しみにしてますね。 / プルー ( 2002-07-30 22:26 )
おかえりなさいませ♪ Hideyさんの書ける範囲での旅日記をお待ちしておりますね。 / 綺羅 ( 2002-07-30 21:25 )
おかえりなさい! どんな絵の具を仕入れて来たのでしょう? 旅日記楽しみにしています。 / みなみ ( 2002-07-30 21:00 )

2002-07-09 What is strategy? 3

最後に事業活動の有機的な絡み合いについて。サウスウェストの戦略の強みはある特定の事業活動ではなく、複数の活動の結合による総体的な強みなのである。例えば15分の折り返し運航の最大のネックになり得るのが12に及ぶ職種のスタッフの非協力性である。この問題を回避するためにサウスウェストは人格を重視した採用方針により協力的な作業環境を作り、その効果は乗客サービスにも表れ顧客満足度の向上を促した。メンテナンスの簡略化のためにボーイング737に機種を統一したことはパイロットの訓練の簡略化と機内装備品の統一化をもたらし、経費節減に貢献した。逆に経費節減のためのオープンシーティングにより、いい席を早く確保しようと乗客は早めにボーディングをするようになり、折り返し時間短縮に大きな効果を上げた。これら個々の事業活動が互いに相乗効果を生む上に、大枠の構造としてサービス簡略化によるコスト削減と折り返し時間短縮、それによる稼働率の向上、それによる更なるコスト削減及び利便性の向上という戦略の連関があるのだ。ここまで活動が有機的に絡み合うと既存の事業を展開する他社は安易に模倣するわけにはいかない。

サウスウェストが新規参入した路線では他社も追随して増便や低価格化を図り、航空運賃の相場が下がって乗客数が増えるという「サウスウェスト効果」が見られるようになった。米運輸省の統計ではこれらの路線の運賃は65%下がり、乗客数は500%増えたということだ。企業の新規参入は往々にして参入企業及びそれに対抗する既存企業双方に大きなコストが発生し、結果業界全体が損をするという現象を生む。しかしサウスウェストの参入の場合は、同社が自らをポジショニングした通り地上交通機関との競合関係ができることによって、新規顧客を誘引して業界全体が潤うという効果をもたらした。

といったような授業を5ヶ月間受けたのだが、教授が新人で(でもベルギー美女!)聡明な人なのだが教え方が体系立っていなかったためやや消化不良だった。それでも一番夢中になった授業には違いなく、選択授業ばかりの2年生のカリキュラムではStrategy関連の授業を多めに取ろうとしている。

夏休みに入ってからマイケル・E・ポーターのもっとも有名な著作「競争の戦略」(ダイヤモンド社)をパラパラと読んでいる。「MBA100人が選んだベスト経営書」(東洋経済)という本では1位に選ばれており、現代版「孫子の兵法」というべき本だ。有名な「Five Forces」という業界分析手法を基点にして様々な個別の局面での戦略のあり方を示している。Strategyの授業で学んだことをより体系的に書いているものなので読みやすいのだが、460に及ぶページはどれも内容が濃いのでさらりと読んで終わったのでは意味がないと思い、自分なりに簡略化したメモをまとめている。2年生の後期には彼本人の授業を受けるチャンスがあるのだが、そのためには事前に彼の与える課題に対し論文を書き選抜される必要がある。雲の上の人に近づくためにはまだまだ努力が必要だ。

