そう言うわけで、日本語で言う「愛」と英語で語られる「love」には何か根源的な温度差を感じずにはいられない。そこを、もうちょっと具体的に描写できないかしらと思っていたの。「愛」に関しては、今年の最初のほうで、マッキ〜が紹介してくれた辻仁成の素敵な詩を思い出した。マッキ〜の日記にリンクを貼ろうと思ったけど、削除されていた…でも土曜のオフ会ででむぼがその詩が載ってる本をマッキ〜に返すところだったので、コピーさせてもらいました♪ それは、サヨナライツカと言う詩。マッキ〜ありがとう!
サヨナライツカ
いつも人はサヨナラを用意して生きなければならない
孤独はもっとも裏切ることのない友人の一人だと思うほうがよい
愛に怯える前に、傘を買っておく必要がある
どんなに愛されても幸福を信じてはならない
どんなに愛しても決して愛しすぎてはならない
愛なんか季節のようなもの
ただ巡って人生を彩りあきさせないだけのもの
愛なんて口にした瞬間消えてしまう氷のカケラ
サヨナライツカ
永遠の幸福なんてないように
永遠の不幸もない
いつかサヨナラがやってきて、コンニチワがやってくる
人間はしぬとき、愛されたことを思い出すヒトと
愛したことを思い出すヒトにわかれる
私はきっと愛したことを思い出す
次に、「love」に関しては、おネエの手元にある、詠み人知らずの詩を引用させてもらうわね。昔、英語の恩師からいただいたもので出典がわかりません。知っている方いたら、教えてください。
If I have the gift of prophecy
and can fathom all mysteries
and all knowledge,
and if I have a faith
that can move mountains,
but have not love, I am nothing.
If I give all I possess to the poor
and surrender my body to the flames,
but have not love, I gain nothing.
Love is patient, love is kind.
It does not envy, it does not boast,
it is not proud.
It is not rude, it is not self-seeking,
it is not easily angered,
it keeps no record of wrongs.
Love does not delight in evil
but rejoices with the truth.
It always protects, always trust,
always hopes, always perseveres.
Love never fails.
and now these three remain:
faith, hope and love.
But greatest of these is love.
二つの詩を比べるとその世界観が著しく異なるのに気づかされる。その背景に流れるもの…それは愛の普遍性に対する認識だと思うの。好みの問題は別として、どっちがいいとか、わるいとかと言う問題ではなく、文化が与える礎が違っていてこの二つの詩が出来ているようにおネエには感じられる。
あ、ちょっとはまってきたわ、少しお休み。
つづく (詩の訳あとでするからね。) |