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ブダペストの温泉、僕たちの行ったゲレルトというところは地元の人にとっては立派な施設でいいんだろうけど、僕らにとってはむしろ薄暗くて風情のない感じでした。やっぱり温泉は露天がいいです。 / Hidey ( 2002-08-04 02:36 )
僕はブダペストで温泉に入りそこねました... / マイケル ( 2002-08-01 13:36 )
misatoさん、ご復活、とても嬉しいです。実はヨーロッパにも温泉はあるんですよ。今回はローマ郊外のヴィテルボというところで温泉プールのようなところに浸かってきました。プールなので水着で男女一緒。エクササイズなんかもやっててとてもファンキーな温泉でした。 / Hidey ( 2002-07-30 20:27 )
俺様さん、お久しぶり。放置プレーはちょっとこたえました(笑)。元気に復活されているようで嬉しいです。旅行記はぼちぼちアップして行きます。お楽しみに。 / Hidey ( 2002-07-30 20:24 )
おさむさん、中欧は本当によい旅行になりました。ブダペストは旅程の都合上1泊しかできずほとんど味わうことができず残念です。でもグーラーシュスープが美味しかった。今回のハイライトはチェコでした。追い追い書かせていただきます。 / Hidey ( 2002-07-30 20:22 )
ガス欠コインさん、いえ、エンジン全開には程遠い状態です。17日間の旅行に出てしまい、それも勉強漬けの生活の歪みを補正するためだったので再び勉強はお留守でした(笑)。 / Hidey ( 2002-07-30 20:21 )
たらママさん、ご存知のとおりアメリカ人は「自分の仕事は自分の仕事、他人の仕事は他人の仕事」という区別がはっきりしすぎていて、緊急時には12もの職種間でなかなか協力的な体制が取れないということです。その意味で協力的な、利他的な人々を集中的に採用したということだと思います。 / Hidey ( 2002-07-30 20:19 )
ゴリラさん、ただいまです。今度はひとりでゆっくり日本を旅したいと思います。 / Hidey ( 2002-07-30 20:15 )
Hideyさんご無沙汰しております。もうご旅行からは帰られた頃かな。旅行記は書かれるのでしょうか♪ミサトはつい最近温泉に行ってみました。 / misato ( 2002-07-29 10:51 )
Hideyさん>お久しぶりです。いつもつっこんでくれてありがとう☆なのに放置プレーですいませんでした。これからはちょっと違う形の日記になりますが、また良かったら見に来てくださいまし。今頃旅行楽しまれているのでしょうね?また報告お待ちしてます。 / 俺様 ( 2002-07-24 03:53 )
ヨーロッパ旅行いいですね。私も4ヶ月間ハンガリーで働いていたことがあったので、そのときにオーストリア、チェコなど色々行きました。ぜひ感想聞かせてください。 / おさむ ( 2002-07-17 23:27 )
エンジン全開ですね。健闘を期待しています。Hideyさんの聡明さとバイタリティがあれば、きっと。そんなに簡単なことではないと思いますが。 / ガス欠コイン ( 2002-07-16 12:23 )
人格を重視した採用方針って・・・人格で職場の生産性は多大な影響を受けるから、人格は絶対に譲れませんよ。もちろん、能力はあって当たり前だけど。 / たらママ ( 2002-07-13 11:18 )
どうかお気をつけて。楽しんできてくださいませ〜。   あー旅したい。。 / ゴリラ ( 2002-07-13 04:41 )
皆様、いつも駄文をお読みいただきありがとうございます。本日7/11から7/27までイタリア、オーストリア、ハンガリー、チェコ、ドイツへの旅に出てまいります。その間日記はお休みさせていただきます。また月末にお会いしましょう。お元気で。 / Hidey ( 2002-07-12 06:19 )
スーパーしえろさん、ほんと、経営の勉強とは言っても人生勉強の参考にもなります。戦略も然りリーダーシップも然り。妻との関係のとり方、友人との関係のとり方なんかも色々考えるようになりました。 / Hidey ( 2002-07-12 06:17 )
Risaさん、それはものすごい勉強をされていらしたのですね!色々教わりたいくらいです。昨年から遅まきながらHBRは読んでいるのですがStrategy and Internetはまだ読んだことがありません。今度バックナンバー調べてみないと。 / Hidey ( 2002-07-12 06:16 )
KATSUMIさん、とても鋭いご意見。僕はKATSUMIさんもよくご存知のとあるルートでKATSUMIさんのご職業は存じ上げているのですが、その業界のように各競争社がそれぞれ個性的な製品をつくるのが当たり前の業界では、統計的には中規模の企業がもっとも収益性が高いとポーターも書いています。一般的には逆になるのですが。 / Hidey ( 2002-07-12 06:14 )
Emikoさん、人一人育てる方がよっぽど意義深くて難しい仕事だと思います。僕はまだ想像するしかないけれど。そうですね。叱ることひとつとっても正しい見方というのは本当に大切ですよね。これからも分かりやすい日記を心がけたいと思います。 / Hidey ( 2002-07-12 06:11 )
lim.さん、実社会に反映されるということは所詮は金儲けの勉強ということなのです(笑)。本当に。まあでもそこにも科学や哲学に似たものがあります。勉強も仕事も両方楽しめる身分というのは多分に幸せなのだと思います。量子力学、追い追い日記ででも紹介してくれますか? / Hidey ( 2002-07-12 06:09 )
綺羅さん、いらっしゃいませ。いまは楽しげに書いてるかもしれませんがやはりやっている間は地獄です。語学がどうしても大きく影響してきます。こういうときは本物のバイリンがやはり羨ましい。お互い頑張りましょう。 / Hidey ( 2002-07-12 06:07 )
夢樂堂さん、そのとおり、ビジョンだけ示してもそれだけでは絵に描いたもちですからね。ポーターも言っているのは事業活動こそが戦略の単位(ユニット)であり、それをどう組み合わせて持続的な優位性を築くかだということです。 / Hidey ( 2002-07-12 06:05 )
たまたまさん、よく分かんないけどすごいね!陰の社長!!いずれ詳しく教えてください。僕はお気楽にヨーロッパでリゾートしてきます。 / Hidey ( 2002-07-12 06:04 )
もこり〜んさん、他の仕事と違って教育というのは人を扱うわけだから責任も重いですよね。そのためにも本当に今度の旅がいずれもこり〜んさんの仕事の場で生きる意味あるものになることを祈ります。 / Hidey ( 2002-07-12 06:02 )
「競争の戦略」ですね、メモメモ!すごーくレベルは違うんですけど、弱小NPOに関わっているため、「戦略」興味深々。「ひとりの人間」としての戦略の立て方ってのも、ありだろうな。 / スーパーしえろ ( 2002-07-11 18:31 )
学生のときアンゾフ、ドラッカー、ピーターズ、ポーター教授の論文を四苦八苦しながら読んだのを思い出します。特にポーター氏は当時貴校の最年少教授として後光(?!)を放っておられ、そんな教授の授業を直接受けることができるHideyさんに、もう嫉妬すら感じます!できることならサインがほしいわ(笑)1年ぐらい前のHBRに寄稿された教授の論文(Strategy and Internet)で、インターネットは企業にとってマイナスの影響をもたらすと展開されており、いろんな意味で非常に興味深かったです。 / Risa ( 2002-07-11 17:59 )
企業戦略というと経営者ではないのでよくわかりませんが、周囲では模倣を許さないノウハウを活かそうとしているところばかりです。企業規模が大きすぎない方が(小さすぎもしない方が)よい感じですね。サッカーのチーム経営でも当てはまる例はありそうですね。 / KATSUMI@休養中 ( 2002-07-11 17:32 )
経済なんて全く無知でちんぷんかんぷん?なのですがHideyさんの日記はわかりやすく ほほぉー と読んでしまいました。どんなことでも異なった角度から再認識し研究をすることが大事なのですね。子育てでも全く同じことを描いています。ほとんどの親が叱るべきことを見方をかえてみたときに賞賛に値することを子供は多分にしていることが多いと・・ / Emiko ( 2002-07-10 23:59 )
Hideyさんの勉強は、いつも実社会のことに反映されるもので、奥が深いなあと感心してしまいます。経済学や経営学は、大学で少し齧ったけれど得意ではありませんでした。 私は今量子力学の勉強をしています。楽しいです。 / lim. ( 2002-07-10 16:29 )
たくさんのつっこみありがとうございました。MBAを取得それも日本ではなくアメリカで、大変なことでしょうけれども、Hideyさまは、楽しく学ばれているようですね(^^)>美人教授  これからもがんばってくださいませ。 / 綺羅 ( 2002-07-10 07:42 )
夢樂堂の知っている企業はビジョンは示しても戦略を示さない会社が多いような気がする。戦略がシッカリしないとモチベーションは上がらないと思うのだけれど。 / 夢樂堂 ( 2002-07-09 16:27 )
Hideyさーーん なんかわからないうちに会社一つつくっちゃった。ニッチもニッチな分野ですが、アメリカでは結構成功しているようですが日本じゃほとんど知られてない商売です。(何言っているかわからないね?)でも、これで社長になるっていうわけでないのです。しがないサラリーマンなんで、、、いまは、新規ビジネス立ち上げばっかりやってまーす。(また文章と関係ないつっこみでした) / たまたま ( 2002-07-09 12:43 )
hideyさんは難しいことを勉強しているんですね!私は大学では教育について勉強しています。今年は九月に教育実習に行きます!私も努力しなくちゃ。。夏の1人旅は人生の勉強としたいものです。 / もこり〜ん ( 2002-07-09 08:51 )

2002-07-09 What is strategy? 2

サウスウェストは以下6つの戦術により掲げた目標を現実にした。第一に到着した空港から素早く折り返し出発すること。空港停留時間15分という短さでの折り返し運航を実現した。第二に機種をボーイング737に統一すること。これにより機体のメンテナンス作業が統一化でき、折り返し時間が短縮できる。第三により混雑しない郊外の古い空港を使用すること。例えばダラスならフォートワース空港ではなくラブフィールド空港、シカゴならオヘア空港ではなくミッドウェイ空港を使用し、飛行機の混雑による遅延を回避した。第四に乗客サービスを限定すること。ファースト・ビジネスクラスや機内食、他航空会社へのバゲージの転送サービスをなくし、コスト削減と時間短縮を可能にした。第五に指定席ではなくオープンシーティング方式を採用したこと。指定席予約やボーディングパスを発行するための高価なシステムが不要になりコスト削減に貢献した。そして最後に旅行代理店をかまさず自らチケットの販売を行うこと。代理店手数料が不要な分運賃に還元した。

こうした独自の戦略・戦術によりサウスウェストは1992年から1996年まで毎年毎月、もっとも遅延、苦情、バゲージの運搬ミスが少ないという「トリプル・クラウン」の称号を連続して与えられた。航空運賃も業界最低レベルを達成。唯一コンスタントに利益をあげる航空会社として賞賛された。

これらは生産効率を限界まで上げたということではなく、他社と異なる独自のポジショニングをとったことが可能にしたことである。独自のポジショニングと言ってもそれすら模倣は可能ではないかと反論があるかと思うが、サウスウェストはこのポジショニングを得るために上質な顧客サービスを捨て去っており、それが既存のフルサービス航空会社の模倣を不可能にしている。

実際、コンチネンタル航空がサウスウェストの成功を見てその戦略を模倣しようとしたことがあった。既存のフルサービス路線は保ちながら、ある路線では食事やファーストクラスをなくし、折り返し時間を短縮して発着便を増やし、運賃をカットした。コンチネンタル・ライトという名の新しいサービスだった。

しかしコンチネンタルはフルサービスとミニマムサービスに二股をかけたことによって非常に中途半端な事態を引き起こした。接続する他の路線ではフルサービスを実施していたために一貫性を要する部分が残り、バゲージの転送や座席予約のサービスを継続した。そしてミネアポリスやニューアークなどを中心にしたハブ&スポーク(拠点となる空港を中心に放射状に他の空港を結ぶ従来型の運航方式)はもちろん接続の事情により変わり得なかった。これらが原因で折り返し時間の短縮は不可能になり、便数を増やしていた分遅延の度合いは増幅し欠航も相次いだ。一日に数千の苦情が舞い込む始末だった。フルサービス路線で助けられている旅行代理店を「ライト」の路線だけ排除することはできず、苦肉の策としてフルサービス路線も含めた全路線に関し手数料率をカットするという手段をとった。マイレージ・プログラムについても同様の妥協策をとった。結果旅行代理店や顧客の怒りを買うことになりコンチネンタルは多額の損失を計上、CEOは解雇されることになった。

(つづく)

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海外ではオーナー企業でない限りCEOなんてただの雇われ経営者ですからね。ただの経営専門職。その代わり解雇された人を拾ってくれる企業も数多いわけですが。 / Hidey ( 2002-07-30 20:14 )
厳しい現実ですね。結局、模倣のつもりが、本来の目的すら果たせなくなった訳ですか。それで解雇か。いやあ、厳しい。 / ガス欠コイン ( 2002-07-16 12:19 )

2002-07-09 What is strategy? 1

久しぶりに授業のお話。後期授業の最後の方はJapan Trek準備で多忙になってしまい授業の報告が書けなかったので可能な限り振り返ってみたい。

Strategyという授業には初めから特別な関心があった。General managementの学校と呼ばれる本校ではその中心的な教科であり、看板教授マイケル・E・ポーターが教鞭を執るクラスがあるということもある。それ以前に僕の留学の主旨が事業戦略を学ぶことであり、僕自身戦略により組織に成功をもたらす快感を覚えた人間であるからだと思う。

授業は5ヶ月にわたって業界構造、競争優位性、時系列で変化し得る競争優位、企業戦略、地理的要素と戦略という5つのモジュールに沿い様々な企業のケースを読み解くという形式をとった。体系的に書いていくときりがないし、授業の一番初めに読んだ、戦略の何たるかを象徴的に書いたポーターの評論が結局最後までもっとも強い印象を放ちつづけたのでこれを簡単にまとめてみたい。

ポーターによれば、本当に戦略性のある企業は数えるほどしかなく、ほとんどの企業が生産効率の向上と戦略を取り違えているという。1980年代に世界を席巻した日本企業のほとんどは実は戦略性を持たず、TQMやリエンジニアリングといった手法でコストを最低限に押さえながら品質の向上を果たしたものの、それは簡単に模倣し合えるものだ。際限のないコスト競争により企業は疲弊し最終的に利益を得たのは消費者のみという非生産的な競争であった。またすべての顧客を満足させようと努めるあまりすべての製品ラインを揃えることに執着し、ライバル企業は互いにこれを模倣しあうものだから、なおさら差別的な製品・サービスを提供することによる安定した利益確保が不可能になる。

本当の戦略とは他企業による模倣を容易に許さず、それにより持続的な優位性を保つことのできるものであり、それは3つの条件を充たしているべきである。他者と異なる事業活動により独自の価値を提供すること。事業展開において何かを捨て何かを選んでいること。様々な事業活動が有機的に絡み合い総体として調和を成していること。よく分からないと思うので、サウスウェスト航空という戦略性の高い企業を例にとってこの3つの条件を解説する。

多くの航空会社が路線の拡大や快適性、ステータスを追い求めるのに対し、サウスウェスト航空は短距離の決まった区間に関しもっとも安価で便数が多く遅延がないというサービスを提供するという独自のポジショニングを選んだ。それも、短距離運航は飛行機が地上にいて稼動していない(金にならない)時間帯が増えるうえ地上係員の賃金も高いためコスト高になるという通説に逆らってのことだ。そしてサウスウェストは、競合は他航空会社ではなく自動車やバスという地上の交通機関であると自らを位置付けた。

(つづく)

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↓ガス欠コインさんへ。 / Hidey ( 2002-07-30 20:12 )
本当に広告においてはあれもこれもで焦点がボケることが日常茶飯事ですね。クライアントの不勉強もありますが、広告代理店が実際のところ広告注目率、そして実際広告紙面(画面)上どのメッセージにどれだけ注目するかなど、科学的なデータについてまだまだ不勉強だからだと思います。データについては出すと薮蛇と言う人はいるけれど、僕は必ずしもそうとは限らないと思います。本当に優秀な広告マンならクライアントの信頼をより獲得できるはず。 / Hidey ( 2002-07-30 20:11 )
度を越した顧客満足、僕も感じますね。例えば、広告づくりひとつにしても、僕はいつもクライアントに、焦点を絞らなければ、結局何も伝わらなくなると訴えるのですが、てんこ盛りの情報を載せるよう、要求されることが多いです。これも、彼らにとってはCSを意識してのことだと思いますが。 / ガス欠コイン ( 2002-07-16 12:15 )
プルーさん、オーバーワークになるかどうかは会社単位のやり方次第だとして、日本の企業が過剰に顧客満足を追っていることは事実です。以前付き合いのあった企業なども、顧客の声を真面目に反映させすぎるがためにあれこれ一貫性のない機能がごちゃごちゃついて商品としてのキレや魅力が失せることしばしでした。ポーターは戦略性の高い日本企業としてソニー、キャノン等を挙げています。 / Hidey ( 2002-07-12 06:01 )
労働者側からすれば、際限なく顧客を満足させるという作業はいささかオーバーワークかなと思います。日本企業が、同事業の他社にない個性的な戦略を考えるなんて、出来るかしら。皆と一緒で安心してるという感じがするのだけど。 / プルー ( 2002-07-09 21:41 )

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